煌龍たちが白彩を捜索活動を開始してから、数時間が経過した支乃森邸。


普段は使われていない奥の間に、白彩は閉じ込められていた。


「ん……ここは?」


意識が戻った彼女は、自身が置かれている現状を確認する。場所は違えど、縄で拘束されている。これでは、草一郎が死去した直後と相違ない。


「あら、起きたのね。疫病神」


そして、当時白彩の私物をすべて破棄し、座敷牢内であっても微動だにできないよう縛り付けた人物の声がする。


「お、叔母様……」


柢根の姿を捉えた瞬間、白彩は叔母の眼が漆黒に変わっていることに気付いた。


「その眼はいったい……」


「眼?あぁ、あんたとは正反対の黒い眼。漆黒に色付いた眼。この眼すごいのよ。今までにない程の力を引き出せる」


気分が高揚している叔母は、昏天黒地に変異した色彩眼を意気揚々と語る。


「あんたを拘束しているのも、私が顕現させた蔦なんだから」


完全に締め切られた部屋は暗く縄だと思っていたが、よくよく見ると植物の蔦だった。しかし、その蔦は緑ではなく、ドス黒い色をしている上に瘴気を纏っていた。


「あんたを連れ去るのに苦労したんだから。中々、連火の屋敷から出てこないし、側には連火の若造がいる。実家の伝手を頼って、一流の人攫いを雇うのにもお金がかかったわ」


実家を含めて犯罪者と関わりがあり、犯罪事態を起こしていることを赤裸々に語る柢根。悪事が露呈したときのことなど、考えていないのだろう。


支乃森家を出る前より思考力が瓦解し、恍惚と自身の所業を語る叔母が恐ろし過ぎて、白彩はこの先自身がどうなるのか考える余裕などなかった。


「それにしても、あんたたち母娘親子は、何処までも猥りがわしいことこの上ないわ‼︎夫ばかりか、息子にまだ手を出そうだなんて‼︎」


「それは!」


柢根の手には、鸚緑に書いた手紙が握られていた。白彩の荷物から、抜き取ったのだろう。


「連火家に嫁いであんたが幸せになっていることも許せないけど、私の可愛い鸚緑に優しい言葉をかけて、誘惑する気でいることはわかっているんだから‼︎」


手紙の内容に怒り心頭の柢根は、白彩の手紙をバラバラに破り床に落とした。



—わたくしは、ただ鸚緑のことが気がかりで手紙を書いだけなのに……—



ただの紙屑と化した手紙が叔母に踏まれるのを見た白彩は、意気消沈する。


「私から大事な家族をすべて奪っていくだけでなく、幸せ自慢だなんて!色無しの癖に思い上がるゆじゃないわよ!だから、私は決めたの。あんたを武運相応相応しい所に行かせることを。まずは、その忌々しい目玉をくり抜いてしまいましょう」


「えっ……」


「それから、四肢を切断して、直ぐに死なないように私の蔦で切断面を縛り上げる。その次に、臓器ね。知ってる?人間の肺と腎臓って、一個ずつ取っても死なないらしいの。肝臓も半分切除が可能って話しよ。人体って不思議よねぇ」


