第六章
①
「だったら、さっさと子どもこさえて、跡取り作れ」
「……」
翌日。何故か、会食での出来事を愛我が知っており。その流れで煌龍が白彩の舞を観れずにいるが、このまま白彩が顔料としての役割を果たさないのは家の体裁的に良くない為、悩んでいることを話すはめになってしまった。
そして、愛我は他の解決策として、先程のようなことを言った。
「だって、煌龍はその子に顔料としての役割をさせたく無いんでしょ。なら、お内儀としてや役割である優秀な後継をこさえるのが手っ取り早いんじゃないのか」
「だが、彼女とはまだ、結納を済ませていない状態だ。そんな中、好いてもいない男から突然、子作りしようなんて言われたら、度肝を抜かれるに決まっている」
「でも、妻として迎え入れたからには、いつかはそうなるだろ」
「確かにそうだが、妻として迎え入れたのは彼女を支乃森家から連れ出す建前でもあった。そういった形で連火に連れて来た以上は、将来的に彼女に後継を産ませることはやむを得ないが、そういった行為は彼女が連火家の生活に馴染んでからと考えている」
「え〜。でも、その子のこと、それなりに気に入っているんでしょ。花嫁さんの話しになると、口角が少し上がっているの気付いて無いだろ」
「そうなのか?」
「そうだって。今度、鏡見てみろ」
愛我の指摘に、自身の頬に手を当てる煌龍。永らく表情筋が固まった状態だった為、いつの間に動いたのかと不可解な顔をしている。
「俺だったら、政略的な結婚でも相手が好みの顔なら、速攻で手を出すけどなぁ」
軍人としても、大和男児としても、最低過ぎる発言。曲がりなりにも、愛我の方が年上であるのに。
しかし、煌龍は「何に手を出すんだ?」と首を傾げる。
「おまえは本当に、色恋沙汰には特に疎いよなぁ……」
「?」
先程の発言から愛我の方が呆れられる立場なのに、言葉の意図を理解できなかった煌龍に呆れ返っていた。
呆れられているとは露程も思わず、首を傾げる煌龍は、普段の毅然とした雰囲気に反して幼く見えてしまう。
そんなとき、水沢一等兵がとある邪神に関する報告に来た。彼が入室したことにより、先程の緩んだ空気が霧散した。煌龍は神経を研ぎ澄ませ、愛我もいつに無く真剣な表情を見せる。
煌龍はともかく、愛我がこんなにも腰が入るのは、事態が事態だからだ。
「失礼します。邪神討伐第一部隊前隊長支乃森草一郎氏と第一部隊所属の五十六名の隊員を惨殺した邪神の調査報告に参りました」
そう。草一郎を含めた以前の第一部隊を壊滅させた邪神は未だ退治できていない。件の邪神が出没したときに、煌龍か愛我のどちらか一人でも居れば話しは違ったが、生憎二人共別任務だった。
僅かに生き残った隊員からの証言によると、草一郎は一番に邪神から大きな痛手を受けたが、彼にも邪神討伐部隊としての意地がある。命尽きる前に、最大力の神通力で可能な限り邪神を摩滅するさせた。しかし、あと一息というところで邪神は生き延び、何処へ逃げたのかは不明だということだった。
第一部隊壊滅直後は部隊の再編制などに追われていたが、それも済んだ今、再び件の邪神を狩り取るべく捜査に当たっている。
「あれから、もう直ぐ二ヶ月が経過する。そろそろ、件の邪神を滅せねば、第一部隊は前回の比にならない被害を受ける。そして、被害は一般人をも置き込むだろう」
邪神は体内に瘴気を内包しており、強さと瘴気の量が比例している。そして、瘴気が一定の量を越えると、神から邪神に堕ちる過程でなくした知性を得る。しかし、自我などは皆無であり、人を欺き、闇に紛れる狡猾な存在である。ただ暴れるだけの邪神と比べるとあまりにも危険な巨悪。
知性は弱体化しても消えず、再び以前の力を取り戻そうと自ら瘴気を吸い、他の邪神を喰らっていく。放置すればするほど、より危うい存在へとなりかねない。
