第五章
①
「昨日はどうだったの?」
「……」
白彩と出かけた翌日。屯所に赴いた煌龍だが、出勤早々に愛我に詰め寄られた。
「どうだったって……楽しかった――」
「そりゃそうだろ!俺が助言したんだから、デヱトが失敗する訳が無い!」
自信満々な愛我だが、確かに昨日のデヱトは彼の助言が有って成り立った部分が大きい。
「それには、感謝している」
「だったら、花嫁さんに会わせて」
デヱトの前から、この要求が絶えない。しかし……
「駄目だ!」
煌龍は断固として受けない。
「えっーーー!デヱトの気構えとか色々教えてやったのにーーー!」
文句を垂れる愛我だが、「でも、考えてみたら、局長より先に再従兄弟の俺が会うのも問題か」と言った。
煌龍の父が話題に上がり、煌龍は顔を顰める。
そんな煌龍に、愛我は「相変わらず、父親のことになると過敏に反応するよな。おまえは……」と少し呆れ気味のようだ。
「嫌いなものは嫌いなんだから、仕方が無いだろ」
「だからって、御嫁さんを紹介しない訳にはいかないだろ?って局長は御嫁さんが色無しだってこと知っている訳?」
「……」
しばらく黙った煌龍だったが、観念したのいつも以上に冷淡な顔で話す。
「彼女が色無しだとは言ったないが、恐らくあいつは気にしないだろう。以前、俺の結婚話が持ち上がったときに、仮に色無しを嫁として連れて来てもかまわないのか問うたが、微塵も興味が無さそうだった」
「ふーん。布石は前から張っていたのか」
「あぁ。あの父親は俺などに興味は無いんだ。だから、彼女にもあいつとは必要最低限の付き合いだけにしてもらう」
「いや、結婚前の顔合わせが必要最低限の付き合いだろ。ただ、煌龍が会いたく無いだけだろ」
いつまで父親に会いたく無いことに愛我は突っ込む。
「そんなに避けていたら、その内局長から会いに来るんじゃないか?」
「あいつがわざわざ仕事を休んで、俺に会う訳が――」
ノックが入り、会話が中断される。部屋に通すと、水沢一等兵が本日の業務連絡を行う。本日は街の近くでの任務が一件だけのようだ。
「以上です。それから本日の午後、来客が有るとことです」
「来客?一体誰だ?」
「はい。邪神討伐部隊最高責任者の連火
噂をすれば影がさす。数時間後には、ここに話していた人物が来るらしい。
内心、煌龍は驚いているが、愛我以外の部下の前で明から様な態度は取らない。
「了解した。局長が到着したら、応接室に案内しておけ」
「わかりました。それでは、失礼いたします」
すべての連絡を済ました水沢一等兵が部屋から出ていくと、愛我が絡みだした。
「これは言うなれば、ちゃんと話し合えってことだと思うぞ」
「そんな訳ないだろ。偶々だ。
話しだって、仕事上のものだろう。あいつが勤務時間を割いて、俺に会いに来るのなんて、それ以外に無い」
「往生際に悪い奴……」
―悪くて、結構だ。あいつの顔は見るだけで、俺の中に怒りの炎が灯る……—
虫唾が走る思いで、煌龍は任務に行くのだった。
煌龍が邪神を討伐しているとき、白彩も舞の稽古に励んでいた。
「今のところ、身体の軸が右に傾いています」
「はい」
焔の指示に従い、修正を行う。
「白彩様は、本当に筋が良い。一回指摘すれば、同じ間違いは滅多に無いなんて」
「火車さんの指導が良いからです」
白彩は以前よりも前向きに物事を考えられるようになった。だからか、気になったことに、何の躊躇いも無く質問できるようになった。
「つかぬことを伺いますが、火車さんは誰に舞踊を習ったのですか?」
男性で舞踊を行う人間は少ない上に、焔は指導の腕から鑑みて上級者だ。彼が誰から習ったのは尋ねてみると、「母からです。私の母は先代当主であらせられる、煌龍様の祖父の顔料でした」と詳しく答えてくれた。
「煌龍様の祖父・
幼少期、母から舞踊を習うこともありましたが、母に同行してこの屋敷に来ていたんです。母が舞っているのを見ている内に、自然と連火の舞を覚えていきました」
「そうだったんですね」
高度な舞を見て覚えるなんて、焔が舞踊の面で優れていることを物語っている。
