第24話 のどかな旅路

 最寄りの溶岩地帯は首都から南東部にしばらく下ったところにある活火山だ。といっても炎蜥蜴サラマンダーを狩るだけなら溶岩そのものに近づく必要はないので、特別難しい仕事じゃない。単に人里に降りてくることが少なく、素材を欲しがる物好きも少ないためにハンターが積極的に狩らないことと、首都までの輸送費用のせいで値が張るというだけだ。


 何にせよ、まずは近くの町まで向かう必要がある。


「魔導車がなかったら、結構時間かかるんじゃないかな」


 魔導車を日中にぶっ続けで走らせても一日半かかる距離なので、徒歩や馬車なら半月近くかかりそうだ。祖父の人脈があれば、十年前でも簡単に魔導車を借りられたかもしれないけど。


「今更だけどこの車、どこから借りてきたの? ていうか運転できたんだ」


 予定のルートを三分の一ほど過ぎ、道が悪くなってきてゴトゴトと揺れる車内で、ユルヤナが尻に敷いたクッションの位置を直しながら訊ねた。


「トーマの伝手で。ちなみに僕が動かせない魔導機械はたぶんあんまりない」


 移動運搬用の魔導車だけじゃなく、工事車両や小型の機器でも魔導機構が乗っていればそれぞれ運転免許が必要になるものがあるけど、よほど使う機会がない専門的なものと実務経験が必要なもの以外は軍に在籍している間に大体取った。――軍の先輩魔導技師の皆さんが、魔導士として採用されたくせに機械を触りにくる変わり者を面白がっていろいろ教えてくれたので、免許の有無を問わなければもっといろいろ使えることは言わないでおく。


「軍用ってこと? 民間人に貸して大丈夫?」

「トーマがいいって言うからいいんだよ。……このタイプはちょっと頑丈なだけで一般車とそう変わらないから見た目ではバレないと思う」


 本当はダメだと思う。手続きについては後輩を信じ、あまり深く考えないことにした。




 長距離運転の際には数時間に一度、車を道の脇に停めてしばらく休むのが鉄則だ。特別強行軍というわけでもない以上無理をすると事故の元になるだけだし、夜までに宿泊施設に辿り着ければいい。


「くぁー!」


 何度目かの休憩の時、広々とした人気のない農耕地帯なのをいいことに、ユルヤナは背伸びをしながらそこそこ大きな甲高い奇声を上げた。長いこと狭いところで縮こまっていると大声を出したくなるのは少しわかる。


「隣に乗ってるだけでも結構疲れるなー!」

「だから付いてこなくていいって言ったじゃん」


 隣で同じように身体をほぐしながら僕は呆れる。ユルヤナが留守番していてくれれば店を臨時休業にしなくて済んだのに。


「だって、ツクモが急に発作起こすかもしれないし。この前セストが言ってた大きな魔法ってやつ、見たいし」


 また後者が八割の目的か。と思ったら、


「あと、現地で仕入れると安い薬材もあるし」


 僕の体調一割、魔法見たさ四割、仕入れ五割くらいだった。まだ見立てが甘いなとユルヤナの性格についての情報を更新していると、好奇心と商魂の塊は不意に遠くを指さした。


「ほら、ちょうどあっちの畑、薬の材料だよ」

「あのもじゃもじゃした赤い葉っぱ?」


 手で庇を作り、太い線を描いて連なる赤紫の畑をまじまじと見る。


「整腸とか解熱とか咳止めとか、いろんな効果がある便利な葉っぱ。香りが良いからお茶にもするし、食材にも使うけどね」

「へえ……」


 今まで通りすがりの畑で栽培されている植物が何なのかなんて特に気にしたこともなかったけど、ユルヤナ曰く、薬材の大半はこうして専門の農家が育てたものをジュンシーさんのような卸売業者が買い付けるらしい。意外と身近にあるものだ。


「興味があるならあの葉っぱのお茶淹れようか。まだしばらく休むでしょ?」

「すぐ作れるんだ?」

「お湯さえあれば簡単」


 言うが早いか、ユルヤナはその場にさっさと携帯コンロとポット、水筒を出して湯を沸かしはじめた。待っている間にちらりと僕を見た。


「魔法でもお湯って沸かせる?」

「沸かせる。でも僕はコンロ使う」

「だろうね」


 魔導士科出身の貴族なんかはこれ見よがしに魔法だけで紅茶を淹れてくる。正直魔力の無駄遣いだと思うけど、セストが言っていたとおり日常で魔法を披露する機会はあまりないので、少々無駄遣いしても大丈夫なんだろう。


「何でもできるんだなー。おれも魔導士の勉強してみようかな。派手な魔法ってちょっと面白そうだし」

「正直、炎蜥蜴サラマンダーくらいだったらそんな大きな魔法は使わないよ」

「そうなの?」

「だって、現地のハンターが仕留められる獲物だし」


 一般的に魔獣を仕留めるのはそれぞれの地域で生活しているハンターの仕事だ。軍や宮廷魔導士が出動するのは人里に大型種が侵入した時、大量発生して駆除が間に合わない時、特別危険度が高い種類が現れた時くらい。


「なんだ、残念」


 いわゆる高難度高威力と言われる魔法を最後に使ったのなんていつのことだろうか。期待しているユルヤナには悪いけど、できればこれからも使わずに済ませたい。


「はい、できたよ」


 ぼんやりととりとめのない話をしているうちに、赤茶色の液体が入った湯気の立つカップが差し出された。


「本当だ、なんか爽やかな匂い」

「匂いは感じられてよかったよね。これ、レモン入れるともっと綺麗な色になるんだよ」

「へえ……」

「砂糖入れて冷やしたジュースも美味い」


 魔導車に寄りかかってお茶を飲みつつ、次々に出てくる豆知識を聞き流しながら何でもないのどかな風景を眺めた後、僕たちは暢気な旅を再開した。

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