「……」


今までで一番饒舌に、できるだけ長く姪を痛めつけて殺す算段をしゃべり続けた。



—わたくしに相応しい場所って……まさか……—



「さて。そろそろ、開始しましょう。あんたの悲鳴を肴に今夜は日本酒でも飲もうかしら。夫や息子を誑かす、女狐のような疫病神を地獄に送る記念に!」



—やっぱり‼︎叔母様は、わたくしを殺す気だ‼︎—



柢根は、白彩の白い眼球に手を伸ばした。伯母の指が眼元に触れた瞬間、白彩は自身が死ぬ光景が見えた。



―いや‼死にたくない‼—


―まだ、わたくしは……わたくしは……—



白彩の人生はあまり良いものではなかったのかもしれない。だが、両親から授かった命を、こんな中途半端な形で終わらせたくなかった。



―漸く、最近。少しは幸せといういうものを感じられるようになったのに……—


―この世に何も残せないまま死ぬなんて……—



しかし、助かる手立てがない。自分の視界には二度と幸せな色は映らないと白彩が絶望したその瞬間、部屋の襖に火の手が上がり、驚いた柢根の手が止まった。


「何事‼」


「この火は……」


間一髪、眼球を失わずに済んだ白彩は、鮮烈な赤を目にする。


「俺の婚約者に何をするつもりだ!支乃森柢根!」



―あっ……—



絶望の最中、自身を助けに来た煌龍の瞳の赤に白彩は在りし日の記憶を思い出す。


まだ物心がついたばかりの頃。母に会えない寂しさを紛らわしたく、庭先で歌い舞っていると現れた赤い瞳の少年。


『綺麗な歌と舞だな』



―そうか……。わたくしを色の無い瞳を含めて、大切にしてくれる人はずっと前からいたんだ……—



『歌舞も綺麗だが、純白の瞳も美しい』


すべての点が繋がり、煌龍が心から自身を慈しんでくれたことを理解した白彩。


『俺の色深しの顔料になってくれないか。そしたら、色々な所へ連れて行く。好きな物も与える。その瞳を含めて大切にする。だから、約束だ。いずれ、迎えに来る』


迎えに来てくれた赤き希望に、白彩は涙を流す。




同屋敷の座敷牢。そこに幽閉されていた鸚緑を助け出したのは、愛我率いる邪神討伐部隊の面々と、姉である萌葱だった。


「姉様。何で……」


いつもいじめられてばかりで、助けてくれたことなんて一度もなかった。


「あんた。急がば回れって言葉知らないの?あんなわかりやすい連絡をそのまま彩都に向けわせていたら、あの母親が雇った人間に先に見つかりかねないじゃないの」


何故、助けにきたのか聞いたが、答えてくれず。どういう訳か、非難された。


「まぁ。私が先に見つけて、漸く蔦蔓つたかずら家の尻尾を掴めたんだけどね」


実は、萌葱は永らく、母の生家であり支乃森家の分家の一角を担う蔦蔓家の内情を探っていた。以前から、蔦蔓家は本家であり支乃森家に取って代わろうと画策しており、何十年も人攫いや極道などの反社会組織と通じていたのだった。


草一郎が死亡したことを機に、本格的に支乃森家を没落させ、残った財産や地位をすべて奪取する計画を企てていた。そんな折、支乃森家に嫁いだ柢根が人攫いを雇いたいという連絡を受けた。連火家に嫁ぐ白彩を誘拐して殺す気でいると知るや否や、その罪を柢根一人の犯行として、蔦蔓家が告発することにより支乃森家を陥れる算段だった。。更に、犯罪者である支乃森家の妻を捉えたという名誉を手に入れ、蔦蔓家は軍や連火家に取り入る謀も巡らせていた。


嫁いだとはいえ、親族をも陥れようとしていた蔦蔓家。彼らは軍の関係者にも顔が通じ、下手に動くと情報操作をされ悪事を隠蔽されかねない。


だから、萌葱は鸚緑の手紙を燃やし、蔦蔓家が動くのを待っていた。そして、確実に捉えられるよう、蔦蔓家に潜り込むせていた自分の手の元と連携し、蔦蔓家と支乃森家の両方に軍が突入するように仕向けた。代理人にここまでの情報を明け渡すように頼んで。


誘拐の報酬を蔦蔓家の屋敷で受け取っている現場を抑えられ、情報操作を行おうとしていた軍関係者も同時刻逮捕された。




そのような経緯で、今の至る。


「支乃森萌葱の情報は正しかった。彼女の情報提供がなければ、支乃森柢根おまえを断罪することも。俺の大切な婚約者を助けることもできなかった」


奥の間で、自分の娘が煌龍たちをここまで招き入れたことを知った柢根は、苦虫を嚙み潰したような顔で忌々し気に萌葱の顔を思い浮べる。



―あの小娘……。余計なことをしてくれたわね……—



「白彩を返しせ!支乃森柢根!」



―やっと、この疫病神を……殺せるところだったのに……—


―なんて、目障りなの!連火煌龍!—



夫からの愛を奪った白彩だけでなく、草一郎の後釜として邪神討伐第一部隊の隊長を務める煌龍にも殺意が湧く。そして、柢根の頭にある考えが浮かんだ。



―そうだ。こいつも殺せばいいんだ。そうしたら、鸚緑が邪神討伐第一部隊の隊長よ。—



軍の入隊年齢に満たない鸚緑が部隊長に就任することはまずない上に、邪神討伐の家系であれば並の色彩眼では煌龍を殺すことなどできない。しかし、昏天黒地により、眼球内の邪神も煌龍に害心を抱き、それが柢根の殺意を助長していた。