「現在、一般からの目撃報告は三件。おおよその特徴は件の邪神と合致していますが、僅かに相違点が見られます」
「力を取り戻す過程で、以前と全く同じ姿になるとは限らないが、目撃者が少ないな。もう少し詳しい情報が欲しい。目撃者の証言から、その周辺の捜査に重点を置け」
「了解しました」
水沢一等兵が隊長室を去ると、二人は溜息を吐く。
「この一件、まだまだ時間がかかりそうだな」
「あぁ。最初はそれ程、時間はかからないと踏んでいたんだけどな 」
「だよなぁー。これじゃあ、何の為に支乃森家から、前隊長の空水晶を借りたんだか」
神通力を吸収した空水晶は、吸収した持ち主の神通力と共鳴する。支乃森草一郎も、邪神討伐部隊の部隊長を任せられるほど強力な神通力を放てる人物。邪神から彼の神通力の痕跡が残っている筈。
しかし、空水晶は力を吸収させた後に店に売る。調度品として可能するから、色が良かったら、珍しい神通力なら高く売れる。
だが、色彩眼の名家は売らずにいる場合が多い。空水晶に宿った色彩眼の力は弱体化しており、神通力の力を引き出す手間をかかる為、そういった用途ではあまり役に立たない。たが、神通力を頻発に使用する家系であればある程、家の力を外部に置くのは避ける。
だから、手元に置いた空水晶は、自分たちで加工して装飾品としたり。労力はかかるが、結界を張るときの用いられる。手元に置いたままでは、持てあます限りだ。
結局、名家であっても、空水晶は加工した物以外手元には残らない為、それを使って神通力を辿るのは稀なのだ。しかし、支乃森家の蔵に草一郎の幼少期に神通力を吸収した物が一個だけ残っており、これ幸いと借り受けた訳だ。
「それさえあれば、直ぐに見つかると思ったのに。すっかり、当てが外れた」
「愚痴を言ったって、どうしようもない」
「でも、可笑しな話しだよな。空水晶まで使って探しているのに見つからないのって」
あまり手元に残ることのない空水晶だが、あれば特定の神通力を辿るなど造作もない。
愛我の言葉に、煌龍は空水晶が反応しない原因を推測する。
「考えられる原因としては、彩都内から出て行ってしまったか。空水晶が反応しない眼の中に逃げ込んだかのどちらかだな」
空水晶が神通力を辿れる範囲は広いが、流石に彩都の外までは届かない。
また、嘗て神々が人間の眼の中に宿ったように、知恵の付いた邪神は人の眼の中に寄生することがある。通常の邪神ならそのような小器用なことは不可能だが、知恵のある邪神なら可能だ。
「でも、眼の中に寄生するには相性とかもあるし、彩都内でそれが起きたら既に情報が上がってくるんじゃない?今の所、彩都内の病院にそういった患者はここ数ヶ月いないらしいよ」
愛我もその可能性を考慮して、彩都内すべての病院から情報提供を促したようだ。
「その情報が確かなら、どちらにしろ件の邪神は彩都の外に逃げた可能性が高いな」
「本当にそうだったら、大変だぞ。彩都の外の部隊と連携しての捜査になる」
邪神討伐第一部隊は、彩都とその周辺が管轄の部隊。だから、件の邪神が彩都外に逃亡したのなら、他部隊への説明や共同捜査の申請などを行わなければならない。
仕事が増えたことに対して不満がる愛我に、煌龍は「まだ、彩都から出たという確信がない上に、彩都の外にいたとしてどの部隊の管轄地域に潜んでいるのかも不明だ。今は、現状を邪神部隊全部に知らせて、引き続き彩都での調査を続けるしかない」と今現在での最善策を述べた。
「だな。俺も引き続き病院方面で情報を集めてみる。邪神に取り憑かれた患者がいなくても、怪我なんかから何かわかるかもしれないし」
怪我をした人は事故や人為的な原因でそうなったと思っていたも、実際は邪神が原因だったという事例がある。
「頼んだ。……願わくは、
『昏天黒地』。色彩眼に邪神が寄生された状態の黒い目。
