第23話 修理と新調

 食堂を出ると、酒で赤くなった顔のセストはため息をついた。


「これから頑張れよ、クライス。困ったら俺より先に主任を頼ればいいけどさ。何かあったら呼んでくれ」

「ありがとう。ツクモでいいよ、兄さんと被るだろ。僕もセストって呼んでいい?」

「当たり前だろお!?」


 セストは何故かまた泣きそうな顔をしていた。酒の飲み過ぎじゃないだろうか。


「……人たらしかー」

「何が?」


 終始大人しかったユルヤナが僕を見上げ、不満そうにぼそりと言った。写真を無理矢理見たのをまだ怒っているのかもしれない。


***


 本当に様々な人の手を借り、たくさんの厚意の上で新生・クライス雑貨店はひっそりと開業した。

 と言っても僕自身は大した宣伝もしていないので、来るのは専らユルヤナの客だ。それも数は多くない。なので僕はその間、工房に引きこもって機材を弄り倒している。


「そろそろお昼食べに行こうよ。……何作ってんの?」


 僕がかかりきりになっている小さな箱を、ユルヤナが横から覗き込んだ。


「食堂のラジオ、かなり古かっただろ。ノイズが結構入ってたから新しいのを贈ろうと思って」


 工房の奥には資料室があり、祖父が書いた図面が大量に保管されていた。眺めているだけでもじゅうぶん楽しいけど、やっぱり作れるものは作ってみたい。


「雑貨店が売るものじゃない気がするんだよね……」


 でも祖父の頃にも売っていた。たぶん今の僕みたいに、手持ち無沙汰になった時にちょこちょこ組み立てていたんだろう。


「もう少しで完成だからちょっと待って。お腹空いてるなら先に行ってもいい」

「あとどれくらい?」

「十分」

「わかった」


 十分後、組み立てを終えて店に戻ると、ユルヤナはカウンターで暇つぶしに祖父の日報を読んでいた。僕を見て、壁の時計を見る。


「ホントに十分だ。ツクモって時間に正確だよね」

「ああ、何分後に行動開始みたいな指示が多かったからかな」


 おかげで自分のことはもちろん、ある程度知っている相手についても同じように目算が立てられるのは便利だ。




「えー! これくれるの!?」


 新しいラジオをプレゼントすると、まずマコちゃんが真っ先に喜んでくれた。ハンナさんと、マコちゃんの母リリアさんはどちらかというと驚いているように見える。


「本当に貰っていいの?」

「すごい、今までのと音がぜんぜん違う!」


 遠慮しているハンナさんをよそに、マコちゃんは早速起動していつも店内で流しているチャンネルに合わせて音楽を聴きはじめた。


「いいなあ、いっそ私の部屋に欲しい」

「自分のは自分で買いなさい」

「はぁい」


 渋々古いラジオと入れ替えるマコちゃんの後ろ姿を、ハンナさんがじっと見ていた。


「おばちゃん、どうしたの? ……お節介だった?」

「ううん、違うの。前のラジオはモモタさんに貰ったものだったのよ。ツクモちゃんも同じことするものだから、懐かしくなっちゃって」


 やっぱり祖父の自作だったか。しかし、ハンナさんはやはり浮かない顔だ。僕の視線に気付いて遠慮がちに言う。


「古いほうも壊れたわけじゃないし、捨てるのはもったいないのよねえ」

「でも、最近調子悪かったじゃん。お客さんもこっちのほうが喜ぶよ」


 マコちゃんは呆れている。


「そうなんだけど……」


 思い出の品を捨てるのが忍びないということらしい。食堂内に古い道具や置物が多いことを考えると、ハンナさんは思い入れのあるものを捨てられない性質のようだ。ならばと僕は提案する。


「古いラジオも修理しようか。僕のはマコちゃんが使ってもいいし」

「ホント!?」

「マコ」


 リリアさんに窘められ、マコちゃんは少しむくれた。




 結局、祖父のラジオも長年の埃と油汚れを落とし、基板を少し改良することでノイズが減って音質が良くなり、食堂に現役復帰した。そしてマコちゃんが僕のラジオを手に入れた。

 更に、


「おい孫! モモタさんの機械の修理できるって本当か!?」


 食堂のラジオの音が変わったことに耳敏い常連客が気付き、図らずして実演販売状態になったらしい。食堂の皆さんが僕がやったと宣伝してくれたこともあって、昔祖父の店で魔導具や機械を買ったという客からの修理や新調の依頼が来はじめた。おかげで前はいくらで請け負っていたのか、慌てて帳簿を確認する羽目になった。


 仕事が増えると新しく必要になる物も出てくる。祖父の図面とメモを見ながら唸っている僕を、ユルヤナが不思議そうに眺めていた。


「今度はどうしたの」

「……素材が足りない」

「売ってないの? 首都なのに」

「売ってないことはない。でも高いんだよなあ……」


 相談してきたのは下町の更に西に広がる港のそばで食品加工業を営んでいるという人で、温熱で魚の干物を作る乾燥機を作ってほしいという依頼だった。おかげさまで売れ行きが好調らしく、台数を増やしたいと思っていたところに僕が祖父と同じものを作れるという噂を聞いて慌てて訪ねてきたそうだ。


 帳簿で同じ注文を確認すると、確かに十年ほど前に二台売った形跡があった。たった二台でも図面は残っており、外枠の制作は先日挨拶に行った工場に依頼すると書いてあったので、外側も基板も作れる。しかし。


「ちなみに何の素材?」

炎蜥蜴サラマンダーの魔宝石……」

「ええ……」


 どうして溶岩地帯に生息する魔獣の核なんか使ったんだ。僕は腕を組んで椅子の背もたれに体重をかけ、後ろにひっくり返りそうになって慌てて身体を起こした。


「今軍人にあるまじき鈍くさい動きしなかった?」

「元だよ。現役の頃に比べたら鈍るに決まってるだろ」


 倒れなかっただけ褒めてほしい。


「鍛え直すついでに自分で取ってきたら?」

「……正直、じいちゃんもそうした可能性が高い」

「マジで言ってる?」


 何故なら仕入れ金額の代わりに交通費や宿泊費が計上してあったからだ。確かに祖父は急に身体を壊したのが嘘みたいにずっと元気だったけど、アクティブにも程があると思う。

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