「ひひひひひぃ……!まずは、あなたから殺してあげる!」


部屋中に蠢く蔦が現れる。火で焼き払うこともできるが、蔦は白彩を拘束する物と繋がっており、下手に火を出せば屋敷全体が全焼しかねない。


だから、煌龍はまず剣術だけを駆使して、蔦を薙ぎ払う。


「何なの‼」


剣だけで一蹴されたことに気圧された柢根に連動して蔦の動きが鈍った。その隙に、白彩の身体に絡み付く蔦を切断する。


「大丈夫か!白彩!」


「はい。わたくしは大丈夫です」


煌龍が来てくれたことで一気に安心した白彩。しかし、その身体には蔦が食い込んだ後が残っており、どれ程強くか弱い女性の身体を痛めつけたのかは一目瞭然だった。


煌龍は白彩の身体中に浮かぶ縄のような痣に、顔を顰めた。


「この廊下の先に進め。愛我がおまえを保護してくれる」


「煌龍様は?」


「俺はあいつを撃つ」


柢根に立ち向かう煌龍の胸の内には、白彩を傷付け殺そうとした彼女への怒りが確かに存在した。しかし、冷静な煌龍は、怒りに身を委ねずこの場での最適解を導きだす。



―まずは、神通力をその場に留める札のしめ縄をあいつの身体を巻き付ける。—



この札は、柢根の瞳に巣食う邪神の分身体を拘束した札を改良した物。神通力を宿す前のこの札は、放たれた神通力をその場に留め続ける。


火炎かえん狂炎球きょうえんきゅう


柢根に放たれた炎球は、彼女に纏わり付き身体を焦がす。


未だその場に留まり蹲る白彩は、叔母の身体が炎に焼かれる光景に唖然とする。


「煌龍様。お、叔母様が……」


「安心しろ。火傷は残るが、死なない軽度の炎だ」



―哀れな女だ。支乃森柢根。—



夫に見放され、その夫は死に。更には、昏天黒地の状態に陥る程に邪神に侵食されたのに、それに気付いた生家からそれを利用されて、家諸共地獄に堕とされている。



―おまえには、白彩を虐げ、殺そうとした罪がある。—


―だが、歪められた人生にまで処罰はしない。—



ある程度、柢根の身体が炙られると、木に幾重もの蔦が連なる邪神が彼女から抜け出た。


「キィィィィィ!」


そして、柢根の色彩眼は瞼から零れた。堕ちた色彩眼は、腐った蛹の中身のような液体を零し潰れた。そのまま、柢根は気を失った。


煌龍は、愛我の雷を込めた札を邪神に叩き付ける。邪神が電撃に痺れている間に、煌龍は剣を奴に突き立て、そのまま剣圧幾つか部屋を突き破り木々の少ない庭先に出た。


「煌龍様‼」


突き破られたのとは反対の後方に居座っていた白彩。自身に身体の痛みなど気にせず、煌龍のいる方に駆け出した。


「早く、この場から逃げろ!危険だ!」


「嫌です。だって、だって、わたくしは……煌龍様の――」


白彩が次の言葉を紡ぐ前に、邪神が黒い蔦を二人に伸ばす。


炎刀えんとう


白彩にそれが届く前に、炎刀えんとうで蔦を焼き斬る。激しい猛攻が続く中、煌龍は刀に火を纏わせる程度の火力で戦うしかない。幾ら、屋敷から離れても、ここで大技を出せば大勢の者が巻き添えをくらう。


相性だけで言えば煌龍が圧倒的に有利だが、彼の怪我はまだ癒え切ってない。その上、この邪神には知性があり、柢根の色彩眼を喰ったことで力が増大した。戦いが長引けば、煌龍の方が危ない。


炎刀えんとうで邪神の攻撃をいなしながら、隙を伺う。しかし、煌龍の動きから脇腹が弱点だと判断した邪神が、そこ目がけて攻撃を仕かけた。


間一髪で回避できたが、咄嗟の動きで塞ぎかけていた傷かまた開く。


「くぅ……」


軍服の下から血が滲み、煌龍は痛みに悶える。


「キィ、キィ、キィ、キィ!」


邪神の攻撃が激しさを増し、煌龍が圧されはじめた。このままでは、煌龍が死んでしまう。



―煌龍様……—


―わたくしは、どうすれば……—



『俺の色深しの顔料になってくれないか』


「はっ‼」


そのとき、白彩の心の中で少年時代の煌龍に言われたことが響いた。



―わたくしは、煌龍様の顔料なんだ。—



それが先程、白彩が言いかけたこと。



―わたくしにできること。それは……—



「揺らめく明かりは、心を映す炎。

激しき猛火は激情。

馳せ廻る火の子は享楽。

淡い灯は哀傷」


「白彩……」


白彩は歌い舞う。煌龍様が勝つことを信じて。


「キィ‼」


本能的に、これ以上白彩に歌舞を続けさせてはならないと判断した邪神の蔦が彼女に伸びる。


炎刀えんとう熱波ねっぱ


炎刀えんとうから、熱を含んだ剣圧を放つ。今まで、この程度の火力では熱波ねっぱを放てなかった。しかし、白彩の舞が歌舞の瞳の火を強くする。


「胸に燃ゆるは、あの日の記憶。

心を見失わず、炎を灯そう。

燃ゆる火は必ず胸の内に。

さすれば、闇夜も気付けば東雲」


白彩の歌を聞いていると、負傷した脇腹が何故か暖かくなった。


「心中に紅鏡の如き光が永久であらんことを……」



―暖かい彼女の歌声に、癒されているような感覚だ。—



「これで、終わらせる。炎刀えんとう火生かしょう‼」


煌龍の火が邪神の身体を焼き切った。


「キキキキキキキキキィ‼」


聖なる火が、悪しき緑の神を焼滅させた。


辺りには、火の熱が漂う。

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