「昏天黒地が進行したら、色彩眼が機能しなくなるからな」
邪神が色彩眼内で元々住まわっていた神を喰らい、放置すると神通力が弱まり、最終的に色彩眼は失われる。後には、闇の底のような漆黒の眼球だけが残され、物を見ることすら叶わない。
「邪神に神通力を食い尽くされた眼は、残していても人体に悪影響を及ぼすだけだからな。そうなれば、摘出する以外に方法はない」
初期段階の黒くなっていない状態なら、治癒能力のある神通力で対処可能だが、一度黒ずんでいけば眼球を摘出する他にない。
だからこそ、最悪の事態になる前に邪神を滅せなければならない。
「例の邪神と思われる個体、彩都中心街に出現!空水晶も反応していて、間違いありません!現在、警官や陸軍と協力して、周辺住民に非難誘導を行っています!至急増援に!」
突如として、件の邪神が現れた。
「行くぞ‼」
「了解です‼隊長‼」
煌龍と愛我は現地に向かう。人と人に寄り添った神々に仇なす邪神を滅ぼしに……
百貨店などが立ち並ぶ、彩都の中心街。
人間のような姿でありながら、木の幹のような茶色く凸凹の皮膚。四肢から枝分かれした腕のようなものの先には、黒々とした葉っぱ。
一度取り逃したときの姿は、葉っぱの色は若々とした緑。そして、枝の数も数十本程だったが、今は数百にも及ぶ。
「以前にも増して、禍々しい」
「これは、倒し甲斐があるってもんだ」
「任務中なんだ。言葉使いには気を付けろ」
「いいだろ。今は、俺たち二人だけなんだし」
避難誘導も済み、他の団員たちは煌龍と愛我の邪魔にならないよう、後方にて待機している。
「まずは、俺が行動範囲を狭める。
愛我の右眼が光り、邪神と自分たちを囲う雷のドームが発生する。煌龍たちの行動も制限することになるが、また逃げられないようにする対策だった。
そもそも、これしきの制限など煌龍と愛我には意味がない。なぜなら…
「
「
幾千もの死闘を潜り抜けてきた二人にとっては、大した障害ではないからだ。
愛我が幾つもの雷は落とし、煌龍はその隙間を潜り抜け炎の刃を喰らわせる。
相性から鑑みれば、煌龍の火だけでこと足りるように思える。しかし、知能がある邪神は溜め込んだ瘴気で身を包み、相性の悪い攻撃を防ぐ術を持っている。
だから、愛我の雷で瘴気を削ぎ、更に動きを制約する役割を担う。そして、止めに煌龍の一撃。
戦いはものの十数分で終焉を迎えた。
後方に待機していた団員たちは、邪神が行動不可能となったことを確認したのち、「流石は隊長と副隊長。俺たちでは到底敵わない邪神すら、一捻るで倒せるなんて」とドームの外から感嘆する。
しかし、「いや。この邪神は、分身だ。見ろ、霧散せずに形を保っている」。
邪神には体内に魂の核となるものが存在し、身体がいくつに分かれても核のある本体を倒せば分身体も消滅する。逆に、限界値に至るまでの攻撃を分身に与えても、本体を倒したときのように直ぐには霧散しない。人間で言う気絶に近い状態でなり、瘴気を補給しなければゆっくり消えていく。
「恐らく瘴気の大部分と前隊長の神通力を受けた部分を分身体に明け渡し、本体はそのまま雲隠れするつもりだ」
そう推測した愛我に、「だったら、何故。このような目立つ行動に出たのでしょう?我々を目を欺く為に身体を分けたのに、直様やられるようでは、本体は別の場所にいると教えているようなものです」と隊員が意見する。
それに対して、煌龍は「それは、この邪神の本体は知性を得たが、まだそこまで思考力が高くないからだろう。恐らく、分身体はやられても直ぐには消えないということを知らないでいる」と更なる見解を述べる。
知性を得たからと言って、一律に思考力が優れている訳ではない。邪神は知性を得てから思考力を伸ばしていくものだが、この邪神は本体も含め知性を得て数年程度なのだろう。人間並みの思考力を持つのには、数十年から数百年かかると言われている。
