③
一方、彩都から離れた山間の大きな屋敷。支乃森邸では……
「何故、白彩の姉上を連火に追いやったのですか‼︎」
意識を取り戻した鸚緑が、白彩の件で実の姉の萌葱に抗議していた。
「だから、言っただろ。連火の御子息が色深しの顔料としてあの子を欲っしたから、嫁にくれてやったって」
「相手は、色國の火龍として恐れられている連火煌龍ですよ‼︎冷酷で何人にも容赦ないって話し知ってますか。それに、十年以上も昔、連火の現当主が妻に無理強いをした結果そのまま亡くなったって」
「どっちも噂でしょ。後半は、連火煌龍自身のことでもないし」
「でも、そんな噂が流布している家に白彩姉様を嫁がせるなど、断じて賛成できません‼︎僕は支乃森家次期当主として、彼女を連れ戻します‼︎」
「連れ戻してどうなるんだい。仮に連火の噂が本当だとしても、この家に比べたら断然マシじゃないの?」
「それは――」
「うちの母上の虐待を受けるより、男に冷たくされる方がマシじゃない」
「連火の家でも、暴力を受けるかもしれない」
「あー、多分それはない」
「どうしてそんなことが言い切れるんです?」
「女の勘」
「根拠になっていません」
いつまでも反論し続ける鸚緑に、「好い加減諦めろ」と萌葱が諫める。
「確かに連火の噂はよく聞くが、そんな噂が流布してもあの家の信用が落ちていないのはそれだけ力のある家という証拠だ。片や支乃森は、父上の失態で方々から家を投げられている。それを擁護してくれる上に、白彩との結婚で破格の結納金をくれるんだ。うちにとって、正しく渡りに舟。
だが、我が一族が危うい現状なのは変わらない。だったら、邪神討伐でも生粋の名家で軍からの信用も厚い連火家に移った方が白彩の幸せだとは思わないのか」
「で、でも――」
「まぁ、そんな簡単に受け入れられないか。だって、恋慕っていた従姉が知らぬ間に連れて行かれたんだから」
「ッ‼」
白彩に対する想いを見抜かれた鸚緑は、激しく動揺する。
「姉様。一体、何を言っているのですか」
「シラを切らなくても、わかっていたよ。あんたが姉としてだけでなく、一人の女性として白彩を見ていたことは。私と違って、あの子は優しいからな」
萌葱は、幼少期から鸚緑をいじめる節があった。姉に泣かされた幼い鸚緑は、立ち入りを禁じれている座敷牢で白彩に慰められていた。その為、萌葱より白彩の方を慕っているのは確かだった。
「だが、やめておけ。腹違いの妹に恋慕していた父上よりましだが、おまえが白彩を好いていると母上が知ればその怒りの矛先はすべてあの子に行く。今、連火煌龍の加護下にいる白彩に危害を加えたら、支乃森の家は完全にお終いだ」
「家の存亡と白彩姉様を天秤にかけるなんて、身勝手が過ぎます」
「それは鸚緑おまえのことだろ。この家に居ても白彩は地獄しか見ないのに、自分の側に留めたいという我儘。身勝手っていうのはそう言う人間を言うんだ」
「ぼ、僕は……」
萌葱の言い分に鸚緑は、返答を窮する。悔しさで唇を噛み締めるが、姉の言うことは概ね正しい。
「鸚緑。目が覚めたばかりなのに、こんな所に居たの」
「か、母様……」
やにわに、二人の母柢根が来た。柢根の意識は息子である鸚緑だけ向いている。
「あら。あなたも居たのね、萌葱。あなたが鸚緑を連れ出したの」
「相も変わらず息子にばかりかまけているね。けど、連れ出されたのは私の方なんでね。非難される筋合いはないよ」
「本当に、あなたって子はいけ好かないんだから」
萌葱と柢根の間に軋轢が生じる。
「やっぱり、娘なんて産むんじゃなかったわ」
これは、柢根の口癖だ。
「私には、鸚緑だけ居れば良いの」
女児である萌葱には目もくれず、後継ぎである鸚緑だけに期待を寄せる。
「だけど、私が居なくなったら、支乃森家の管理は誰がするんだい」
そんな母親に反発して、邪神討伐以外の支乃森家の業務をすべて熟せるようにしてきた萌葱。当主不在の現在、家の実権は当主夫人の柢根にあるが、萌葱が居なくなれば屋台骨が傾いてしまう。
「父上と結婚する前からお嬢様暮らしの母上に、家の管理などできるとは思えませんが」
萌葱からの神経を逆なでする発言に柢根は張眉怒目、怒り狂う。
「鸚緑、こんなのにかまっては駄目」
母と姉が諍いに萎縮するしかなかった鸚緑。柢根に自室へ戻された。
柢根に横になるよう強制された鸚緑は、布団の中で過去を偲んでいた。
母親である柢根は支乃森家の分家出身で、植物特に根や蔦などを操ることに長けていた。彼女の神通力を見込んだ先代当主に、草一郎との縁談を持ち込まれた。