それにしても話しを聞く限り、焔はまだ屋敷に勤めていない子どもの頃から、屋敷に出入りしていたそうだ。ならば、煌龍の父のこともよく知っているのではないだろうか。
白彩もそう勘付き、聞いてみた。
「あの……連火の御当主様は、どのような方なのでしょうか」
—まだ一度も会ったことが無いけれど、御当社様はわたくしが色無しだと知っているのでしょうか……—
知らないのなら、会ったときに色無しの白彩を連火家から追い出すかもしれない。怖くてあまり考えないようにしていたが、本当に連火に嫁ぐのなら避けては通れない道だった。
—厳しい方かもしれない……—
—追い出されたら、わたくしは今後どうやって生きていけばいいのだろう……—
白彩が不安に思う中、焔は御当主がどんな人物なのか述べていく。
「そうですね……。煌龍様が聞けば不満に思うでしょうけど、煌龍様に似て真面目な方です」
真面目なのは良いことだが、父親と同じだと言われるのは煌龍にとってもっとも腹立たしいことだった。
しかし、白彩は煌龍のことをまだまだ知らない。
「煌龍様はどうして、御父様と同じだと言われることに腹を御立てになるのですか?」
気になって尋ねると、焔は苦笑する。
「二人には昔色々ありまして、仲が悪いのです。と言いましても、煌龍様が一方的に嫌っているのですけど……」
「……」
煌龍が父親と不仲だ知った白彩は、少し切なくなった。
—生きているのなら、仲良くできないのでしょうか……—
白彩は両親共亡くしている。父親に至っては記憶に一切無い。
—でも、必ずしも親が大切という訳では無いのよね。—
—鸚緑のように、親から酷いことをされる子も居る。萌葱姉様のように、親から関心を得られず愛情も何も与えられない子もいる。—
悲しいけれど、それが現実だった。だから、白彩は存命なら親を大切にしてほしいという考えを押し付けるつもりは無い。
「それに、御当主様は、普段は家族の前だと口数が極端に少なく、煌龍様とも親子らしい会話をあまりしたことが無いのです。それなのに、次期当主である煌龍様の教育として、至らぬ点は非難するので、煌龍様はより御当主様が御嫌いのようです」
「……難しいですね。家族というものは……」
家族と言っていいのかわからないが、白彩も叔父たちと良好な関係を築けなかった。だから、煌龍が家族に対して、歯痒い感情を持っていると容易に想像できた。
—煌龍様が上手く感情を言葉にできないことも、御家族が関係されているのかしら……—
母親を早くに亡くし、父親とは不仲である煌龍を憂いる。
だが、何故か焔はスクスクと笑みを零す。
「白彩様、煌龍様と似たようなことを仰いますね」
「煌龍様と……似たようなこと?」
「以前、電話の前で煌龍様が零していたのです。『家族とは、どこの家も難しいな』と。
どなたと電話をしていたのかわかりませんが、そう言ったのだけ聞こえました。その後、すれ違った煌龍様の憂いた顔とも似ておいでです。
既に、お似合いの夫婦でございますね」
お似合いだという言葉に赤面する白彩。だから、望んでも無いことを口にする。
「でも、御当主は息子の嫁が色無しだと知れば、わたくしを屋敷から追い出すのではないでしょうか」
「そちらに関しては大丈夫です。既に私が伝えています」
煌龍が任務に勤しんでいる間に、連火炎虎局長は既に応接室に通されている。
煌龍は屯所に戻ると、真っ直ぐ応接室に向かう。内心、父と顔を会わせたく無いが、仕事だと割り切っている。
「失礼します。連火煌龍、ただいま戻りました」
応接室の扉を開けると、連火炎虎局長はソファーに鎮座している。左目を眼帯で覆い隠し、口髭を蓄える目の前の人は、ただ座っているだけで威厳が感じられた。
「御早い到着で」
「あぁ。少し時間ができてな。色々、腰を据えて話しをしたかったもので、早く来た」
「左様で」
両者寡黙ながら、煌龍に至っては他人行儀だった。あくまで、上司として接している。
「最近になって、彩都内に強力な邪神が多く出没するようになった。まだ、街外れの山や森付近だが、街にもぼちぼち現れている。
