第七章

白彩が煌龍の前で歌舞を披露して一週間。あれ以来、煌龍は身体を押して仕事をしようものなら、白彩が側にいるだけで控え、彼女が寂しそうにしていれば歌舞をして欲しいと願うようになった。


白彩はそのように煌龍と過ごす日常を嬉しく感じていた。


相も変わらず、使用人たちからの当たりは強いが、一度使用人が白彩に手をあげかけたところを煌龍に止められ、その使用人は解雇された。その一件以来、白彩への嫌がらせはピタリと止まった。



―解雇された使用人には、少し申し訳ないわ……—



危害を加えようとした相手でも、自身がきっかけで解雇されたことを白彩は悔やむ。


しかし……



―でも、煌龍様は長年仕えている使用人であっても、わたくしを守ってくれた。—



それがわかっただけで、白彩は心強かった。だからこそ……



―わたくしを守ってくださった煌龍様の為にも、あの方に甘え過ぎず、トキさんたち以外の使用人とも良好な関係を築いていかなければ……—



煌龍様に歌舞を観てもらい、彼の心の支えとなることを決めた白彩。いつまでも、彼に守られる立場ではいけないと、心に固く決めた。


そんな現在の心情を彼女は紙に綴っていた。



『鸚緑へ


 元気にしていますか?

 最後に別れてまだ数日しか経過していないけれど、連火の岩には白い百合の花が咲いて、夏へと変化する季節の移ろいを感じています。きっと、支乃森の屋敷も夏の植物とが青々と生い茂っているますね。

 あれから、わたくしは煌龍様に寄り添うことができて、あの方に名前を呼んでもらえるようになりました。多少は、あの方の支えとなれた気がします。だけど、まだまだ煌龍様のことも、連火家のことも、知らないことが多いと感じています。トキさんたちから大要を聞かされても、物事を多くは語らない煌龍様のすべてを知るのは難しいです。だけど、以前よりも側に寄り添えるようになったのは、鸚緑がわたくしの背中を押したお陰です。

 鸚緑は、叔母様と萌葱姉様とは上手くやっていけてますか?わたくしは、あなたに助けられたから、もし何かあれば今度はわたくしが力になりたいです。

 何もなくても、味方がいるだけど、心強いことをわたくしは知りました。だから、用がなくても、いつでも連絡してください。


白彩より』



へのてがみを綴ったものの。これをどう渡したら良いのか、白彩は苦悶する。そのまま郵便局で配送しても、宛名を見た柢根に没収され鸚緑に危害を加えてしまう。


思うままで手紙を書いたが、後先考えてなかったことに白彩は自嘲する。


「白彩。少しいいか」


考え混んでいる白彩の部屋に、煌龍が訪ねてきた。こうして、名前を呼んでもらうことにまだ慣れない彼女は、「何でしょうか?」と顔を赤らめながら返事をする。


「怪我の経過を診てもらいに病院へ行くんだが、散歩もかけねおまえも来ないか?」


これも煌龍の気遣いなのだろう。自分が守るから安心して、出かけられると暗に行っている。


「是非、同行させてください」


煌龍の行為に甘え、出かける準備をする白彩は無意識に先程書いた鸚緑への手紙を巾着に入れていた。




軍の病院ながら、入院患者の為に用意された庭は国内や海外の珍しい花々が咲いている。これは、患者たちにとって良い気晴らしになるだろう。


白彩も廊下の窓から庭を眺めていると、全体的に赤いのに花びらの縁だけ白い大きな花を見つけた。


「なんて、綺麗な花……」


思わずそう零すほど、あの花が気に入った様子。


「あぁ。百合の花か」


白彩の独り言に、彼女の目線の先に花があることに気付いた煌龍は納得したかのように呟いた。


「あれは、百合の花なのですか?」


白彩が知る赤い百合の花は花の全部が赤い。瞳に映る花のように、縁を白くぼかしたような色合いではなかった。


「『スターガザール』と言って、外国の百合と交配して作られた品種で色國ではまだ珍しい百合だな。本来は、六月から咲くんだが、今年は少し早く咲いている。せっかちな百合の花だな」


「スターガザール……」


百合の花は支乃森家にも、連火家にも咲いている。しかし、例えるなら、全体的に一色の絵の具でに均一な色合いのものばかりだった。スターガザールのような、ぼかし塗りの神秘的な色合いは見たことがなく、心奪われる。しかし、夢中になる理由はスターガザールの鮮烈な赤さにも起因していた。


