第21話 店舗の視察

 開業準備は僕の予想を遥かに超えて順調に進んだ。なにしろ、みんな口々に祖父の話をするのだ。


「本当に来た。モモタさんの言ったとおりだったなあ、頑張れよ」

「モモタさんに頼まれたからね。いいよ、卸してあげよう」

「あんまりモモタさんに似てるから懐かしくなっちゃった」


 荒っぽい職人が多いと聞いていた工業区の皆さんですらこんな調子だ。どうやら祖父は店を閉める時、もしも僕が店を継ぐと言って挨拶に来たら助けてやってくれと頼んで回っていたらしい。


「じいちゃん、僕の行動をどこまで予想してたんだろう」

「ついでにおれまで良くしてもらえて助かったよ」


 ガラス瓶を生産している工場から薬の容器を安く仕入れられることになって、ユルヤナも上機嫌だ。


「そっちも『エルメルさんの弟子』って言われてたな」

「うん、なんでツクモと一緒にいるのか誰にも聞かれなかったし」


 しかも、ジュンシーさんがそうだったように年配の人ほどユルヤナの外見と中身のギャップにさほど驚かなかった。むしろエルメルさんの弟子と聞いた途端納得した様子すら見られた。


「じいちゃんとエルメルさんも似たような関係だったのかも」

「ありえるなー。ま、これで安心してお店始められるね」


 とはいえいきなり手広くやりすぎても僕のほうが追いつかない。今回不在だったところや遠方の取引先はまた後日ということで一旦帰路につき、仕入れられたものを棚に並べて、視察とやらを待つことになった。




 そして視察当日、


「店主のツクモ・クライスってやっぱりアンタか。【機械仕掛けの魔導士マガ・エクス・マキナ】!」


 帽子と作業着姿の職員から懐かしすぎるダサいあだ名で呼ばれ、大人しく愛想良くしておこうと思っていた僕は思い切り顔をしかめてしまった。


「……どちらさまですか」

「俺だよ俺! 魔導士科のセスト・トリット!」


 セストと名乗った男は帽子を外し、嬉しそうに自分の顔を指した。中肉中背、ご年配の方から可愛がられそうな愛嬌のある小動物系の顔立ちに、さっぱりとした焦茶の短髪。


「ごめん、魔導士科の顔は全く」


 残念ながら思い出せなかった。


「そういう奴だったな、そういえば……」


 半端者呼ばわりしてくる魔導士科の連中とは基本的に馬が合わなかったので、ほとんど交友関係を築いていない。どれくらい希薄だったかというと、記憶力は悪いほうではないのに誰一人として顔を思い出せないくらい。

 一蹴されてがっくりと肩を落としたセストに、


「何そのダサいニックネーム」


 僕の隣で大人しくしているつもりだったユルヤナが追加ダメージを入れた。


「好きで呼ばれてたんじゃない」

「魔導士科ってことは、学生時代の知り合いってこと?」

「『合い』でもない……」

「それ以上言うな。泣くぞ俺が」


 仕事で来ている手前堪えているが、本当に泣きそうだった。こんなに表情がコロコロ変わる愉快な男、魔導士科にいただろうか。


「はあ、仕事するか……。ええと、一応五年前の資料も持ってきたんですが、店舗にあたる部分はこの部屋とそこの倉庫から変わりないですね?」


 セストは気を取り直し、背筋を伸ばして持っていたクリップボードの書類を見た。


「はい」


 思ったとおり、地下工房は店舗として申請されていないらしい。軍仕込みのポーカーフェイスでしれっと頷くと、セストは倉庫まで立ち入ってひととおり確認したものの、マットの下の扉には気付かなかった。


「見たところ先代さんの頃から売り物に大きな変更もなさそうですし……。大丈夫ですね」


 用紙に書いてある項目に一つずつチェックを入れ、最後に僕とユルヤナを順に見た。


「資格証のご提示をお願いします。って言ってもクライスが魔導士と魔導技師を持ってるのは知ってるけどさ。ユルヤナさんでしたっけ。魔導薬剤師だそうですが」

「はい」


 小首を傾げ、高い声でにこっと営業スマイルを見せるユルヤナに、セストは一瞬怖じ気づいたような照れたような反応をして一歩後ずさった。


「……今、資格証はお持ちですか?」


 するとユルヤナは何やら一瞬目を泳がせて躊躇った後、渋々差し出した。


「ユルヤナ・シルヴェンさんですね。ん?」


 ひとまず名前を確認し、細かい情報を見るためにセストがカード型の資格証を受け取ろうとすると、ユルヤナは何故かカードの端を掴んだまま離さない。


「何してんの。変なことすると怪しまれるだろ、早く渡しなよ」


 ただでさえ地下工房を隠しているというのに。しかし、


「このまま確認してもらえませんか……?」


 ユルヤナは上目遣いで目を潤ませながら懇願した。セストが思わず頷きそうになってぐっと堪えた。


「せめて理由を言わないと。偽造とかじゃないんだろ?」


 するとユルヤナは目を逸らし、口を尖らせてぼそぼそと言う。


「写真の顔が可愛くないんだもん……」


 改めて見ると、ユルヤナの親指が資格証の端に貼られた写真をしっかりと隠していた。


「見たい」


 僕は容赦なく奪い取った。


「あーっ!?」

「なんだ、そんなに変わんないじゃん。ちょっと幼いし髪も短いけど」

「バカーっ! スッピンなんだよそれ!! 返せ!!」


 撮ったのはおそらく数年前だろう。相変わらず美少女顔だけど、スッピンを気にするだけあって今よりも少年ぽさがある。腕を伸ばしてぴょんぴょんと跳ねても、高く上げた僕の手に届くはずもなかった。


「あの、そういうの後にしてもらってもいいですか」


 今舌打ちしなかったか。確かに相手の態度がカジュアルだからと言って、公的な手続きの場面でふざけるのは良くなかった。なおも抵抗するユルヤナをもう片手で遠くに引き離しながら、僕はセストに資格証を渡す。


「取得地はスーロイ、認定者はエルメル・キウル……。え!? 性別男!?」


 もはや何度目かもわからない驚きの声にまたこのパターンかと思いながらセストを見ると、今までユルヤナに引っかかった人間を数多見てきた中で一番絶望的な顔をしていた。

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