第13話 大型犬みたいな男

 ジュンシーさんの店からの帰り道、僕はユルヤナに訊ねた。


「僕がお茶のこと聞いた時、変な顔してたけどなんで?」

「変な顔? おれの顔はいつでも可愛いでしょ?」

「……やっぱいいや」


 仕事に対しては真面目なのに、ちょっと離れるともうダメだ。僕がため息をついたことで、ユルヤナはようやく答えてくれた。


「大したことじゃないよ。ツクモが飲み食いに興味を示すと思わなかったから」

「なるほど。よく寝たからちょっと前向きになったのかも」


 実際、今日は最近の中ではかなり気分がマシだ。よく寝てよく食べるのがいかに大事なことなのか思い知らされる。


「いいことだよ。あと、ジュンシーさんの態度も意外だった」

「? 良い人だったじゃん」

「師匠は『気難しい人だから気をつけるんだよ』って言ってたんだ。でも全然そんな感じじゃなかった」


 多少ぶっきらぼうではあったけど、最初から最後まで良くしてくれた。本来なら取引をしない相手に茶葉まで分けてくれて、温厚な良い人だと思った。


「たぶんツクモがいたからだと思うんだよね」

「僕? 僕も初対面だったのに?」

「モモタさんとそっくりだから」

「ああ……」


 古い写真を今でもすぐに取り出せるところに置いているくらいだ。あの写真に写っていたメンバーは、ジュンシーさんの大切な人たちなんだろう。


「しかもジュンシーさん、師匠のことは呼び捨てなのにモモタ『さん』って言ってたからさあ。思い入れの格が違うんだ、きっと」


 言われるまで思い当たりもしなかった。そういう細かいところに気付くのが、ユルヤナの人心掌握術の肝なのかもしれない。


***


 それから数日、僕はユルヤナの睡眠薬の力で仮初めの安眠を取り戻し、気分も身体の調子もずいぶん良くなった。目の下の隈も多少は薄れてきた気がする。ユルヤナ曰く、寝不足でできる青い隈は血行不良が原因のことが多いので、一朝一夕でなくなるものではないらしい。温めたり揉んだりするのをおすすめされた。化粧で隠すことも提案されたけど一旦断った。


 ユルヤナはというと、順調に近隣住民と交流を深め、僕よりも下町に馴染みつつあった。

 となると、彼に用がある者が増えるわけで、その『拠点』もまた知られることになる。何故なら本人がここにいると触れまわるからだ。おかげで最近は店側の入り口も鍵を開けている。


「ユルヤナちゃん、いるー?」

「いるよー、どうしたの?」


 今日の来客は学生服姿のマコちゃんだ。お互い距離の詰め方が上手いので、もはや親戚のお姉さんくらいのノリになっている。更に本日は


「この前もらった化粧水のこと話したら友達も欲しいって言うんだけど、まだある?」


 ご学友連れだった。しかも二人。三つ編みのおさげの子と、ショートカットで少し日焼けした子。二人とも一旦ユルヤナに見蕩れてから、奥のドアにもたれて様子を窺っている僕を見てびくっと肩を震わせた。やっぱりこの空間にでかい男がいたら怖いか。


「あるよー。マコちゃん、学校で宣伝してくれてるんだ? 嬉しいなあ」

「あ、あの、でも、魔導薬って高いんですよね」

「これはただの化粧品だから高くないよ。肌に合わないこともあるから今日はお試しサイズをあげるね」


 最近はよく聞かれるものの在庫をカウンター下に用意している周到さだ。他にもハンドクリームや石鹸、シャンプーなど、じわじわと種類を増やしている。こうやって少しずつ店舗部分を乗っ取っていくつもりなのかもしれない。


「大丈夫そうだったらその時はよろしく。あと、荒れた時はすぐに来て」


 しかしそんな野心はおくびにも出さず、押し売りすることもなく、本人は気軽に新しい顧客の名前など聞いている。三つ編みの子がメイジーちゃん、ショートカットの子がアリッサちゃんだそうだ。




 嬉しそうな三人をにこやかに店先まで見送ったユルヤナが扉を閉めようとしたところで、


「あっ、待ってくださいっ! 閉めないで……!」


 今度は若い男の声が聞こえた。なんだかものすごく聞き覚えがある気がする。


「すみません、ここに先輩がいるって、聞いたんですけど」

「先輩? ああ、ツクモの知り合いですか?」


 瞬時に声色を切り替える技術、やっぱり何度聞いても魔法ではないかと勘ぐってしまう。


「やっぱりいるんですね!」


 嫌な予感がしながらも渋々出ていくと、そこには人間に可愛がられて育った大型犬のような雰囲気を持つ紅茶色の髪の男がいた。 予想通り、僕より一年後に入隊したルカの同期、トーマだ。


「トーマ……。何しに来たんだ」


 僕もそこそこ身長があるのに、こいつは更にでかい。そしてガタイもいい。ユルヤナなんか肩に乗せて歩けそうだ。


「せんぱぁい!」

「止まれ!」


 僕を見た途端に尻尾があったらちぎれるほど振っていそうな満面の笑顔でじゃれついてこようとした男に、思わず現役の頃のクセで命令すると、よく鍛えられた筋肉の塊は僕を轢き倒す直前で見事にぴたっと静止した。


「何しに来たんだ。上の指示?」

「ち、違います。また魔銃の整備をしてほしくって。ルカがここに先輩がいるって教えてくれたから……」

「自分でできるようになれって言っただろ」

「うう。やっぱり時々先輩に見てもらわないと不安で……」


 尻尾と耳が垂れ下がっている幻覚が見える。しかし甘やかしてはいけない。


「とりあえず中に入ってもらったら? でかいのが二人で顔つき合わせてると喧嘩してるみたいだよ?」


 ユルヤナの言うとおり、通りすがりの近隣住民がちらちらと怪訝な視線を向けてくる。僕はため息をついて、仕方なくトーマを屋内に入れてやった。

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