第14話 魔銃のメンテナンス
王国軍の新兵訓練は表向きには三年間と言われているものの、三年経って初めて配属先を決めるわけではない。訓練期間中に随時適性を見られ、徐々に得意な分野の業務を増やされたり、専門的な部署に仮配属されたりする。
つまり実際には二年目あたりから配属先がなんとなく決まりはじめ、その部隊の上官や同僚との交流も始まる。そして僕は希望していた魔導技師部門ではなく、新設されたばかりの魔導士部隊に配属されることになった。
ルカとトーマは、僕にとって初めての後輩だった。二人とも十六歳から受けられる一般試験で採用され、後から検査で魔導士の素質があることがわかったという。
教育係として指導を任された僕は二人が魔導士の資格を習得するまで付き合ってやり、以来僕が退役するまでずっと同じ部隊にいた。もはや弟みたいなものだ。
退役してもまだ頼ってくるのはどうかと思うけど。
「お願いしますっ」
トーマが差し出した大ぶりな魔銃を渋々受け取る僕を、少し離れたところからユルヤナが見ている。先ほどまでと逆の配置だ。僕もどうせ喋るなら女の子が良かったと思いながら、カウンターの上で銃を簡単にチェックする。
「トーマ」
「はいっ」
魔力を充填して構えると、トーマはわかっていますとばかりに対面の端、入口側の窓際に行き、自分の魔導鞄から両側に取っ手がついた大きめの鉄鍋を取り出して胸元に構えた。
「え、まさか」
最初は興味深そうに見ていたユルヤナが、僕たちが何をしようとしているのか気付いて声を上げた刹那、僕は躊躇いなく引き金を引いた。
まず一発。ガン、という金属音と共に鍋の中心からやや右にずれた位置に当たったのがわかった。残りの五発は連射する。金属を立て続けに殴る音が鳴り響き、トーマが持っている鉄板から煙が上がった。
「ちょっと歪んでる」
「ああ、やっぱり。この前うっかり落としちゃったんですよ……」
カウンターの椅子を引き寄せて座り、早速分解し始めた僕の元にトーマがいそいそと戻ってくる。
「また? 握力強いくせになんですぐ落とすんだ」
「なんででしょうねぇ」
えへへじゃない。全く魔法の素養がない状態から三年で魔導士になったくらいには優秀なのに、妙に抜けているのがこの大型犬だった。
「トーマくん、さっきの受けて大丈夫なの? ケガしてない?」
大きな音に驚いて扉の陰に隠れたユルヤナが、そろりと顔を出して訊ねる。
「はい、頑丈なのが俺の取り柄なんで!」
「頑丈って」
ぐっと拳を握り屈託のない笑顔で頷くトーマを見て、ユルヤナは呆れていた。僕も呆れることが多いのでその気持ちはわかる、と頷いていたら、
「ツクモもさあ、危ないじゃん。万が一本人に当たったらどうするんだよ」
僕も叱られた。すると僕が口を開く前にトーマがきょとんとした顔で答えた。
「先輩は魔銃なら絶対に外しませんよ?」
「いや外すこともあるよ」
僕が信用しているのは自分の照準の腕ではなく、鉄壁と言われるトーマの能力だ。身体強化魔法と防御壁を張ることにかけては軍の中でもトップクラスと言っていい。故に僕は安心して撃った。家の壁に穴を開けるわけにもいかないし。
「少なくとも俺は外すの見たことないです」
「ちゃんと整備されたやつならまだしも、こういう歪んだやつで眉間を一撃でやれって言われたら無理」
「それは外さないって言うんですよ」
外せば一番危険が及ぶトーマ本人がへらへら笑うので、ユルヤナは若干引いていた。
「天才様だって話は聞いたけど、やっぱり軍でも優秀だったんだ?」
「もちろん! さすが魔導学院の首席卒業生っていうか、とりあえず高出力しかできない俺と違って繊細な調整がすごく得意で」
「首席ぃ?」
「言わなかったっけ」
「掛け持ちしたって話しか聞いてない」
「どっちも首席なんですよ! すごいですよね!」
トーマは目を輝かせて身を乗り出し、ユルヤナはその分距離を取った。卒業なんてもう五年以上前の話なのであまり蒸し返さないでほしいと思うものの、こうなったトーマは物理的に口を塞がないと止まらない。そして僕の両手は魔銃の部品で塞がっている。
「魔導機械の扱いは一級品だし、教えるのも上手いし、料理も美味しいし」
昔から妙に慕ってくれていたけど、なんだかトーマからの評価が現役の頃より神格化されている気がして背中がかゆくなりながら、今度は組立に入る。やっぱり分解よりも組立のほうが好きだ。
「辞める頃には【二つ星の悪魔】なんて呼ばれてましたけど、はじめは別の二つ名があって、俺はそっちの方が好きで――」
「トーマ。終わった」
「あっ、はい!」
再び窓際に行ったトーマの鍋に向けて六発撃ち、きちんと狙った位置に当たることを確認してトーマに返した。
「ありがとうございます! やっぱり先輩に整備されると銃も喜んでる気がしますよ」
「なわけないだろ。僕はもう民間人なんだから、あんまり物騒なもの持ち込むな」
「そ、そうですよね。すみません。可愛い彼女さんもいるみたいだし、安心しました」
「彼女じゃない、居候……」
ツールを片付けていたところで、不意に視界が歪み始める。ああ、ヤバい、油断した。せっかくユルヤナのおかげで良くなってきたと思っていたのに、トーマの話を聞いていたらいろいろ思い出してしまった。
「ツクモ?」
ふらふらとその場に蹲った僕にユルヤナが駆け寄り、
「大丈夫、ちょっと休めば……」
「バカ、真っ青じゃん! トーマくん、奥に運んで! 案内するから!」
「はいっ」
二人の慌てる声を最後に、僕の意識は途切れる。
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