「とにかく、この分身体を拘束し屯所まで連れていく。こいつの瘴気から本体の場所を割り出すんだ」
『はい!』
隊員たちの返事を確認した煌龍は、自身の神通力の力を宿したお札を幾つも張り付いた縄で邪神を拘束する。再び目覚めたときに暴れ出しても、このお札が反応して邪神の身体が引火するという仕組みだ。
愛我が雷のドームを解除し、隊員たちが身動きの取れない邪神を運び出す。
「俺たちも屯所に戻り次第、今回の報告書をまとめよう」
「だな」
また二人になり、愛我がため口になる。
「結局、本体じゃなかったけど、これで早く見つけられるだろう」
邪神は分裂しても瘴気が同じである為、分身体から本体を辿ることができる。
「いや。邪神の実力とあれから二ヶ月近く経っていることを踏まえると、確実に分身体に殆どの瘴気を明け渡している」
知性があるからある程度人を欺けるが、瘴気が殆どない弱体化した状態では熟練の神通力の使い手に遭遇したら確実にやられる。
「そんな危うい手段を取ったことが不可解だ」
「んー……。つまり、確実に見つからない手段で隠れていると……」
愛我のと言う通り、絶対に探し出せない場所に身を潜めている。その場所とは……
「俺、屯所には戻らず、病院回ってみる」
人の眼の中。既に誰かの色彩眼を喰っているのだろう。
彩都の病院で邪神に眼を乗っ取られた人がいるとは限らないが、今一度探る他に手段はなかった。
その為に愛我は病院に行く筈だったが、他の理由と行くこととなる事態が発生する。
何やら、この先の曲がり角が騒がしい。偶然にも、屯所へと続く道だ。
「大変です‼先程の邪神が逃げ出しました‼」
『‼』
隊員からの報告内容に、一驚を喫する煌龍と愛我。
「馬鹿‼火の札で高速したのだぞ‼」
「それが、新人の隊士が誤って縄を切ってしまい……」
「何故‼新人に任せた‼」
「も、申し訳ありません‼」
部下の失態を咎めた煌龍は、「説教は後だ‼愛我、病院の前に今一度奴を仕留める。付いて来い」と愛我を連れて屯所へと続く道を走る。その先にいた隊員に「邪神は何処に行った‼」と尋ねた。
「今、駅の方に……」
「よりにもよって、人が行き交う駅だなんて……」
彩都駅には、今丁度蒸気機関車が到着した。下車する者の中には、緑の瞳の少年もいる。
「ここが、彩都……」
生まれた地から出たことのない少年にとって、彩都は未知の場所だった。
「絶対に、白彩姉様に会うんだ」
敬愛する従姉に会うんだと意気込む鸚緑。
そんな中、「ギャーーー‼」、「邪神よ‼」、「何で、駅に……」などと、邪神に阿鼻叫喚する人々の声。
鸚緑がそれに気付いたときには、邪神が目の前まで迫って来ていた。何しろ、鸚緑は神通力の名家の出身。彼の生まれながらに持つ強い色彩眼に、邪神は勘付いたのだろう。
―あっ……。これ、死んだ……—
白彩と共に座敷牢にて襲われたときのことを思い出し、まともに動けなかった。
怖気づいた鸚緑を救ったのは、赤い瞳の青年だった。
「えっ……」
鸚緑は信じられない光景に唖然とする。何故なら、噂で人を省みない非道な人間と思っていた人物に庇われ、当人は怪我を負ったのだから。
「連火煌龍……な、何で……」
「くっ……」
邪神からの攻撃に苦しむ煌龍に答える余裕などない。だが、彼は意識がある内に邪神を倒そうと口から火の粉のような小さな光を出す。
「
煌龍の瞳の光がより強くなると、火の粉は燃え上がり、邪神の身を焦がす。
種火は最初、淡い小さな火を出し、対象に触れたのちに発火させる技。小さな種火は、周りの酸素を喰らいどんどう大きくなり邪神の全身にまで至る。
邪神が悶絶したことを確認した煌龍もまた気絶した。脇腹から大量の血が流れている。
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