恋する桐原には小さな秘密と悪癖がある。

緑雷ヶ丘7号

曙光、恋を知った。

 初めてその姿を目に捉えたとき、カイヤナイト。の一言が一番に脳裏を駆けた。


 数個と開いたピアスホール、首に気だるげに引っ提げたヘッドホン、ゆるり余らせた袖。少し不良な見た目で、朝早くから登校している彼女の背は、ただ参考書を広げ鉛筆を握るのみだった私にとって、一等眩しく、そして尊いものであった。


 彼女へ惜しみ無く降りしきる曙光が、その艶やかな髪の合間からさらさらと玉のように散って机へ青い影を落としているのを見たとき、ああこの人はカイヤナイトから生まれたか、もしくはその生まれ変わりなのではないかと本気で思った。

しとりと長い睫のその宿る元、朝の特有の眩い陽に少し細められた目蓋の下にかちりと収まっている、夜空か、もしくは深海を閉じ込めたような深い紺碧が煌めく両眼をこの眼に捉えたとき、私はその見立てに言い様のない確信を得たのだ。

 彼女に捕らわれるのは、もはや運命に定められたことなのだと一寸の疑いもないような必然のことであった。


 窓際の、前から二番目の席。小金井さん。ちょっと不良な見た目のうつくしいカイヤナイトさん。私の恋心。

 窓際の前から5番目、後ろから2番目の席の桐原。臆病で、悪癖持ち。

 ただの席が、皆のいない朝早くの少しの時間、彼女の背を追える一等席になった。とある初夏の朝の出来事。


初夏の陽が差す元。私は一人、彼女の凛とした背と、そのカイヤナイトを思わせる横顔に恋をした。

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恋する桐原には小さな秘密と悪癖がある。 緑雷ヶ丘7号 @Mirai_gaoka

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