第14話 ルーク兄さん


ぎゃんぎゃんと喚くその姿に、もう呆れるしかできない。


「やだ……未来の王太子妃ですって……何言ってるのかしら」

アリーが怪訝な表情を浮かべる。


「しかもまた第1王子って……」

ショコラもあきれがち。


「品性の欠片もない」

リアは相変わらずの毒舌、しかし事実である。


「ちょっと、誰よ!私の悪口を……」

マリーアンナが私たちの声に気が付いたのか、くわっとこちらを振り向いて、私と目が合った途端に目を剥く。


「きゃあぁぁっ!!?どうしてここにキアラがいるわけ!?」

そんな悲鳴をあげられる覚えはないのだけど。


「しかも何よその服!私がカシュミアを買えないのに!」

そんなにカシュミアが欲しいのなら、自分で狩りに行けばいいじゃない。あ、しまった、ついつい冒険者脳で答えてしまった。多分マリーアンナが自分で狩りに行ったら、いくら一発で瀕死よね。カシュミアは高級布の原産魔物。それゆえに上級魔物なのだ。さらには狩り方法によっても価値が変わってしまう。あれを狩るには相当の技術がいるのよね。

マリーアンナには無理だ。いや、むしろ他人に頼ってばかり、お金を使ってなんとかしようとするばかりのマリーアンナが自ら狩りに行く……なんて思考に行くはずもないわよね。


「いいわ!まずはその服!いいえ、アクセサリーごと寄越しなさいよ!」

マリーアンナが店員の制止を振り切りこちらに向かってきて、店員たちが悲鳴を上げる。しかしショコラたちは受付嬢。ある程度の護身術は身に付けているとは言え、ここで一番強いのは私であろう。せっかくのワンピースは汚したくないが、ここはいざしかたがない!


「断るわよ!」

私に向かって手を伸ばすマリーアンナの片手首を掴めば、マリーアンナがもう片方の手で私の手首の翡翠のブレスレットを掴む。


「この翡翠のブレスレットかわいいわ!私のものよ!」

この女はいつも自分が気に入ったものを、すかさず自分のものだと主張する。そう言って喚いて暴れて、奪われたものは数知らず。


「そんなわけないでしょ!これはフィーからもらった宝物よ!」

「は……?誰……」

マリーアンナがそう呟いた時、翡翠のブレスレットが響き、マリーアンナが弾かれるように吹き飛び、咄嗟にマリーアンナの手首を放す。どうやら店のものには傷がついていないようだが、マリーアンナは床にうずくまり、弾き飛ばされた衝撃で身体を打ち付けた痛みで呻いている。

しかし何故突然……。


あ、フィーの名前を呼んだからな。しかしアリーたちにこのブレスレットを見せて『フィーからの贈り物』と言った時は何も怒らなかったから、多分私の身の危険に反応しているのだろう。さすがに直で見ているはずなどないから。

しかし……便利なセキュリティ魔法だわ。


「痛い痛い……私を誰だと……っ!私は未来の王太子妃なの!カシュミアも、アンタのワンピースも……いいえ、このブティックにあるものは全て私のものなのよ……!」

ふぅん……?なるほど。マリーアンナの独占欲はここまで来たか。


「店長、この店のものを自分のものだと告げるこの女は、強盗犯と見なしてよろしいかしら」

騒ぎを聞き付けてやって来た店長にそう問えば。


「えぇ、もちろんですわ。王太子殿下の妃を勝手に騙るなど……そのような反逆者、この王都の民として黙って見ているわけには参りませんので」

店長はとても王国思いの素晴らしい御仁のようね。


「では、A級冒険者として、あなたを強盗犯として拘束します」

貴族なら拘束しても、しれっと保釈されるのが常だが……しかし噂は社交界にすぐに広まり笑い者にはなるし、犯罪行為を繰り返せば貴族としての査定にも響くであろう。

もしそれで貴族でなくなれば、今度こそ平民として牢屋にぶちこまれることになるわ。今まで貴族だからと見逃されてきた罪も、合わせてね。


私はフィーからもらったマジックバッグから、素早く拘束具を取り出すと、いとも簡単にマリーアンナを縛り上げた。


「はい、完成っ!」


「これがプロの技!」

「キア、カッコいい~!」

「さすがは私たちの……キア!」

周りからも拍手の嵐である。


「ふぐぅっ!放しなさいよ、キアラのくせに!!」

「は……?知らないわよ。強盗は事実なんだから、放すわけないでしょ」

「へ、平民が貴族の私にこんなことしていいと思ってるの!?」

確かに私を平民として放逐させたのはマリーアンナだが、私はキャルロット公爵家の養女だから平民ではないし、フィーと結婚した以上は王族である。普通王族に襲い掛かれば処刑もあり得る。もし、フィーに手を出した下手人がいれば、ジークさんならその場で処刑とかしかねない。王族に手を出すと言うことはそう言うことである。

――――しかし、今は。


「A級冒険者として捕らえると言ったでしょう?」

今は冒険者の義務として、一般市民を守るために行動しているだけである。だから即処刑とならずに済んで良かったわね……?

ジークさんなら確実に槍の一戟二戟入れてたはずだわ。あの時ヴィクトリオが手首を即落とされなかったのは、あんなんでも王族だからである。一方であなたは王族ですらなく、勝手に王太子妃を名乗る謀反もの。かけられる情けは何もないわ。


「キア!増援頼んだよ~!」

アリーが告げれば、程なくしてギルド職員と増援の冒険者たちが来てくれる。

街の雰囲気は違うとはいえ、冒険者区画もすぐ近くだから、百戦錬磨の彼らならあっという間に駆け付けてくれるのだ。


「お前ら、大変だな」

その増援の冒険者の中に、思わぬ人物を見つける。


「ルーク!」

ショコラが愛しの婚約者の姿を見て、駆け寄ってくる。


「お前もいたのか……危ないから下がってな」

ルーク兄さんったら、自分も会えて嬉しいのに。ショコラのことが大切だから、仕事中は敢えて距離を取ろうとするのだ。


――――しかし。


「ルーク兄さん。そんなに心配なら、虫除けくらい、贈りなよ!」


「……虫除け?虫除け草か?」

うぐ……この兄は……っ!


「こ、れ!」

示した翡翠のブレスレットが示すものを、分からないルーク兄さんではないだろう。エリオットさんの息子として平民育ちとは言え、宗家はキャルロット公爵家。

ショコラの婚約者として、必要な知識や教育くらい、受けているもの。


「……仕事が、終わったらな」

何だか照れたように顔を背けるルーク兄さんに、思わず微笑ましくなってしまう。


とっととマリーアンナを片付けて、ショコラとのデートを楽しんで欲しいものである。


「ふふっ、ありがとっ!キア!」

ショコラが私の腕に抱き付いてにこりと笑ってくれる。しかし一瞬、翡翠のブレスレットが震えた気がするのは気のせいだろうか……?静電気……ではないわよね……?

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