第2話 ここは森の中




 気が付くと、俺は森で倒れていた。


 この森の土はふかふかで、木漏れ日も相まり、いつまでも寝ていられそう。

 まるで元の世界の公園で、昼寝をしているみたいだった。


 だけれど、絶対にいつもの世界では無い。

 周りに生えている木が、あまりに高過ぎる。

 あいつの言っていた事は本当だった。



 •••••••••••••。

 •••••••••••••。

 •••••••••••••。

 


 俺は、何とか起き上がる。

 辺りには、高さ八十メートルはありそうな木が、びっしりと生えていた。

 

 「ここが異世界なのか!!木からして違う!!おおー!!」


 テンションを上げて、その高い木に近づく。

 この木はほとんど枝や葉がなく、頭頂部にしかそれらは無かった。


 「幹太っと!杉の何倍の太さなんだ!!!」


 軽く、木の幹を拳で叩いてみる。

 びくともしなかった。


 「おおー!!やっぱり硬い!!」

 

 調子に乗って、何回も叩いてみる。

 びくともしなかった。

 が、頭になにか当たる。


 「••••?」

 

 当たった物は地面に転がる。

 俺はこの物を見てみた。


 これは赤くて丸く、へたがついている。

 普通にリンゴだった。


 「ここにもリンゴがあるんだ。良かった」

 

 少し痛かったが、何かいえいって感じにもなる。

 そのリンゴを拾おうとしゃがんだ瞬間、今度は二個、何かが頭に当たった。


 「また?そんなに落ちるものってある?」

 

 見上げると、りんごが大量に落ちてきていた。

 まるで雨のようなレベルだ。


 俺はリンゴの山に埋められた。


 



 「•••••テンション上げ過ぎた」


 リンゴの山から抜け出した俺は、少し冷静になった。

 一旦状況を整理することにする。


 恐らく、ここは森である。

 近くには木しかないし。


 そして、この世界には魔獣?もいると、あいつは言っていた。

 魔獣って、名前的に少しやばそう。


 だったら、早くここから出なくては。

 

 けれど、遠くまで目を凝らしてみても、永遠と同じ木が生えているだけだった。

 かなり森の深い所に来てしまっているっぽい。

 

 「••••そういえば魔力や能力を与えるって言っていたっけ?あいつが」


 魔法があるとも言っていた。

 もしかしたら、森から少しでも早く脱出するのに、使えるかも。

 

 ちょっと、試してみよう。

 

 「••••与えるって事は、魔力って俺の中にあるはず••••」


 体内に意識を向けてみる。

 何か無いかな。

 なんか。



 あった。

 あっさり見つかった。


 魔力は俺の体全体に散らばっている。

 と言うよりも、俺の体が魔力で構成されているっぽい?


 まあ、それだけだけど。

 別に魔力が何かしている訳でもなかった。


 「どうしよう••••動け」

 

 動けと思った。

 魔力が少し動いた。


 やったね。

 とりあえず、こんな感じに動かすのかな?

 

 次に全身の魔力よ動け、と思ってみる。

 かなり魔力が動いた。

 

 そして、最後に全身の魔力を動き続けろ、と思っている。

 魔力が体の中でずっと動き始めた。


 これに連動して、体に全能感が出てくる。

 魔力が全身を流れるたびに、体の調子が良くなっていく!

 目も鼻も耳も魔力を動かす前と比べ、スペックが格段に上昇している!!

 まるで、人間から一段階進化したかのよう!!!

 

 「脳内麻薬ドバドバ!!!いやっふー!!!!」

 

 余りにテンションが上がって、バク宙やバク転をしまくる。

 何度しても、体が疲れる様子がない。

 魔力!とんでもない!!

 うえい!!!

