邪神討伐第一部隊屯所。今後、煌龍が統率を取る場所だ。


元々副隊長ではあったが、支乃森草一郎の殉職で繰り上げられ隊長に就任した。実力面でも申し分ない為、異論を言う者も少なかった。


今、煌龍は隊長室に自分が使う物を移動させていた。そんな彼の邪魔をする人物が一人。


「新隊長就任と同時に結婚とは、慌ただしいねぇ」


「軍に居れば、四六時中忙しいことに変わりはない。愛我こそ、俺の代わりに副隊長になったんだ。真面目に働け」


「釣れないこと言うなよ。長い付き合いだろ」


上司である煌龍に軽薄な態度で会話する男は、稲妻いなづま愛我あいが。右眼が黄色、左眼が桃色という、左右で別々の神を宿す『二色持ち』と珍しい人材。


「まさかとは思うけど、花嫁さんにもそんなつっけんどんな態度?若しくは、死んだ叔母様の代わりにしてない?」


実は、煌龍と愛我の母親は従姉妹同士。その為、二人は昔馴染みで、お互いの家庭事情をよく知っている。


「そんなことはしていない。」


「とか言って、叔母様の形見の品を身に着けさせたり、叔母様が使っていた洋館に住まわせているんでしょ。いい加減母親離れしたら。

それに、その子。実の叔父から母親の代替品にされていたって話しなんだろ。煌龍にまで死んだ女性の代わりをさせられたら、堪ったもんじゃないよ」


愛我の言い分に、煌龍は二の句が継げない。


「まぁ、無理な話しか。はじめて出会ったときから、叔母様と重ねていたんだよな」


「あぁ。母と似た儚げな顔をしていた……」


「だったら余計に大切にな。見方によっちゃ、局長が叔母様にしたことを煌龍もやっているから」


「あいつと同列にするな。何より腹立たしい」


父と同じ扱いをされた煌龍は、いつにも増して声を低くし睥睨する。


「悪かったって。煌龍の父親嫌いも相変わらずだな」


「当然だ。あいつの所為で母上は……」


煌龍は亡き母を憂いながら、父への憎悪を滾らせる。


「だから、俺はあいつのような真似はしない。無理強いはさせないし、彼女が踊りたくないのならただ屋敷に置くだけだ」


今朝、煌龍が白彩の申し出を断った原因の一端は連火現当主に関係しているようだ。


「婚約してまだ二日目で、この溺愛っぷり。だったら、舞姫と祭り上げて彼女を閉じ込めていた支乃森家を罰すれば良かったのに」


「そうしたかったが、俺が動けば関係のない一族の子どもや末端の者までも損害を蒙る」


連火の子息にして、邪神討伐第一部隊の隊長。そんな彼が異能の名家を罰したとなれば、業界中にその噂を知れ渡り、一族全員路頭は確実。一族内で、幽閉されていた白彩の存在を知っていたのは支乃森宗家の人間と僅かな使用人。それ以外の末端の者まで罰するつもりはなく、把握していても無力で何もできない子どもを吊し上げるのは忍びない。


「それでも、現在支乃森家に抗議を入れている家にわざわざ弁明を図ることもないだろう」


だが、先日の支乃森草一郎の失態により、多くの隊士を失った邪神討伐第一部隊。その損失はあまりに多く、軍上層部や殉職した隊士の生家から非難を受けている現状。煌龍が手を下さなくても、衰退の一途を辿るのは明白だった。


煌龍も最初は、支乃森家を糾弾するか迷っていが、満身創痍の中白彩を守ろうと動いた鸚緑に感服し取り止めた。加えて、彼に敬意を表して支乃森家を弁護している。


「ふーん。でも、まだ気を付けた方が良いよ。俺の調べによると、支乃森柢根は相当当主の妹を恨んでいたらしいから」


「相変わらずの情報通だな。また、女性を誑かしてなんかいないよな」


「この左眼を存分に活用したまでだよ。まぁ、これは目にした女性を勝手に俺の虜にしちゃうから」


愛我の桃色の眼は『魅了』。彼の左眼を見た女性は強制的に惚れてしまう。


本来、桃色の眼は恋愛に関するまじないくらしの異能。しかし、煌龍と愛我の母たちの生家・桃咲ももざき家に根付いていた神は、通常よりも力が強い為、『魅力』や『誘惑』などの神通力が使えた。


半分の眼を受け継いだ愛我も例外ではなく、不完全ながらその力が使えた。


「制御できないなら、眼帯を付けろと常々言っているだろ」


「眼帯なんか付けたら、俺自慢の三白眼が半分隠れるだろうが。折角の色男が台無しだろ」


「その自信はどこから来るんだ……」


自分の容姿に自惚れる愛我に、煌龍は頭を抱える。だが、恋愛に纏わる神の眼の家系は眉目秀麗な者が多く、愛我も煌龍に引けを取らない容姿だった。


「その強過ぎる神通力と容姿の為に、母たちの桃咲家は衰勢したことを忘れたのか」


「忘れてないさ。だけど、情報収集でこの眼を使うことは、帝直々に許可されているんだ。誰も文句は言うまい」


「だが、その眼に対する不信感は軍内にも根強く残っている。いつ、糾弾され排されるがわからないぞ」


「そうならないように、使うときは慎重にしてる。この左眼の虜にした女性たちは、聞くこと聞いたら直ぐ元に戻している」


左眼の制御ができない愛我だが、魅了の異能にかかった女性は視界から外せばその効力化から外れる。


「それに情報提供してくれた女の子には、美味しい物奢ってあげたし。勿論、軍の経費で」


「上にバレたら、始末書問題だぞ」


「まぁ、そんときはそんときだよ」


このような気の抜けたやり取りをしていると、隊長室の扉を叩く音がした。煌龍が入るように促すと、若い隊員が硬い表情で入ってきた。


「失礼します。連火隊長、急ぎ報告したいことがあります」


「火急の要件なら、副隊長の俺が請け負う。隊長は就任したばかりで、整理しなければならない書類が残っている」


先程まで浅薄な言動が多かった愛我だったが、部下の前では煌龍を敬うような発言。実際に隊長引継ぎの件だけに有らず、大多数の第一部隊隊員の死亡又は怪我による除隊で隊員編成を組み直さなければならなかった。


「副隊長、案ずるな。俺にも話せ。水沢みずさわ一等兵」


煌龍も体裁を考慮して、愛我を一部下として接する。どうやら、先ほどのような会話は二人だけのときらしい。


「そうもいきません。街の北西に邪神の出没情報が来ております」


「なんだと。被害状況は」


「幸い、巡回中の担任が発見し、暴れる前に取り押さえています。しかし、極めて強力な神力を秘めており、隊長又は副隊長のどちらかでなければ太刀打ちできる見込みはないとのこと。至急、出動を願います」


「では、俺が――」


「おまえはここで待機だ」


「隊長、何故です」


「昨日、俺は実質休暇だった。ならば、俺が出向くのが道理だ」


支乃森家に書類を届けに行った為働いてはいたが、その後白彩を家に連れ帰る為にそのまま屯所には戻らなかった。


「おまえは、他の場所に邪神が出たときに備えていろ」


「了解しました」


「では、行ってくる」


「ご武運を」


煌龍は日本刀を携え、北西に出動した。

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