(8)魔王討伐後

【ヒロインはベッドの脇の椅子にいる想定。主人公から見て右側】


「……あっ、勇者様!?」


「お目覚めになられたんですね! わたくしが分かりますか?」


(少し泣きそうな声で)

「はい、エスです!」


(SE:ヒロインが部屋の入口まで駆ける足音。そんなに広くはない。六畳一間より少し大きい程度の一人部屋)

【ヒロインが移動するので、声も遠くなる】

「司祭様! 勇者様がお目覚めになられました!!」


【戻って来るので、また距離が近くなる】

「良かった……本当に良かったです」


「勇者様、三日も意識がなかったんですよ」


「……えっ、何ですか?」


「ああ、口が乾いてしまっていますね。こちら吸い飲みです。体は……こちらも厳しそうですね。少々お待ちください」



【ヒロインが主人公の背中を抱え起こすので、声が後ろ寄りに接近】

「よい、しょ……」


「大丈夫そうなら頷いてください、苦しくないですか? 枕の高さは?」


「では、お水を。ゆっくりとお飲みくださいね」



【ヒロイン、ベッド脇に戻る】

「落ち着かれましたか?」


「えっ? ……し、ぱ、い、し、た。『失敗した』?」


「い、一体何があったのですか……?」


「……はい……はい。ついに魔王と対峙したのですね」


「そうですか。丸一日かけた死闘を……」


「失敗したというのは、まさか……!」


「えっ、違う……んですか? 魔王は倒した!? お、おめでとうございます!!」


「すごい……本当にすごいです。勇者様ならばと信じておりましたが、わたくし……っ」


「良かった。よくぞご無事で……おかえりなさい」


「ですが、そうなると……何を失敗なさったのですか?」


「魔王を倒して満身創痍の中、受けた毒と呪いと浸食のスリップダメージに耐えてリスポーンをして――」


「……そこから三日も眠ってしまっていたことが、失敗?」


「いえいえいえ! そんな状態なら、三日で済んだのが奇跡です!」


「むしろ、わたくしの治癒の力が至らず、申し訳ありません……魔王の強大な力、さぞ苦しかったでしょう?」


「失敗したのは、そこではない、と?」


「リスポーンをすることで、いち早くわたくしに勝利を伝えたかった……?」


「わたくしに、会いたかった……?」


「え、ええっ!?」


「し、失敗したって、そういう……」


「も~~~~~っ!!」


「もうっ、もうっ! 勇者様はいつもっ、ああもうっ!」


「はじめてリスポーンをした日だって、キングスライムは華麗に倒してしまうのに、子供を助けて倒れてしまいますし!」


「クラーケンの時も、漁師さんを助けて自分が溺れてしまいますしっ!」


「かと思えば、キノコに当たって倒れたとか言い出しますしっ!」


「髪もモジャモジャになっちゃいますしっ!」


「カッコよくて、ちょっぴりドジで――」


「……わ、わたくしに会いたいとか、平気な顔で!」


「今だって、本当はまだ辛いはずなのにっ! そんなことお首にもださないで、わたくしを安心させることばかりっ!」



【ヒロイン、主人公の胸に顔を埋めるので距離が近くなる】

「勇者様はばかです。本当にばかです」


「きつい時には、ちゃんとそういうお顔をしてください。そう申し付けてください」


「でないとわたくし……」


「たまに、夢を見るんです。勇者様がふらっとどこかへ消えてしまう夢を」


「笑顔のまま。わたくしを安心させたまま。ある日忽然と……」


(SE:主人公がヒロインの髪を手櫛で梳く音)

「『ちゃんとここにいるから、安心して』?」


「勇者様ぁ……ひっく、ぐすっ」


「な、泣いてませんっ! 泣いてませんもん! これは――その、先ほどのお水が跳ねてしまっただけです!」


「……勇者様? え、そんなっ、勇者様!?」


「目覚めたばかりで、少し疲れただけ? 良かったぁ……」



【主人公が眠りに落ちるので、声が徐々に遠くなる】

「それでは、わたくしはここで手を握っておりますから。ゆっくりお休みください」


「お疲れさまでした。おかえりなさい。それと――」


「大好きです、勇者様」(頬にキス)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る