 

 そうふざけていると、強化された耳が足音をとらえた。

 その方角を、目視で確認する。


 「おおー!!!ヒグマ!」


 毛深く大きいヒグマが、俺から一キロメートルぐらいの所にいた。


 このヒグマも、元の世界の熊とは明らかに違う。

 前足の爪が赤く鋭い。 

 長さも一メートル以上はありそうだ。

 多分あいつの言っていた魔獣?なのだろう。


 そんなヒグマが、ゆっくり俺の方へ向かって来る。


 「今の俺ならヒグマ如きに負けない!!行ける!!」

 

 と叫ぶが、先ほど調子に乗って失敗したばかりなので、逃げることにした。

 今回はその失敗が洒落にならないし。

 

 足音を立てないよう、俺はヒグマがいるのと逆の方角へ進んでいく。

 魔力で感覚が強化されているためか、全く足音が出なかった。

 


 なのにいつまで経っても、ヒグマの足音は付いてくる。

 その上、ヒグマは堂々と歩いている為、最初と比べると俺との距離が縮まっていた。


 「••••走って逃げるしかないか、」


 最後チラッとヒグマとの距離を目視で確認して、逃げよう。

 少し、ヒグマの方を見る。


 ヒグマと目が合った。

 目が合ったのは、初めてだ。


 「は?何それ」

 

 突如、ヒグマは今まで見た事のない行動をし始める。

 ヒグマは後ろ足を曲げ、長い爪の付いた前足は自身の前に出す。

 それは、クラウチングポーズだった。


 次の瞬間、ヒグマは走り始める。

 長く赤い爪は、顔の正面に構えていた。


 「死ぬ!!逃げろ!」


 魔力も使い、俺は全力で走り出した。

 これで逃げ切れたら良いな!!


 「いや!やっぱ無理!!速過ぎる!!」


 ヒグマは魔力で強化された俺より、かなり速かった。

 機動性も高く、沢山ある木を華麗に避ける。

 これでは絶対逃げられない。


 普通に三十秒もあれば追いつかれそうだ。

 足音的に、もう俺の五十メートル後ろにヒグマはいる。


 「思い付いた!!最終手段!!色々邪魔しよう!!」


 俺は良い作戦を思いついた。

 物を投げて、ヒグマを妨害する作戦だ。


 とりあえず、何かを拾う余裕がないので、着ている学ランを破る。

 ボタンが弾けとび、周囲に散らばった。


 「喰らえ!ヒグマ!、」


 学ランを投げる。

 見当違いの方角に飛んでいった。

 服を投げたことがなかったので、当然である。


 次、当てればよし!!


 ズボンのベルトを外しチャックも全開にする。

 その後、ズボンの両端を持ち、力を入れた。

 これでズボンはまっぷたつに破れる。


 「今度こそ!!喰らえ!!」


 ズボンを投げる。


 魔力の影響か、火事場の馬鹿力か、布を投げるのは二回目だが、ズボンは思った通りの方角へ飛んでいった。

 ズボンはヒグマの頭に引っ付き、視界を塞ぐ。


 「おっしゃー!!!••••は??いや、何で!?」


 まだ、ヒグマは俺についてくる。

 視界は潰したが。

 それなら、嗅覚か!!


 だったらシャツごと下着を投げよう!!

 匂いで判断しているなら、この下着で惑わせるはず!


 シャツと下着を破る。

 そのまま、ヒグマに投げた。

 

 「あ。外した」

 

 二つ纏めて投げたせいで、外してしまった。

 それぞれ見当違いの方向へ飛んでいく。

 

 完全に、やってしまった。

 焦り過ぎである。


 だが、まだ最終手段が残っていた。

 かなり恥ずかしいが。

 ここで死ぬよりはマシだ。

 

 両手で下穿き、というかパンツを破く。


 「これを喰らえ!!!」


 そして、投げる!

 これはちゃんとヒグマの頭に引っかかった。


 これで嗅覚は潰せたはず!