元々、宗家の草一郎に好意を寄せていた柢根は、打診された縁談を謹んで受けた。しかし、当の草一郎は腹違いの妹翡翠に耽溺していた。柢根が支乃森家に嫁いだとき既に翡翠は家を出ていたが、家の財力や情報網、軍の立場を駆使して翡翠の捜索し続ける。
柢根にとって翡翠は容赦ならない存在だった。草一郎に妹よりも妻である自分に目を向けてもらう為に、優秀な後継ぎを作ることに心血を注ぐようになった。しかし、最初に生まれたのは娘である萌葱。女児だった為に、後継ぎに相応しくないと早々に見限られた。
第二子を望む柢根だったが、中々次の子に恵まれず数年が経過。しかし、第一子萌葱の誕生から五年後、望んでいた男児を出産し鸚緑と名付けた。
柢根は、これでようやく草一郎からの関心を得られると思いを馳せた。しかし、鸚緑を産んで間もなく、翡翠とその娘白彩が屋敷に住まう事態になった。
当然、草一郎からの興味関心をすべて奪った翡翠と娘の白彩を柢根は恨んだ。しかし、当主から彼女たちへの被害を与えることは許されず、荒れ狂う怒りを胸に留めるしかない。
だが、忿怒を抑えきれなかった柢根は、鸚緑を優れた神通力の使い手とするべく英才教育を施すようになった。邪神討伐の家系にに於いて、優秀な神通力者を輩出する程名誉なことはない。そうとなれば、夫からの関心を翡翠から奪取できると柢根は信じていた。否、盲信していたと言う方が正しい。翡翠が見つかった時点で、草一郎が妹しか眼中にないのは一目瞭然だったが、柢根は事実を受け入れたくなかった。
結果、母が父の愛を得る為だけに、過酷な色彩眼の訓練や武術の鍛錬を強制させられることとなった鸚緑。言われた通りにできなければ、食事を抜かれることもある。色彩眼の訓練に於いては問題なかったが、争いごとを好まない鸚緑は武術の稽古に積極的になれなかった。最終的に鍛錬で扱かれる日々。
空腹と疲労と毎日泣いていたが、悲嘆に暮れる鸚緑を慰めてくれていたのが白彩だった。まだ、翡翠が生きており、白彩との接触は禁じられていなかった。
柢根だけは不快感を顕にする為、白彩はバレないようこっそり鸚緑と会っていた。鍛錬でできた傷の手当てやご飯を抜かれたときは自分の分を代わりにあげていた。他にも、意地悪な萌葱からも庇い、鸚緑にとって白彩は実の姉以上に敬愛する存在だった。
自分に無関心な父親、その父親からの信頼を得る為の道具としてでしか愛さない母親、母への反発心で横柄態度の姉。そんな家族だから、鸚緑は家の中で唯一心許せる白彩に特別な感情を懐くのは至極当然のことだったのかもしれない。
だからこそ、鸚緑は白彩のことが不憫でならなかった。物心が付く前には母親と引き離され、母が死去すると空になった座敷牢に入れられ、当主に妹の代用品として扱われる。
その憐憫の情が白彩を更に追い詰めているとは知らず、鸚緑は色彩眼の訓練や武術の鍛錬に勤しむようになった。力を付け、支乃森家の権限をすべて手に入れれば白彩に不憫な思いをさせずに済むと信じて。
だが、実際邪神と遭遇して、稽古してきたことは半分も役に立たず、恐怖から腰が抜けて何もできなかった。挙句、煌龍に白彩を奪われ、自身も助けられる始末。
鸚緑はできることならいつまでも白彩に側に居て欲しかったが、邪神にも太刀打ちできない非力な自分では従姉の不幸を取り除けない。
萌葱の言う通り、白彩はこのまま煌龍に明け渡すべきなのだろう。しかし、煌龍や連火家の噂が確かなものなら、彼女を連火の家に嫁がせるなど看過できない。
人目を盗み鸚緑は、自分たち支乃森の神を祀る祠に身を運んだ。大きな家には総じて、その家の神を祀る祠が存在する。
緑神の祠を拝む鸚緑は、ひとえに白彩を想う。
―緑神様。白彩姉様の無事だけでも確認させてください。—
―傷が癒え次第、彩都に出向くことをお許しください。—
鸚緑は真意では、自分も白彩も蔑ろにする家などに関心はない。だが、色彩眼の訓練をはじめたばかり、白彩に自身の操る植物を見せたとき……
『とっても、すてきなちから。おうりょくはもうみどりのかみさまのちからをつかえるんだね。すごいね』
彼女から賞賛された。自分自身はどうでもどうでもいいと思っていた異能の才を褒めてくれた。
もし、白彩が連火家でより悲惨な目に会っていたならば、彼女の帰る場所として支乃森の家は必要だ。だが、彼女と接触すること自体、家の存亡に関わりかねない状況。
だから、鸚緑は家の守護神に許しを請う。そして、万一の際は切り捨てるのは自分だけにしてほしいとも。
それが、白彩を守れなかった鸚緑の贖罪だった……
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