第16話 婚姻証明書


――――その後の離宮では、相変わらず幸せな日々が続いている。


「……キア、こちらへきて」


「うん。フィー」

書類作業を片付ければ、フィーが腰を下ろしているソファーに招かれる。


最近は上質な薬草や毎日狩ってくる新鮮なお肉や山の幸のお陰か、だいぶフィーの身体の調子も落ち着いたみたいだ。そしてまだ完全にではないが、少しずつなら歩ける。たくさん移動するときは、ジークさんに抱えてもらわねばならないが。


「キア、兄上から今朝届いたんだ」

フィーが兄上と呼ぶのはマティアス王太子殿下のことだ。


「これは……っ!」

それを見て私はハッとした。


「私たちの、婚姻証明書」

――――と言うことは私たちはついに、本物の夫婦になったと言うこと。


「キアが私の妻になった。人生でこれほど待ち望んだことはない」

そん……なに?


「フィー。あのー、今更なんだけど、どうして私なの?」

「キアは昔、城の中で体調を崩し、ジークと離れ離れになってしまった時、俺に薬草を煎じてくれた」


「え……っ!?」


「覚えていないか……?」


「あの、そう言えば体調が悪そうな子に急ごしらえで薬草を煎じて飲ませてあげたことがあったような。でも、それをギルマスに言ったら、城の中ではまず衛兵や騎士や、他の大人を呼ばなくては駄目だと怒られてしまって……」


「キアを怒ったのは許せないが……」


「お、怒らないで!私の産みの父は父親らしいことを何一つしてくれなくて。ギルマスは私のお父さん……のような存在だったの。だからその時私を叱ってくれて。それで学ぶことも多くって。実の親以上に親のような存在なの」


「そう……なのか。資料で、読んだ。キアは、昔から冒険者をしていると」


「うん。最初は具合の悪い母さまのための薬草を採りに行きたくて。父は愛人に夢中で母さまのことなんて二の次だった。だから冒険者ギルドに初めて顔を出したのは7歳の頃よ。その時恐いひとたちに絡まれていたところを親友のお父さんに助けてもらって、私の素性を知ったその冒険者の師匠はギルマスに私の抱えている事情を話してくれたの。暫くはその師匠について冒険者の技を磨きながら、母さまのお薬を作るために頑張ってた。結局母さまは帰らぬひとになってしまったけれど……」


「そうか……辛いことを、聞いたか?」


「い、いいえ!その、フィーに知ってもらえて嬉しい!」


「そうか……よかった。どうにも俺は……」


「フィー?」

フィーも実のお母さまを亡くしている。ひょっとしてよくない話題だっただろうか?


「キアのことをなんでも知らなければ無理なたちらしい」


「……え、そう?」


「あの時昔助けられて……キアを、好きだと思った。けど、キアは、婚約者がいたから、諦めようと思った」

確かに、私と第2王子殿下の婚約が決まったのは随分と小さな頃だったと聞く。母さまは国王陛下の従妹で、その縁で婚約を結んだのだ。


「けど兄上から、キアが婚約破棄されると聞いて……。それなら、私が、キアを幸せにしたいと思った。このような身の上で、分不相応かもしれないが」


「そんなことない!私、フィーに拾ってもらえて嬉しい」


「そう、か。嬉しい。その、俺たちの結婚のことだが」

「うん」


「兄上が妃を迎えてから、国民へ向けて正式に発表になる」

「そ、そうだよね」

まずは、王太子殿下からだもの。婚約者はいらっしゃらないようだけど、近々その予定があるのかな?


「それまでは私たちと、ジーク、レナン、兄上、父上だけが、知っている」


「うん」


「ナイショにするのは……辛いか?」


「い、いえ!」


「一応婚約者同士と言うことにはなっている。だから、イチャイチャするのは平気」

と、フィーが私の腰を引き寄せてくる。


「あ……う、その、フィーと私が、その、お互いに夫婦だと思い合えればそれで、満足です!」


「そうか?嬉しい。でも、俺は早く、キアが妃だと周りに言いふらしたい」


「では、レナンとジークさんに」

私も今はジークさまをジークさんと呼んでいる。あの方は口が悪いだけで割と優しく気が利く方だと今は思っている。それと、フィーを呼び捨てで呼ぶなら、自分をさま付けするのはおかしいと、目一杯の主従愛も見せ付けてくれたから。


「そうだな。ふたりに、目一杯自慢する」

「うん!……あ、そうだ!お祝いに何か狩ってこようか?」


「そのことだが……すまない。暫くは、外出禁止だ」

「婚約のことと何か関係が……?」


「まぁ、それもあるが……兄上から、そうしてくれと」

王太子殿下が、と言うことは、例の計画のために必要なことかな……?


「それじゃぁ食材に関してはレナンと知り合いの冒険者に依頼するね」


「あぁ。そしてキアが手料理を作ってくれ」


「任せて」

ひと知れず夫婦となったフィーと私。王太子殿下が何をされるのか。ちょっとドキドキしつつも、今夜の晩餐のためにレナンを呼んで依頼書を手渡したのだった。

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