 念の為、ヒグマからは見えない木の裏に飛び込む。


 多分完璧だ。

 ヒグマは、どこに俺がいるか分からないはずだ。

 逃げ切れた。勝った。

 はず。きっと。

 Vピース。

 


 木に、ゴッと何かが当たる音がした。

 俺が隠れている木の裏から、聞こえた。

 しかし、これだけで音は終わらない。


 木の幹を何かが抉っているかのような音が、段々と近づいてくる。

 その音の進む速度は、ヒグマの走るスピードとほぼ同じだった。

 

 「、何で!?」


 急いで、また走り出す。 

 一瞬後ろを見ると、木を抉りながらヒグマが俺を追ってきていた。

 

 その追いかけ方は今までと全く異なる。

 一切木を避けていない。

 進行方向にある全ての木を削りながら、直進で俺に迫ってくる。


 「何だその生態!?やばい!!!」

 

 そのヒグマの行動にも、リスクがあった。

 ヒグマの体と爪は木に衝突する度に、傷が付いていく。

 そのせいで、もうヒグマの全身は血だらけだった。


 なのに、一切スピードを緩める事なく俺を追い立てる。

 俺とヒグマの距離は、あと五メートルもなかった。


 「あー!!詰んだ!!俺の人生終わり!」

 

 投げた服も木と接触した摩擦で、多くが燃えだしていた。

 これだと多少逃げれても、ヒグマが死ぬ前に服も無くなってしまう。

 そうなれば、元の追いかけ方に戻るだろう。

 本当に手の打ちようがない。



 異世界に来てから、まだ何もしていないのに。

 頑張って家族のことを一旦忘れて、良い気分にしようと思って、リンゴに埋もれて。

 魔力を使ってみて、調子にのって、ヒグマに追われただけで、終わりか。

 

 ?。

 魔力?


 「何とか!何とか!これで!!」


 最後の賭けで、魔力を動かすのをやめ、木の裏に飛び込む。

 

 その真横スレスレをヒグマが通っていく。

 急いでここから木の裏に回り、隠れる。


 すぐドオン、ドオンと音がした。

 ヒグマと木が激突している音だ。


 俺の隠れている木からは、出ていなかった。



 音が消える。

 恐る恐る木から出た。


 ヒグマは血だらけな状態で、死んでいる。


 俺は助かった。

 



—-




 ヒグマの死体を放置し、俺は森の終わりを探し始める。


 とにかく、早く森から出たかった。

 魔獣も恐ろしいし、俺もほぼ全裸だからだ。

 

 ヒグマに投げた服は、摩擦でちりになっていた。

 どこかへ行った学ランとTシャツはいくら探しても、何故か見つからない。


 だから、俺は今靴と靴下しか身につけていなかった。

 その二つも魔力を動かした状態で全力疾走したから、既にボロボロだ。

 俺は、裸になる0.5歩前だった。




 今、風が吹く。


 風が全身の肌に直接当たり、こそばゆい。

 こんな体験は、元の世界で絶対出来なかった。

 家族がいて、人間社会で生活を送っていたから。


 そう思うたび、心から実感する。



 俺はこの世界に来て、全て失ったのだと。


 ••••••••。

 ••••••••。

 ••••••••。


 なんか、なんか、あれだ。

 あれな気持ちだ。


 両親とは二度と会えず、姉ちゃんとも再会出来るか分からない。

 そう考えるたび、あれな感じがする。

 本当にあれだった。



 

 ••••いや、逆に。

 逆にだ。

 これはこれで、解放感が少しはある気がしないでもない。

 元の世界では全裸で森を歩くなんて、した事が無いし、出来なかったからだろう。

 



 生きるなら、良い感じでいなければ。

 それなら、まずこの世界に来てよかったと思いたい。

 丁度いいプランも考え付いた。

 

 「••••今までやらなかった事に初挑戦して!新しい趣味を探そう!」


 凹んでいても何も始まらない。

 心を誤魔化す。

 姉ちゃんと再会するのは前提として。


 これを森を出た後の目標にし、自分を鼓舞した。



 まあ、今ほぼ全裸だけど。

 だから、人に見つかったらすぐ捕まりそう。

 先に服を作らなくては。


 

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Q:異世界転生?すれば力も金も友達も手に入って、毎日良い感じに過ごせるって本当ですか?A:そんな訳ない。消えろ。 @tetetet

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