第18話 離宮の庭


――――離宮


王宮の中枢では、相変わらず王太子殿下が策略を練っているらしく、私は離宮で過ごしている。


だが冒険者としての技を忘れないためにレナンが狩ってきてくれた獲物を一緒に解体したり、素材でアイテムを作ったりして友人や新しいキャルロット公爵家の家族に贈ったり、ポーションを冒険者ギルドに卸したりしている。


最近はレナンと冒険者の訓練をしていると調子のいいフィーが見にきてくれたり、ジークさんが手合わせをしてくれたりととっても充実した日々を過ごしている。


そう言えば、師匠とルーク兄さんに、この間贈ってくれた食材の素材を使って装備をプレゼントしたら、上手に加工できていたらしく手紙でとても褒めてもらえた。

それと、ショコラからも嬉しい報せが。ルーク兄さんにかわいい髪飾りをもらったらしい。

そして、ショコラからまたアドバイスが。私からも何か記念になるものをプレゼントしてみたらと勧められたので……。


「フィー、そのカシュミアの羽織はどう?」

私は師匠からショコラ経由で贈ってもらったカシュミアの生地で、これから寒くなる季節に備えてフィーのための羽織をこしらえてみたのだ。


「あぁ、とても暖かくて手触りがいいよ」

「よかった……!」

そう言えばカシュミア……?何か誰かがカシュミアカシュミア言っていた気がするが……何だったか。まぁ、よく思い出せないし、いいかな……?

今はフィーが秋冬温かく過ごしてくれれば満足である。


「キア。少し、隣に座って」

フィーに薦められたとおりに縁側に腰かけるとフィーがおもむろに私を抱き寄せてくる。


「ちょっ、稽古終わりで汗臭いわよ?」

今も目の前の庭ではレナンがジークさんに稽古を付けてもらっており、金属がぶつかり合う音が響く。けれど何だかここだけ甘ったるい空気だ。


「平気。キアの匂いなら、どんな匂いでも好き」

「それ、ショコラも言ってました。婚約者の匂いなら例え泥だらけで帰って来ても好きって」

その時はショコラってすごいなと感心したのだが。


「フィーもすごいなぁ」

まさかそんな猛者が周りにふたりもいたとは。


「あぁ……冒険者のルークだったか」


「うん。私にとっては兄さんのような感じかな」

お父さん代わりがエリオットさんなら、その息子のルーク兄さんは兄代わりね。

しかし……フィーは私の身辺を調査する一環としてなのか、私の友人たちやその周りのひとたちのことも知り尽くしていた。


そのため私はフィーとも友人たちや、師匠、ルーク兄さんのことなど、いろいろとお話できて楽しいが。


そのことをジークさんとレナンにも言ってみたら、レナンはフィーと楽しくやっていることにレナンの姉のリアも満足していると言ってくれた。けれどジークさんからは何故か『お前はそれでいいのか。いや、フィーの妃なのだからそれくらいでないとな』と何だか意味深な言葉をもらってしまった。


しかし……ジークさんとの手合わせは、すっかりレナンにとっての稽古になっている。やはり国でも5本の指に入る武人よね。多分師匠級よ。

レナンも遣り甲斐があるようで楽しそうだ。


「ジークさんって強くてカッコいいわよね」

「……」

そう言うと何故かフィーが黙ってしまった。フィーの側近のジークさんを褒めただけなのだが。


「キアは……こんな病弱な俺より、ジークのほうがカッコいいと思うのか?」

え……?ひょっとして嫉妬?


「ジークさんは冒険者目線で、武人としてカッコいいと思うだけで……。フィーはフィーとして、全てにおいて私の理想で大好きなひとだから!」

お披露目はまだでも正式に結婚したのだし、一緒に暮らしているのだから当たり前……なのかな?――――とも思いつつ、フィーの優しさや愛情がとても嬉しい。

何だかたまにハテナな発言はあるのだけど。それでも楽しく過ごせている。


「ならいい」

私の答えに納得したのか、再びフィーはジークさんとレナンの稽古に目を向ける。


そう言えば以前は私たち4人だけの離宮だったが、冒険者ギルドの紹介で護衛兼侍女が何人か来てくれた。


みんな私が冒険者ギルド時代に世話になったお姉さまたちで、私のことを聞いて是非私たちがお世話したい!……と、ギルマスのエリオットさん経由で来てくれた。


元貴族令嬢だったと言うお姉さままでおり、ご馳走を作った日などはお姉さまに飾り立てられそれをフィーも喜んでくれる。


尤もみんな腕は確かなので、最近離宮に忍び込もうとした不埒者を一瞬にして捕えてしまった。

一瞬聞き覚えのある男の声で名前を呼ばれた気がするが、お姉さまたちに回れ右するよう促され、その隙に追い払ってくれたようなので……まぁいいわよね!

冒険者たるもの、時には思いきりのよさも大切よ……!


しかし……離宮の外はいろいろともめているらしい。お姉さま方やジークさんもいるので何とか平穏に過ごせているけどね。


「兄上が妃を迎える日がもうすぐだそうだ」

「わぁ……っ!ついに!?」

王太子殿下のお妃さまは婚約期間無しで、隣国の帝国から嫁いでこられるらしい。そう言えば王妃さまは帝国とは別の隣国の聖国から嫁いだお姫さまだったっけ。だからこそ側妃であったキャルロット公爵家の今は義理の叔母さまから正妃の座を得られたそうなのだけど。


「嫁いで来られたら、兄上が紹介しに来てくれるらしい。軽く晩餐会を開こうとも仰られてな」

「なら、ご馳走を作らないと……っ!でも、帝国のお姫さまのお口に合うかどうか」


「帝国は、あまり食文化が豊かではないと聞く」

「えぇ、今回の縁談についても食糧支援やそれを確保する冒険者の確保を目的としているのよね」


「そうだ。なおかつ帝国は国としての軍事力が高い。だから互いに足りない面を補い合うと言うことだ」

「なんだかステキね」

このラディーシア王国は魔物の討伐などを冒険者が担っている部分が大きい。冒険者は国のお抱えではないし、国が命じたとしても冒険者の自由が保障されているため国が無理矢理働かせたら冒険者ギルドから総スカンを喰らう。最悪、国から冒険者が出て行きかねない。


だからこそ、ラディーシア王国は冒険者との関係を大切にしてきた。師匠もルーク兄さんもそこら辺は気に入っていて暮らしやすいそうだ。

まぁ、冒険者目線ならルーク兄さんの伯父であるキャルロット公爵が何より理解しているからこそ、普段は貴族に靡かない冒険者たちも、どこか認めているふしがあるのよね。


一方で……私がいなくなった後のメローディナ公爵領は落ちぶれが目に見えていたらしく、領民みんなでキャルロット公爵家の新事業を始める土地に移住してしまったらしい。


キャルロット公爵家の管轄ならきっと安心だけど。……でもまさか領民総出とは思うまい。キャルロット公爵家のご嫡子・コンラートさま……いや、今は兄さまって呼んで欲しいと言われていたっけ。コンラート兄さまの指揮のもと元気にやっているらしい。


領民がいなくなってしまったメローディナ公爵家の土地はどうなるのか。

それはまだ、誰にもわからない。

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