「そんなに気に入ったなら、俺が診察を受けている間、庭にいてかまわない。ただし、院内から出ないように気を付けるんだぞ」


何と、煌龍からの許しを得られ、間近でスターガザールを見れることになった。心踊る気持ちで、庭に出ると夏の緑の青臭さと同時に、花々の濃く甘い香りが鼻腔をくすぐる。



—縁が霞んだ白なのも素敵だけれど、鮮烈な赤い色に惹かれてしまう……—


—でも、どうして、煌龍様の瞳の色を含めて鮮やかな赤い色を目にすると、夢の中の鮮烈な赤を思い出すのだろう?—


—あの夢の赤は、わたくしにとっていったい何なのでしょう?—



「あれ?きみ、もしかして煌龍のお嫁さん?」


夢の赤に気を取られ、ぼーっとしていた白彩に声をかけたのは黄色と桃色の瞳……二色待ちの邪神討伐部隊の隊員だった。


「あの?どちら様でしょうか?」


「あっ、いきなりごめんね。俺は稲妻愛我。煌龍の部下だよ」


「あぁ……、煌龍様の。わたくしは、支乃森白彩と申します」


「……」


白彩から自己紹介をされた愛我は、今までにない違和感を感じた。



—俺の左の色彩眼は不安定だから、偶に魅力の効果を受けにくい子はいるけど、この子はまったくかかってないっぽい。—


—多少の効果を受けた子でも、はじめて俺に会ったら少しは媚びるような仕草をする。だけど、この子は初対面の俺への警戒が抜けきれない。—



左眼を覆い隠してない状態で、自身にそよそよしい女性ははじめてだった。だから、愛我は食い入るように白彩を観察してしまった。


それが余計に白彩の警戒心を促し、失礼にならない程度に愛我との距離を取る。


「あぁ〜。ごめん、ごめん。煌龍がこんなに可愛いお嫁さんを娶ったって知って、つい見入っちゃった。あっ、まだ婚約段階だったなぁ」


愛我は、食い入るかのように見つ詰めていたことを笑って誤魔化す。しかし、半分は本心だった。色無しの可愛い女の子が軍の病院にいた為、煌龍の婚約者だと気付き声をかけた。


「まぁ。可愛いのは、当然か。煌龍が子どもの頃から気にかける程に綺麗な子なんだから」


愛我が零した言葉に、今度は白彩が違和感を覚えた。



—子どもの頃から……—



「煌龍から聞いているよ。昔、支乃森の屋敷できみを色深しの顔料にするから、『いずれ、迎えに来る』って約束したこと。あいつ、ずっときみのこと迎えに行きたかったみたいだけど、全隊長だった支乃森草一郎との良好な関係を築く為に局長に反対されて、長い間なかなか行かずにいたって」



―……約束—



白彩は約束という言葉に、煌龍との婚約が決まったときに彼に言われたことを思い出した。


『俺はあのときの約束を果たしたかったからな』


話しを整理すると、白彩は幼少期に煌龍と面識があり、彼女が支乃森家冷遇されているのを知り、結婚の約束としていたことになる。


「……」


しかし、まったく覚えがなく、脳内で処理できずにいた。


「白彩ちゃん、押し黙ってどうしての?大丈夫?」


無言でいた為に心配する愛我の声も左から右へと抜けていく。


「あ、あの……わたくし、少し顔を洗ってきます!」


「えっ、ちょっと……」


考えが纏まらず混乱した白彩は、その場からとにかく立ち去った。愛我はそんな彼女の反応に対処できず、困惑している。自分から逃げ出す女性が世にいるとは思っていなかったのだろう。


