第22話 くだを巻く男
「名前と年齢見てまさかとは思ったけどさあ、本当にあの【
「男だってわかっただろ」
「頭では理解しても心が追いつかないことってない?」
急に真顔になるな酔っ払い。
僕とユルヤナは視察後に直帰するというセストに夕食に誘われ、三人でハンナさんの食堂に行くことになった。
そして酒が入ったセストは現在、僕と向かい合う席でジョッキ片手にくだを巻いている。
「首席からすれば七位なんて眼中にないだろうけどさあ、俺だって頑張ってたんだからな」
「学校で話したことなかったの?」
「話しかけてたさ! 一方的にだけど!」
「本当に全然覚えてないんだよ。忙しくて人に構う暇なんてなかったし」
何しろ本来なら六年必要な課程を三年で修了しなければならなかった。個々の技能が何よりも重要視される魔導士科ではグループワークもほとんどなく、魔導技師科の授業がない日は一言も発さなかったのではないかと思う日があったほどだ。
「でもニックネームは付けられてたんでしょ?」
「それも誰が言い出したのか知らない……」
いつの間にか【
「たぶん、最初に言い出したのは教授だったんじゃないかなあ」
二杯目のジョッキを傾けながら、セストは視線を斜め上に向けた。
「ああ、ちょっと納得した。やっぱり悪口だったんだ」
第一志望が魔導技師科だったということもあって魔導士科の教授たちは特に僕のことを良く思っておらず、何をしてもいちゃもんをつけられ、褒められた記憶がない。
「今は違うみたいだぞ。後輩が言ってた。魔導士科と魔導技師科を掛け持ちして両方をきっかり三年で修めて首席卒業した教え子がいる、そいつが軍でこんな功績を挙げてるって、ことある毎に聞かされるって」
「散々魔導士科をナメるなだの技師科なんかやめちまえだの言ってたくせに、手のひら返しやがって」
僕は舌打ちし、定食のエビフライを乱暴に囓った。
「教え子が活躍してるとなれば自慢したくもなるだろ」
「教わった覚えはない。点数をつける担当があの男だっただけだよ」
魔導機械は、魔法が不得手な者が技術や威力を補うために使われるのが一般的だ。魔導士になれる素質があるのならあまり必要ないわけで、僕が変わり者だったことは認める。でも魔導士科に入れと言ってきたのは向こうなのに、入ってやったらねちねちと嫌味を言われるとはどういうことだ。今よりも血の気が多かったこともあって、魔導士科の教授たちとはバチバチにやりあっていた。
「随分な嫌われようだな。……そんなに魔導機械が好きなのか」
「もちろん。軍に入ったのだって、最初は大型の機械に触るのが目的だったんだから」
するとセストは何かに気付いた様子でひそひそと声を潜めた。
「もしかして、王宮からもスカウトが来たか?」
「来た。断った」
王宮で王のために働く宮廷魔導士は、大半が貴族な上自らの力だけで魔法を発動できることに特別誇りを持っているため例によって魔導機械を馬鹿にしており、彼らの職場には全くと言っていいほど導入されていない。
「……しょうもないプライドのせいで、王宮は有能な人材を逃したってわけだ」
宮廷魔導士になる利点のひとつに、功績を上げれば男爵位が手に入り、貴族の端くれになれる唯一の道だからというのがある。何なら父の実家はそうやって爵位を手に入れたクチだ。しかし好きなものを我慢しなければならない職場など、僕には何の魅力もなかった。
「魔導士科もそんなもんだったろ?」
「違いない。俺も入学当初はそうだった」
「今は?」
セストは随分僕を買ってくれているように見える。魔導技師や機械への偏見もさほどなさそうだ。
「俺は元々平民だし、役所に勤めてりゃ魔導機械がどんだけ市民の役に立ってるかわかる。その点魔導士なんか、資格だけ持ってたって実演の機会はろくにない。活かすとなると、王宮か軍か警察隊か、そうでなければ学者か教師かってところだ」
「軍に入ればよかったのに。ずっと魔導士募集してるよ」
僕が技師を志望しても頑として転向させてくれなかったくらい。
「できるわけないだろ、俺は筋金入りのビビりだぞ!」
「自分で言う?」
ここまで黙っていたユルヤナがとうとう呆れた声を上げた。
「俺がクライスのこと見直したのはなあ、何も教授とか貴族を正論で言い負かしたのがスカッとしたからってだけじゃないんだ」
「スカッとしたんだ……」
「もちろんそれもあるけどさあ。違うんだよユルヤナさん。アンタこいつの魔法見たことある?」
「小さいやつなら」
【
「一回でかいのを見せてもらうといい、とにかく綺麗なんだ。魔導士ならあれに惚れない奴はいないよ。教授たちだってさあ、悔しかったんだと思うんだよなあ。本人が一番価値を理解してないんだから」
「魔法に綺麗も汚いもないだろ。同じ呪文で発動するんだから」
「違うんだって! クライスだってよく機械の基板見ながら『綺麗な回路』とかわけわかんないこと言ってただろ!? あれと一緒!」
「え? 口に出てた?」
「出てるときあるよ」
ユルヤナも真顔で頷いた。気をつけよう。そして僕は首を傾げる。
「基板見てる時に近くにいたってこと? ……あ」
ふと、僕が一人で何かしている時に限って訪ねてくる男がいたことを思い出した。そういえば髪色が似ている気がする。
「もしかして、学生の頃って眼鏡かけてた?」
「思い出したか!?」
パッとセストの顔が明るくなる。
「魔導士科だったんだ。名前も初めて知った、ごめん」
僕が謝った途端、セストは机にごん、と勢いよく額をぶつけ、通りすがりのマコちゃんが客には滅多に見せない引いた顔をしていた。
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