第28話 降り注ぐ光矢

 走行中には感じなかった生温い風が頬に当たる。隣の車両を見ると、キールと場所を替わって車の上で防御壁を発動しているトーマが、僕が外に出てきたのを見て目を輝かせた。


「先輩がやるんですね!?」


 見えない尻尾がぶんぶん振られているのがわかる。


「ルカに押しつけられた」


 本人がよそ見をしていても、引っ切りなしに飛んでくる炎弾は彼が展開した透明な壁に阻まれて霧散する。この壁は本当に頑丈で、現役の頃にも何度も助けられた。


「ルカは先輩の魔法が大好きですから」

「疲れるのが嫌なだけだろ」


【第四】の副隊長に任命されたくらいには実力を持っているのに、ルカは基本的に本気を出すということがない。いつも面倒なことはほとんど他の隊員に押しつけて、成り行きをにやにやと眺めているような食えない男だ。


「そんなことありませんよ。今日だって、先輩が来るっていうだけで率先して行くって言い出したんですから」


 だからそれは僕に仕事を押しつけられるからだろう。人を疑うことをしないトーマは何でも好意的に取るので、怪しい壺を買わされたりしてないだろうかと時々心配になる。


「はあ……、やるか」


 ルカのことはさておき、いつまでもだらだらと喋っているわけにもいかない。トーマのことだから壁も一時間くらいは余裕で持つだろうけど、こんなところに居座ったところで状況が良くなるわけでもなし、帰り道のことを考えると早めに決着をつけるべきだ。僕は頭上を見上げた。今日は天気がいい。


「俺も嬉しいです、久しぶりに先輩の魔法が見られて」


 トーマまでそんなことを言い出すので、僕は使う魔法の効果と範囲を頭の中で見繕いながら、そんなに特殊だろうかとつい考える。


 魔導士が才能頼りの個人技能だと言われるのは、本人が魔法に持つイメージが色濃く表れるかららしい。と言ってもそれは遥か昔、師弟制度や独学で魔法を覚えるのが主流だった頃の話で、学校に通って習得するのが当たり前になった今では誰に師事してもあまり違いは出ないと言われている。実際僕も大差ないように思う。


 ただ、魔法は丁寧に紡いで密度を上げるほど威力や精度が上がるので、広範囲で発動する大規模魔法を仕掛ける時には少し気を遣う。教科書では、どのように魔力を巡らせれば一番効率良くムラなく行き渡らせられるかを考えて、網のように広げるのが良いとされている。


「たぶん大丈夫だと思うけど、車に掠りそうだったらフォロー任せる」

「はいっ」


 僕はそれを魔導回路を設計するようなものだと考えた。だから僕の魔法に限って綺麗と言われる要素があるとすれば、セストが言ったように僕が魔導回路に見出した美しさと同じものなのかもしれない。もしそうなら祖父から受け継いだものが魔導士科の連中に認められたということだから、喜ばしいことだ。


「こんなもんかな」


 やがて、そこにあると知っていて見ようとしなければ魔導士にも見えない、透明な魔力の線で描いた巨大な幾何学模様が完成する。これが僕の作った網、機械のない魔導回路だ。


「【降り注ぐ光矢ポーリングレイ】」


 大規模魔法の仕掛けが回路なら、呪文はスイッチだ。唱えた瞬間、上空に張り巡らせた僕の魔力が白く輝き、無数の光る矢が地上に降り注いだ。炎蜥蜴サラマンダーたちは密集していたのが仇となり、危険を察知して逃げ出す前にそのほとんどが串刺しになる。


 時間にすれば数十秒の出来事だったと思う。撃ち終わる頃には炎弾は一切飛んでこなくなり、土煙が収まった後には大蜥蜴の大量の死骸だけが残された。


 新たに寄ってくる群れもいないことを確かめると、僕は小さく息を吐いた。

 トーマが車内で縮こまっていたキールに呼びかける。


「任務完了ですね。キール、通り道の死骸をどかすよ」

「はい!」


 車両一台分の通路を作るべく二人でせっせと転がる死骸を脇に積み始めたところで、ようやくルカも車から降りてきた。


「魔法ってあんなこともできるんですね! 俺もツクモ先輩みたいな魔法使えるように頑張ります!」


 キールは手を動かしながら、首だけルカの方に向けて興奮気味に言う。


「隊長のは特別だよお」


 今更持ち上げやがって。ここまでの人使いの荒さがこれでちゃらになると思うなよ。




 それにしても、久しぶりに魔銃と魔法を使って少し疲れた。石を回収するための数匹だけ鞄に放り込み、後片付けは三人に任せて車内を覗く。


「期待に応えられた?」

「うん、確かに綺麗だった。セストが言ってた意味がちょっとわかったかも」

「それは何より」


 ユルヤナも満足したようなので、これで一件落着だ。僕は反対側に回って後部座席に乗り込み、腕を組んで目を瞑った。


「やっぱり具合悪いんじゃないの?」

「大丈夫。久々に魔力をたくさん使ってちょっと疲れただけ」

「横になる? 膝貸してやろうか?」

「薄い枕だなあ。痛っ」


 無言で頭をはたかれた。頑張って働いたのに酷い仕打ちだ。


 結局膝は借りずに、意識を手放さずに寝るという現役の頃によくやっていた瞑想に近い休憩を取ること三十分ほど。ようやく退路が整ったようで、汗だくの三人がとぼとぼと戻ってきた。


「疲れたあ。帰りは隊長が運転してよお」

「隊長じゃない。民間人を働かせるなら手当寄越せ」

「仕方ない、こうなったら爆速で帰って温泉入るよ野郎ども!」

「おー!」


 ここに来てようやく一致団結した【第四】が拳を掲げる中、ユルヤナが僕を見上げた。


「温泉!?」

「火山の麓だから。僕らのホテルにも大浴場があったと思う」

「ホント!? やっぱ疲れた時は温泉だよね!」


 一番働いてない奴が言うな。

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