「はぁ、はぁ。どうしましょう……。稲妻様に失礼な態度を取ってしまったわ」


人目がない所に出て少しは気持ちが落ち着いた。しかし、周囲を見渡すと病院の敷地外に出てしまっていた。


「大変。早く戻らないと」


急いで病院に戻ろうとしたが、白彩の背後に怪しい男たちが忍び寄る。


「ふぅ‼」


麻酔薬を嗅がされ気絶した白彩は、彼女を襲った男たちに連れ去られた。


このとき、白彩は煌龍からもらった日傘を落としていた。




白彩が誘拐されてしばらくたった頃。煌龍は院内で、白彩の姿を探していた。


「院内にはいる筈だが、何処に行ったんだ?」


一向に見つからず途方に暮れていると、愛我に見つかり声をかけられた。


「煌龍。怪我の具合はどうだ?」


「思っていたよりも回復が早いと、医師に驚かれた」


邪神からの攻撃は治りが遅い筈だが、何故か煌龍の脇腹は通常の怪我と同じ速度で治ってきていた。医師もこれには理由がわからず、首を傾げていた。


「これなら、早く仕事に復帰できそうだ。だが、俺がいない間は真面目に仕事をするんだぞ。また、女遊びにうつつを抜かしていないだろうな」


「してないって。さっき、ちょっこと可愛い女の子に声をかけたくらいで」


「やっぱり、しているだろ。いったい何処の誰を誑かしたんだ?」


「おまえのお嫁さん。白彩ちゃんっていうんだな。名前も凄く可愛かった」


「白彩に会ったのか……」


煌龍は魅力の神通力を持つ愛我と白彩が会うことは避けたかった。しかし、丁度白彩を探していた為、何処にいるのか尋ねる気でいた。


しかし、「でも、あの子と煌龍がはじめて会ったときのことを話したら、何故か逃げちゃって……」と言われた。


「はじめて会ったときのこと?」


「うん。子どもの頃、支乃森家で約束した話しをな」


「……全部、しゃべったのか?」


「うん。あれ?もしかして、そのこと白彩ちゃんには話してなかったの?」


愛我の返答に煌龍は頭を抱えた。



―白彩は覚えていないし、言うつもりもなかったんだけどな……—



「な、何か、わりぃ……」


申し訳程度の謝罪を愛我がすると、とある陸軍の隊員が煌龍の元に駆け付けた。


「陸軍が邪神討伐部隊に何の用だ?」


両組織は折り合いが悪い、と言うより陸軍が邪神討伐部隊を毛嫌いしている。街に邪神が出没した際、戦闘は邪神討伐部隊が担うが、避難誘導などは陸軍の仕事だからだ。しかし、人手が足りない場合は邪神討伐部隊からも避難誘導をする隊員を配備する。邪神討伐という大任には指を咥えるだけで、自分たちの仕事にも手を出されいる現状が面白くないのだった。


何年か前までは市民を守る志は同じであることから、協力的な関係だったが、両組織のトップが今の代にすげ替わった頃から関係にひびがはいった。


原因は不明だが、あちらからわざわざ訪ねて来ることはまずなかった。だから、煌龍も愛我も警戒するが、本当に重大な要件だった。


「先程、病院の側で女性が何者かに攫われたと通報があったのですが、恐らくその女性、連火殿の婚約者ではないかと」


『‼︎』


陸軍の言葉に動揺する二人。


「何を根拠にして、そんな世迷ごとを言っているんだ」


煌龍は普段と変わりないように見える。しかし、彼をよく知る愛我の目には、明らかに煌龍が狼狽えているように見える。


「近隣住民の証言に白い瞳の色無しの娘だあるという報告がありました。軍関係者で色無しの若い女性は、連火殿の婚約者しか思い当たる人物がいません。そして、現場にレースの日傘が落ちており、その日傘を取り扱っている店に書き込みをしたところ、その日傘はここ最近では連火殿以外に売っていないと証言が取れました」


続けて語られる陸軍の言葉に、煌龍は不安が募る。そして……


「今すぐ、現場に向かう!愛我、付いて来い!」


「えっ‼︎まだ、療養中でしょ‼︎おまえは屋敷で待ってろ。白彩ちゃんは、俺たちや陸軍が探すから」


「かなり回復した。それに、怪我なんて関係ない。白彩が連れ去られた可能性がある中、ゆっくりなどしていられない」


愛我の忠告を無視して、煌龍は直様白彩の行方を探しだす。




現場の状況と落ちていた日傘を確認した煌龍は、誘拐された女性が白彩であると確信した。


現在、警官や陸軍と協力して捜索に当たっているが、目ぼしい情報は入らず仕舞い。


「未だに、詳しい情報は入ってこないのか」


「はい。現場を目撃した人間は、建物内から誘拐の一度始終を見ただけで、警官に通報している内に被害者を含め姿が見えなくなったようです」


「そうか」


淡々と捜査をしているように思える煌龍だが、彼の放つ冷たい火の眼差しに周囲の人間は委縮していた。



―こりゃ、そうとう鶏冠に来ているな。こりゃ……—



愛我以外の人間は、自身の所有物である婚約者を拐かされた行為を、連火家への宣戦布告と煌龍が捉え殺気立っていると思っている。しかし、愛我だけは、愛しい白彩の身を危惧するが故の殺意だと悟り、誘拐犯に呆れていた。



―どこのどいつか知らないけど、馬鹿なことしたなぁ。—


―色國の火龍が冷たい炎を瞳に宿すときは、身内に手を出したときなのに……—



どちらにしろ、早急に誘拐を見つけ出さねば煌龍の怒りの鉾策が自分たちに向きかねないと、愛我もそれ以外の者も新しい情報がないかと必死に探す。


そんな中、「連火殿。現在、邪神討伐第一部隊の屯所に、今回の誘拐事件に関する有益な情報を持つ人間が来訪したと連絡がありました。何でも、あの人の代理だとか」。


果てしたその人物は、本当に情報を提供しに来た味方か、罠に嵌めようとする敵か。ただ一つわかっていることは、その代理人という人物が緑の瞳をしていたことだった。

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