母の作った呪い。

褥木 縁

母の作った呪い


「男なんて碌な奴は居ない。」


 

 これが、母の口癖でした。

 世間にだいぶ認知されてきたので恥も、外聞がいぶんもなく書きつづってしまうと、私の家庭はいわゆる機能不全家族と呼ばれる家庭でした。

 妻だった母は夫に捨てられ、娘の私は父を知りません。

 何があったのかは教えてくれないのでわかりかねますが、酷いことをされたようでそれがきっかけで男性恐怖症をわずらっていたみたいでした。


 それに加え一人で娘を育てなくてはいけないと言う現実は更に母を肉体的にも、精神的にも追い詰めてたようで、都度都度つどつど私に愚痴を吐いたり、否定の言葉をかけてくることもありました。


 3年前、新卒として働きはじめた頃に母は、前から持っていた鬱が酷くなり家どころか部屋から出られず、体調を崩して寝込むことが多くなりました。愚痴を、文句を言われていたとはいえ此処まで育ててくれた母に恩返しをする気持ちで看病をして過ごす日々でした。

 

 それは、今思えば母のためではなく、自責じせきの念からの行動だったのかもしれませんが。

 

 ですが、段々と仕事も忙しくなってきました。

 冷たい事を言うようですが、私も遊びたい盛りで訪問介護や在宅医療を頼って、家を空けることも多くなっていました。


 

 ある日から、母の行動が少しおかしくなってきたんです。

 別に奇声を上げたり、奇行に走ったりとかでは決してありません。

 ただ、私が寝ようとベットに入り眠ろうとすると、気づけば少し開いた扉を挟んだ廊下から私をじっと見てくるというものでした。

 最初はびっくりこそしたものの、実の母親です。怖いなんて感情は全く無いどころか、親心なのだろうと嬉しささえ感じていたくらいなのですから。


 ですが、体調は良くないらしく黙ってみている時、たまに咳をしていました。

 

「コホッ、ゴホッ」

 

 と、我慢していたが抑えきれないと言ったように咳をするんです。

 その行動が一週間程続いた後。

 心配になった私は、『夜分に、見に来るのをやめてほしい』と話をしたのですが母曰く"覚えていない"とのこと。

 私の知らない合間に鬱が発端となり夢遊病にでもなったのかと思い、そんなに体調も気にはしていませんでした。季節は初秋。極端に暑くも、寒くも無かったので。


 暮らしやすい気候ではありましたが、やはり無理がたたったのでしょう。1ヶ月後に母は亡くなりました。親族間での葬式を終えて四十九日が立った後、異変が起きました。


 やっと落ち着いた頃。ベットに入って寝ようとした時、閉めた扉がわずかながら空いていて、その先に生前と同じ格好と風貌ふうぼうで覗いてくる母が居ました。眠るまでずっと。生きている時には感じなかった、怖いって感情がすぐに襲ってきました。掛け布団を頭まで被る、と言う些細な行動すら取れないぐらいに身体は言うことを聞いてくれません。

 

 思い返せばそれが多分、金縛りというものだったのでしょう。目を固く閉じ、なんとか寝付くことは出来ましたが眠りは浅かったと思います。朝には消えていました。


 幽霊だからなのかわかりませんが、生前の母には感じなかった恐怖が現れるたびに襲ってきました。


 誤解なきように言っておきますが、私には霊感なんてものは一切ありません。母以外、別のものが見えることもありませんし、一度は疑って霊感診断など調べましたがまるで当てはまりませんでした。


 色々と疑い、親戚や友人達にも相談した所、『思いや念が残っている実家がまずいのだろう』との考えに至り、私はマンションに引っ越して実家は祖父母と親戚が管理してくれることになりました。


 結果的には意味は無かったようです。


 マンションに移って3日程して、ゴホゴホと咳をする音が聞こえはじめ1週間も立たずに母が見え始めました。

 母は部屋の暖簾のれんの隙間やドアの間から覗いてきます。格好は"血みどろ"なんて事はなく、生前に覗いていた身姿そのままでした。

 

 何処に行っても駄目。

 

 そんな思いから、私も鬱気味になって一人で寝るのが怖くなりました。精神的な心理状態から来る幻覚なのかもしれないと精神科にいったら、こうゆう事象や現象はたまにあるようで心因反応しんいんはんのうの1つだと診断を受けました。


 母が現れるのは、必ず夜眠る前。ベットに入ると見えはじめて、朝には消えます。それからベットに入るどころか、夜一人で自宅に居ることすらも億劫おっくうになっていきました。すると必然的に夜遅くまで徘徊し、一緒にいてくれる男の人を探すようになりました。


 でも一人として長続きしませんでした。理由は私です。こんな夜を過ごしていてまともな性格を保てるはずもなく、夜になると錯乱してしまうことも屡々しばしばだった私をなだめ続ける男の人達は皆、疲弊し同じく精神を病み、離れていきました。今いる彼を覗いては。



 幻覚を見て怯え病んで、周りの男の人に縋り、一緒に、不幸にする私こそが母が作った呪いだったのだと今では思います。母の怨念や思念は無いにせよ、私が見ている母は残滓ざんしなのでしょう。これが私に対しての呪いと私を使った母の呪い。


 私は、きっと今の彼が心を病んで立ち直れなくなった時、また別の男の人を探すのでしょう。


 私が生きている間ずっと…。


 


 


 

 ◯

 こんばんわ。最初に謝らせてください。ごめんなさい。

 実のところこの文を投稿しているのは"彼女"と以前お付き合いしていた者です。元彼と言った所でしょうか。

 本人ではなくすいません。ですが、僕の話も聞いてほしいのです。

 

 

 確かに毎日辛そうではありました。

 『咳き込む音が聞こえてくる』『お母さんがまた来たの』『なんでわかってくれないの』と苦しんでいる姿を、見えない僕は背中をさすって、目をつむらせ、抱きしめて横になるぐらいしか出来ませんでした。


 でも、なんで今回の機会に投稿させていただいたかと申し上げますと、最近僕も聞こえ始めたからです。誰かが苦しそうに咳き込む音が。今はたまに聴こえるだけなのですが、それでも慣れていない僕には耐えられず、夜になるとビクついている有り様でおかしくなる前にと思い投稿させていただきました。


 彼女の言う所の【同じく病んで離れていった男の人】の一人になってしまった僕が思うことは1つです。今後"彼女"に捕まって僕と同じ状況、いわゆる"彼女の母の呪い"に出会ってほしくはないとの思いで送らせていただきました。


 彼女から離れた今。あの子が今何をしているのかはわかりかねますが、多分今も隣に居てくれる男性を探しているのでしょう。数居る女の子の中に混ざり、大久保公園で…。



 


 貴方の手に渡り読まれている頃、僕正気を保っているかもわかりません。

 

 最後まで読んでいただき…、ありがとうございました…。

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