第19話 地下室での決断
重い扉を開けたところ、本当に地下へ続く階段が現れた。意を決して降りていくと、さほど長くない道のりの先に鉄製の扉が佇んでいた。
「厳重だなあ。鍵も掛かってるみたい」
ユルヤナがしげしげと扉を眺め、取っ手を掴んで開けようとしたが、押しても引いてもスライドさせてもびくともしない。
「単に何か挟まってるだけだったりして」
それなら開けられないぞとすぐに諦めたユルヤナと場所を替わり、今度は僕が扉を調べる。
「じいちゃんのことだから、何か仕掛けがあるんじゃないかな……」
冷たい鉄板に触れると、取っ手付近に指先でだけ感じられる微かな凹凸があった。この感触を僕は知っている。
「魔導回路だ」
「ええ? どこ?」
「ここ」
僅かに魔力を通すと、指先を起点にして赤く光る線が走った。祖父が作った回路なのは間違いない。もっと詳しく調べれば発動条件や何のための仕組みなのかもわかるかもしれないが、それよりも先に気になることがあった。
「この回路、どこかで……」
これとよく似た形をごく最近見た気がする。でも軍を辞めてから祖父が作った回路をまじまじと見たのなんて、家の魔力貯蓄器とユルヤナの薬材粉砕機くらいだけど、と記憶を掘り返しながら、何気なく上着のポケットに片手を突っ込んだ時だった。
「あっ」
チャリ、という金属音で思い出した。指に触れた家の鍵を慌ててポケットから取り出す。店舗側の鍵と住居側の鍵、そして模様が刻まれた薄く細長い板。
「ただのキーホルダーじゃなくて、これも鍵だったんだ」
趣味の良いキーホルダーだと思っていた板に魔力を通すと、思ったとおり赤く光った。取っ手のそばの回路に軽く触れた途端に鍵と扉の両方の回路が緑に光り、ガチャリと音を立てた。
「開いた。……触れるだけで開く鍵ってどんな仕組みだよ。相変わらずぶっとんでるな……。機械的な鍵が回る仕組みを魔導式で指定してるのか。鍵のほうにはどんな命令を指定してるんだ?」
思わずぶつぶつと呟きながら扉に顔を近づけ、未知の技術を真剣に調べそうになったところで、
「後でいくらでも調べられるでしょ! 早く入ってみようよ」
ユルヤナの声で我に返った。
スライド式の扉を開けると、日光の入らない部屋は真っ暗だった。
「【
きっと近くに部屋の灯りをつける機構があるはずだと、小さな光で出入り口付近の壁を照らしていると、暗闇を少し警戒しながらそろりと入ってきたユルヤナが呆れる。
「そうやって簡単に魔法使うとこ見ると、ちゃんと魔導士なんだって思うよ」
「一応ね」
魔導士の資格を持っているからと言って、日常生活で使うことはほとんどない。下手に人前で使うと見せびらかしているみたいだし、何より僕は魔導具や機械を使うのが好きだからだ。
話しているうちにスイッチを見つけ、触れるとすぐに部屋全体が明るくなった。
「わ、何これ」
「うわ……」
ちょうど雑貨店の店内と同じくらいの広さの空間に、加工器具や計測器、一目では何に使うのかわからない機械まで、魔導具や魔導機械の製造に関する様々な機器が整然と並べられていた。
「すごい。切削機も研磨機も、調整できるレベルが大手の魔導工房並だ」
僕は吸い込まれるように足を踏み出し、ふらふらと手前から順に確認していく。壁には明らかに高級品とわかる手持ちツールが几帳面に並べられ、計測器に至っては魔導学院の研究室と遜色ない。
一際存在感を放っている大きな機械を見て、ユルヤナが首を傾げた。
「何に使うの、これ」
「基板に回路を刻む時に使うんだよ。図面を設定すると自動で刻印してくれるんだ」
「へえ……?」
ユルヤナにはそれがどれだけすごいことなのか伝わっていない。こういう時に最も手っ取り早いのは、価値をお金に換算することだ。
「これ一台売ればこの家を新築で建て直せる」
「怖っ!」
機械の角を気軽に撫でていたユルヤナは慌てて飛び退いた。学生時代、個人的に欲しくなって値段を調べた結果、一番低いグレードでも全く手が出せなかった憧れの機材の最高グレードが目の前に鎮座していた。
「これだけ設備が揃ってたら、魔導具の開発も本格的な機械の修理も、新しい回路の制作でも、全部ここだけでできるよ」
貯蓄器も薬材粉砕機もどうやってオリジナルの基板を作ったのだろうか、工業区に加工を請け負ってくれる伝手でもあったのだろうかと思っていたら、まさか自分で全て制作していたとは。改めて祖父が何者だったのか気になり始めたけど、とにかくこの設備を僕に譲ってくれるというのなら使わない手はない。
「学生の時に作った図面、どこにやったかな……。また実家に帰らなきゃ……」
まず何を作るかと算段を立て始めた僕をよそに、ユルヤナは迂闊に機材に触れたり足を引っかけたりしないよう気をつけながら出入り口近くまでゆっくりと退避し、改めて室内を眺めてからぽつりと言った。
「……『新しい店主へのプレゼント』って書いてあったよね。店主にならないと、ここも使えないんじゃない?」
はっと気付いてユルヤナを見ると、わざとらしく口に手を当ててにやにやと笑っている。
「残念だねえ、ツクモはまだ、お店継ぐって決めてないんだもんねえ」
「……」
「店を継がずに趣味で好きに使っても誰も怒らないと思うけどさあ、たぶんちょっと遠慮しちゃうよねえ、ツクモは」
やめろ、居候になって日が浅いくせにどうして僕の習性をそこまでわかってるんだ。祖父はもういないし誰もこの地下室のことを知らないのだからと開き直って使おうとしても、絶対に後ろめたい気持ちを抱える羽目になる。かといってこれだけの設備を自由にしていい機会なんて他にはない。目の前にあるのに使わずにいるのももったいなさすぎて嫌だ。
僕はその場にしゃがみ込んで頭を抱え、脳内であらゆることを天秤に掛けながらしばらく唸った後、
「……わかった。継ぐよじいちゃんの店。やってやろうじゃん」
「やったー!」
結局、このやたらハイスペックな地下工房を心置きなく使いたいという欲に負けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます