第26話 火山の麓の町

 遠くに薄青い山のシルエットが見えはじめると、周囲は農耕地帯からところどころに草や木々が生えている平坦な道に変わる。うっすらと建物の群れも見えているものの、そこに辿り着くまでの道にあまりにも目印が少ないので、ユルヤナに地図を持たせて助手席に座る人間の役目を全うさせながら進むことしばし。昼頃にようやく炎蜥蜴サラマンダー生息域から最寄りの町に辿り着いた。


「活火山からこんなに近いところでも暮らせるんだ」


 黒ずんだなだらかな斜面に向けて『山道はこちら』と書いてある矢印看板が立ち、ホテルが点在する程度には観光地として栄えている様子を見て、ユルヤナが感心する。


「逞しいよね」


 前にも任務で一度来たことがあったな、と思いながら車から降りたところで、僕は眉をひそめた。また身体を伸ばしていたユルヤナが、僕の様子に気付いて視線の先を辿る。

 そこには一台の魔導車が停まっており、とても見覚えのあるくすんだ緑色の作業着のような服装の男が三人固まって何か喋っていた。

 その中の一人、金髪の男がまずこちらに気付き、続けてほかの二人も気付く。


「せんぱぁい!」


 飛び跳ねて存在を主張しなくても目立ちまくっているでかい図体が、全身で喜びを表現しながらぶんぶんと手を振った。


「なんでトーマくんがいるの?」

「そういうことかー……」


 やけにあっさり車を貸してくれたと思った。――行き先が一緒だから一台くらい申請が多くても誤魔化せるということだったのだ。止まれと言う間もなくトーマが全速力でじゃれついてきて、抱きしめざまのドンッという重めの衝撃を、身体に強化魔法をかけながら一歩下がった踵に力を入れることでなんとか耐えた。


「トーマさんの体当たりを正面から受け止めた……。何者ですかあの人」


 あちらの車のそばで、まだ十代と思しき知らない隊員が感心している。これからも怪我なく【第四】に居続けたいならきみも早めにこの衝撃に耐える技術を覚えたほうがいい。


「【第四】の初代隊長」

「え!? 【二つ星】ですか!? 若くない!?」

「俺とトーマより一個上だからねえ」


 リードの外れた自分ちの犬を回収することもなく、のんびり後輩に解説しているのはもちろんルカだ。研修中と思しき新人にまで僕の悪評が伝わっているのはどういうことだろうか。


「ルカ! 隊員が民間人に迷惑かけてんだけど! 早く引き取れ!」

「無理でーす」


 任務中でアクセサリーを外していても纏う空気からちゃらちゃらと音が聞こえてきそうな男は、面白そうににやついている。覚えてろ。


「会えてよかった! さすが先輩、予想した時間どおりですね!」


 そしてトーマは相変わらず暑苦しい。時間に正確なのが徒になるとは思わなかった。途中で雨とか降ってくれればよかったのに。


「離、れ、ろ」


 引き続き強化魔法を使いながらなんとか引き剥がすと、またしてもルカの横から


「あれって人の力で剥がせるんだ……!」


 という、強力な接着剤か何かに対するような感想が聞こえてきた。相変わらず【第四】には愉快な隊員が集まっているらしい。


「それで、何の任務か言えるやつ?」

「ただの駆除任務ですよ。気候の良さに加えてここのところハンターがあんまり奥のほうまで狩りに行ってなかったせいで、炎蜥蜴サラマンダーが大量発生してるらしくて」


 よりにもよって目的まで一緒だった。絶対どこかで仕組まれている。


「……魔宝石だけ融通してくれたりは?」

「売り上げが軍の予算になるので、さすがに先輩でもそれはできないですね」

「買い取ってくれるならいいよお」


 ルカも寄ってきて、親指と人差し指で円を作った。


「せっかくここまで来たんだから買うのは嫌だな……」

「例えば地元のハンターが手伝ってくれたらその分は本人の懐に入るけどねえ」

「……」

「ちなみに今回派遣されてんのは俺とトーマとあいつだけ。あいつの研修なの」


 さっきからそわそわしている新人を指さした。研修に副隊長自ら出てくるとは、相変わらず人手不足なのか平和なのか、新人がよほど見所があるのか。おそらく全部だ。

 車両の形は同じで、もちろんルカとトーマも運転できる。大量発生となると一般市民の通行は制限されているので目撃者はいない。僕はため息をついた。


「まあ……。行き先はどうせ一緒だし、偶然鉢会うこともあるか……」

「さっすが隊長、決まり!」

「もう隊長じゃない」


 定型文を返す僕のそばに、ユルヤナが寄ってきた。車の側で待機し続けている新人が『美少女だあ』と呟くのが聞こえた。心の声が全部出るタイプは軍人として大丈夫なんだろうか。


「ツクモ、大丈夫なの? また倒れない?」


 前回トーマと話しただけで倒れたことを心配しているらしい。僕は頷く。


「今度はなんか大丈夫な気がする」

「本当?」


 前科があるので信用してもらえないのは仕方ない。ということでもう一度頷いた。


「倒れたらまたトーマに運んでもらうから」

「そういうとこ!」

いてっ」


 蹴りが膝裏に入った。確実に痛いのがわかっていて構えるトーマと違って、油断しているのでこっちのほうが痛い。


「噂のユルヤナちゃんだあ。ホントにかわいいねえ」

「ありがと、よく言われる」


 にこっと愛想良く笑うルカに、にこっと笑い返すユルヤナ。バチバチと火花が散っている気がするのは何故だろうか。たらし同士の戦いが始まっていた。

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