近い内に、
「紙面衆がですか」
『紙面衆』とは、帝直属の邪神討伐の一族。帝に次ぐ異色の色彩眼を有しており、彼らの眼の色、神通力の能力は帝の名の下秘匿とされている。情報が漏れないよう、彼らは人前に姿を現すとき、紙面で顔を隠しているのが名の由来だ。
紙面衆の仕事は、帝の一族に害成す邪神を葬ることだけで無く、彼らだけができる『邪神祓い』という神通力で彩都から邪神を遠ざけること。
帝の一族は、この國で唯一無二の神通力を有している。本来なら、帝の色彩眼を狙って彩都にはより多くの邪神が出没する筈だが、邪神祓いを行うことで一時的に強力な邪神を彩都から遠のかせている。しかし、邪神祓いは一度行うと、次行うのに最低でも十年以上の期間を設けなければならない。
前回行ったのは、十数年前。周期的にも妥当な時期だと言える。
「邪神祓いを行うのは紙面衆だが、彼らが儀式を行う間。邪神討伐第一部隊が警護を行う。今日はその連絡に来た」
「そうですか。邪神祓いは何時の時期に行うのですか」
「まだはっきりとした日時は決まっていないが、数ヶ月後だ。これが儀式を行う際に使う神社の地図だ」
「招致しました。今から、隊員たちの配備位置を考えます」
話しはこれにて終わりだと煌龍は思った。
「では、仕事も立て込んでいますので、お先に失礼します」
「待て。まだ、話しが残っている」
早急に退治しなければならない邪神でも現れたのかと煌龍は思ったが、これから炎虎が話すのは邪神関連ではない。
「これは仕事上の話しではなく、おまえのことだ。煌龍、支乃森家の娘を嫁に向かえるそうだな」
「……そうだ。以前、言っただろ。第一部隊前隊長の引き継ぎ関連で支乃森家に行くついでに、その家に良い娘が居たら嫁として向かい入れるって」
話題が個人的なものに切り替わって、上司と部下ではなく普段のような会話をする。心なしか、煌龍の語気が強い。
—屯所で仕事でなく、家のことを話すなんてどういうつもりだ。—
「その娘、色無しだそうだな」
「誰から聞いた⁉」
「焔から電話でな」
「……」
当然と言えば当然だ。次期当主が嫁を迎え入れるというのに、当主が嫁について詳細を知らないのは可笑しい。
しかし、煌龍は父炎虎と話したがらないから、使用人が主に連絡するのは当たり前だ。
―当然だが、せめて一言言ってほしかった……—
「焔を責めるな。連絡を怠ったおまえの自業自得だ」
父親に苦言を言われた煌龍は、いつも以上に目を鋭くする。
「連絡を怠ったから、何だ。結婚に反対する気か」
「そんな気はない。色無しであろうとな。
ただ、色無しを理由におまえがその娘を甘やかしているから、忠告に来た」
「甘やかすだと」
「その娘に顔料としての役目を要求していないな」
「……それも焔から聞いたのか」
「違う。最近のおまえの活動報告書から推測した。娘を迎え入れてから神通力が強化されたのは一度きり。それ以降、一時的な色深しだけでなく、常時的な面も神通力に変化が見られない」
色深しは一時的に神通力を強化させるが、永続的に行うとわずかながら色彩眼その物が強化される。だが、煌龍の神通力に変化が見られないことに勘付き、色深しができていないと推測したようだ。
「せっかく良い娘を見つけたのなら、顔料として有効活用していでどうする。おまえは連火家の次期当主としての自覚があるのか」
「そう言って、母上を散々扱き使ったのは誰だ!」
等々、煌龍は声を荒げる。彼の眼からは普段感じられない、憎しみの炎が宿っていた。
「あんたが母上を酷使させた上に、見限るようなことをしたから!母上はあんなに辛い思いをしたんだ!その上、あんな所に連れて行ったから母上は!」
「……後日、その娘との顔合わせに会食をする。日取りが決まったら焔に伝える」
そう言って炎虎は応接室から出て行った。父が出て行った扉を煌龍は、恨みの籠った眼で見つめる。
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