第8話 夕飯

 食堂を出た後は、あれが欲しいこれが欲しいというユルヤナの希望を聞いて店まで案内することに努めた。ユルヤナは自分の外見と演技力を活かして散々値引き交渉やサービスを受けていたが、幸いにもそれぞれ魔導鞄を持っていたおかげで『爆買いする女とその荷物持ち』といういたたまれない視線に晒されることは免れた。


「ツクモの家って、キッチン使える?」

「試運転はした」

「ふーん、じゃあ夜はおれが作ってやるよ」


 そういうユルヤナはクレープをかじっている。よくこれを食べながら夕飯のことなんか考えられるなと僕は呆れた。


「料理できるの?」

「当たり前じゃん。食事は一番手軽で身近な薬なんだから」

「へえ……」


 急に真面目なことを言うのでつい感心してしまった。ちゃらちゃらしていて商魂たくましいものの、薬剤師としては信用に足る相手なのかもしれない。


「ふりふりのエプロン付けて作ってやろうか」

「やめてくれ」


 前言撤回、やっぱりダメかもしれない。




 家に着くと、ユルヤナは早速キッチンの設備を確認して料理を始めた。できると言っていたとおり手際が良く、小鍋で湯を沸かす横で器用に野菜の皮を剥いて小さめに切り、鶏肉も一口大にして、今は玉子を溶いている。


「そうだ。サラダ作ってよ、適当でいいから。味見が必要ないものなら作れるでしょ?」

「……確かに」


 自分が口にするものならまだしも他人が口にするものには手をつけないほうがいいと思っていたけど、生の野菜なら関係ない。今日買った食材から適当にいくつか選んで洗い、スライスした玉ねぎを水にさらした後、レタスをちぎってトマトをくし切りにして本当に適当に盛り付けていると、ユルヤナに玉ねぎをいくらか持っていかれた。鶏肉と野菜でダシをとったスープに刻んで放り込んだ。雑だ。

 更にユルヤナの手元では玉子を一人当たり二個使ったオムレツが着々とできていた。刻んだ芋やニンジンが入っていて具だくさんだ。


 手持ち無沙汰なのでオイルベースのドレッシングを作っていると、ユルヤナがちらりと僕の手元を見た。言わんとすることはわかるので頷く。


「大丈夫、量って作るから間違いない」

「なるほど」


 ドレッシングくらいなら、知っているレシピどおりに全ての材料を量れば妙な味にはならない。――基本的に目分量だったのでものすごく久しぶりにきちんと量った。




 そうして、僕は久しぶりに誰かと食卓を囲むということをした。ユルヤナはためらいなくざくざくとフォークで野菜を突き刺し、上品さのない大きさに口を開けて食べた。


「お、ドレッシングいける」

「元同僚の実家がレストランをやってて。教えてもらった」

「美味しいわけだよ」


 匂いはわかるので、久々に作ったドレッシングがうまくいったこと、ユルヤナが作ったオムレツがおそらく美味いこともわかる。しかし口に入れても相変わらず何の味もせず、いつもどおり咀嚼して飲み込むだけの作業になった。


「うん、美味い! さすがおれ」


 一方羨ましいほどの自信家は僕が味の感想を言わなくても勝手に一人で美味しい美味しいと言って食べ進め、綺麗に平らげた。外では辛うじて被っていた猫の勤務時間は終わったようで、行儀悪くスプーンをかじりながら僕が食べ終わるのを眺めている、と思ったら、不意に口を開いた。


「そうだ。あのフライパンさあ、何か魔法がかかってない?」

「ああ、たぶん汚れと錆び防止。焦げ付き防止もかな」


 五年間放置されていたにもかかわらず、僕がキッチンを検めたときも錆びや汚れはなく、水洗いしただけで使えた。


「やっぱり魔導具かあ。日用品に魔法がかかってるなんて贅沢な」

「そうなの? 実家の調理器具にも大概かかってたけど」


 もちろん仕入れ先は祖父だ。軍にいた頃に使っていたものは後輩が欲しがったので辞める時にあげた。


「……クライス雑貨店の評判がいい理由がわかってきた」

「理由?」

「質のいい魔導具を、庶民にも手に入る価格で売ってたんでしょ。それで、裏では魔導機械の製作と修理も請け負ってた」


 スプーンの先を突きつけられ、僕は記憶をたぐり寄せる。祖父は暇な時、店の商品を手にとっては『これはこんな効果を付けている』と僕に教え、その付与の仕方も教えてくれた。商品を仕入れるとまず魔法を施すことから始めていた。学院に入学する前には作業を手伝ったこともある。


「言われてみれば。もちろん普通の雑貨も置いてたけど、大抵はじいちゃんが何かの効果を付与した魔導具だったな」

「やっぱりそうだ。つまり【魔導雑貨店】てことだね」

「魔導雑貨店……」


 そう言われると、何故だかしっくり来た。どうして祖父は魔導技師なのに工房ではなく雑貨店をしていたのかとずっと思っていたが、祖父なりに自分の腕を活かしていたのだ。


「おれに店を貸すのが嫌ならさ、ツクモが店主になって、おれの薬も置いてよ。ツクモにはモモタさんがやってたことを引き継げる腕もあるんだし」

「僕がじいちゃんの店を引き継ぐ……?」


 小さい頃、祖父の隣で機械を弄り倒していた時にはそんな夢を見たこともあった。――カウンター奥の椅子は、誰にも座らせたくない場所であると共に、憧れの場所だ。


「うーん……」

「ま、会ったばかりの相手の頼みを簡単に承諾しないのはいいことだけどね」


 ユルヤナはにやにやと笑いながら立ち上がり、洗い場に食器を置くと、


「片付けは任せた! おれはこれから眠り薬を作るので決して覗かないでください」


 小さい頃に読み聞かせられたおとぎ話の鶴のようなことを言った。


「覗けって?」

「良いから熱めのシャワーでも浴びて、寝る準備しておいて。じゃ!」


 ひとときもじっとしていない男はやる気に満ちた顔でそう言って、本人曰く『拠点』へと引き上げていった。

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