第27話 炎蜥蜴と狙撃手

 研修中の新人の名前はキールと言うそうだ。入隊二年目の十七歳で、まだ魔導士の資格は取得していないものの魔力量はじゅうぶん、ただし


「あー! やめて! こっち来ないで!!」

「嫌だ嫌だ嫌だ! うわーっ!?」


 ものすごくうるさい。これはやめさせないと作戦によっては支障が出るんじゃないだろうか。


「狙撃の腕はいいんだけどねえ」


 キールは前の車両の天井から上半身を出し、悲鳴を上げつつも悪路を走る車両の上から着実に炎蜥蜴サラマンダーを撃ち抜いていく。僕とユルヤナが乗っている方の車を運転しているルカは、そんな後輩を指さして声を上げて笑った。


「そっか、魔導士じゃなくても魔銃は使っていいんだ」


 防御魔法のかかった頑丈なガラスから半分だけ顔を出し、恐る恐る外を覗いているユルヤナがぽつりと言った。町で待っているように言ったのに、僕の魔法が見られるかもしれないからと言ってのこのこついてきた。たぶん今、少し後悔している。


 魔銃は所有と使用に制限があるが、軍人のほか、ハンター、魔導士、魔導技師の資格保有者も魔獣が相手の時に限り使用可能なため、僕も一応法の範囲内だ。


「魔力操作の練習にもなるから、うちの隊は積極的に使わせるんだよ」


 僕がルカとトーマに行っていた教育方針がそのまま受け継がれているらしい。と言っても僕の場合、魔力操作については明らかに祖父と一緒に魔導機械をいじっていた経験が活きているので、それを応用しただけだったりする。


「あれだけ狙撃が上手いなら別の隊も欲しがったんじゃない?」

「でも魔導士になれそうだったからさあ」


 炎蜥蜴サラマンダーは溶岩地帯の温度に耐えるために外皮が硬くなっているので、半端な攻撃は当てても弾いてしまう。つまり外皮にしっかり刺さる弾を次々に発射しているキールは、間違いなく強力な魔導士になれる素質がある。高火力が出せるという意味ではトーマ寄りなのかもしれない。二人が目をかける理由がわかった。


「隊長、後方から別の群れ」

「隊長じゃない。了解」


 ルカの指示で僕も借り物の狙撃用魔銃を手に、車の天井を開けて背後を確認した。

 まだ本来の生息域には辿り着いておらず、キールが懸命に撃ち続けているというのに一向に数が減らない。むしろ仲間の警戒声を聞いて集まってきたところを見ると、ハンターたちはかなり長いこと狩っていないらしい。道理で魔宝石の価格が高騰するわけだ。


「キール、見ておいてねえ」

『はい!?』


 隊員同士の連絡機でルカが指示を出したのが聞こえた。ほぼ同時に、僕は手近な一匹に狙いを定めて撃った。鼻先に着弾する直前、最初から飲み込むつもりだったようなタイミングで炎蜥蜴サラマンダーが口を開け、首の後ろまで弾が貫通した。


「ルカ、僕がやった数ちゃんと数えておいてよ」

「りょうかぁい」

『ツクモ先輩! 何したんですか今の!』


 働き分は報酬をもらわないと割に合わないのでしっかり釘を刺したところで、何故か僕にも支給された連絡機にキールから直接質問が飛んでくる。勉強熱心だ。


炎蜥蜴サラマンダーは炎を吐く直前に大きく息を吸うから、この距離なら鼻と腹が膨れた時を狙うとちょうど口が開いた頃に着弾するんだよ」


 口の中は外皮よりも柔らかいので攻撃が通りやすい。ついでに炎弾が飛んでくる危険を排除できて一石二鳥だ。


『そんなとこまで見るんですか!?』

「キールにもできるよ。ちょっとだけ冷静になって、標的を観察してみて」

『はい……』

「叫ぶほうがリラックスできるなら今日はそれでもいいけど、魔獣を刺激することもあるからできれば黙って撃てるようになったほうがいい」

『はい……』

「慌てなくていいから。討ち漏らしは僕が仕留める」

『はい……!』


 なんで僕が指導してるんだろうと思いながら、追ってくる群れを攻撃的な個体から順に潰していると、


「やっぱ隊長いると楽だなあ」

「だから隊長じゃないって」


 職務をサボりたいだけのルカが鼻歌交じりに呟いた。本当に後で一回絞めよう。




 そして予め地元のハンターに教わっていたという生息域に辿り着くと、二台の車両は見事に炎蜥蜴サラマンダーの群れに囲まれた。


「さすがに多くない?」

「うん、ちょっと後で抗議かなあ」


 トーマが車の回りに防護壁を張ったため今のところ炎弾は防げているけど、もはや銃でちまちま仕留めて間に合う数ではない。一旦落ち着きを取り戻したはずのキールがまた喚きはじめたので、連絡機は切った。


「抗議?」


 ユルヤナがいよいよ本気で後悔している顔をしながら訊ねた。


「町にね」


 魔宝石は後で回収して勝手に換金しようとしているだけだけど、町からの依頼なので魔獣の駆除作業自体にいくらか支払われるはずだ。それを安く上げるために、発生規模を少なく申告した可能性があった。


「って言っても、まず生きて帰り着かないことにはね」

「僕ら巻き込まれてるだけなんだけど。賠償ある?」


 僕とユルヤナだけだったなら、こんな奥地に入らず浅いところで数匹狩って終わりだったはずだ。


「いやあ、隊長がいて良かったなあ」


 しかしルカは全く悪びれない。むしろ僕にまだ仕事をさせるつもりでいる。


「ルカがやれよ。民間人を守るのが軍の役目だろ」

「ええー」


 渋るな。


「……僕がやったら総取りになるけど。軍の収入にするんじゃないの?」

「俺の懐に入るわけじゃないから正直どっちでもいい」


 軍に入った理由を聞かれて『給料がいいから』と即答した男は面構えが違う。トーマの誠実さの半分でもあればまだ可愛げがあったのに。


「仕方ない。日暮れまでに帰りたいし、やるか……」

「やった!」


 そして不安そうなユルヤナを見る。


「そこそこでかい魔法だと思うから、ちゃんと見てて」

「わかった……」


 ドアを開けて外に出た。遠くに赤く光る溶岩の川が見えた。こういう理由で来たのでなければ面白い観光地だったのに。

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