第4話「受け継がれた想いと新たな一歩」


カフェ「黄色いチューリップ」の朝は、いつも静かで穏やかだ。まだ外が薄暗い時間、萌果は一人で店に入り、温かい光が差し込む窓を開け放つ。


萌果は深呼吸をして、心を落ち着ける。ここが自分の居場所であり、守るべき場所だと毎朝強く感じるのだ。


窓際に置かれた鉢植えのチューリップに水をやる。

チューリップの黄色い花びらが、優しい朝の光を受けて一層輝きを増しているのを見ると、心の中にほんのりとした喜びが広がった。


カウンターに立ち、コーヒー豆を慎重に計量して挽き始めると、店内に芳醇な香りが漂い始めた。その香りが、まるで心を包み込むように店全体に広がり、萌果はふと、かつての店主のことを思い出す。


故郷に戻り、都会での傷を癒すために訪れた「黄色いチューリップ」。その店で出会ったのが、優しい年配の店主だった。初めて入った瞬間から、心地よい温もりと懐かしさが萌果を包み込み、店主の穏やかな笑顔が彼女の緊張を解きほぐした。


「コーヒーが好きなんですか?」


と、店主は柔らかい声で尋ねた。萌果は頷き、都会での仕事の話や、そこでの挫折を少しずつ語った。店主は何も言わずに彼女の話を聞き、時折、優しい目で彼女を見つめた。


次第に、萌果はこの場所で働くことを心の支えにし始めた。店主と共にカフェで過ごす時間は、彼女にとってかけがえのないものとなり、彼女は自然と「この店を守りたい」という思いを抱くようになった。


しかし、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった。店主が突然倒れた。病室で弱々しい店主を前に、萌果は心が張り裂けそうだった。


「もうカフェはたたもうと思う」


「もしよければ、私に黄色いチューリップを続けさせください。あなたが大切にしてきたこの場所を、私が引き継ぎたいんです」


病床にいる店主に、萌果はそう伝えた。店主は弱々しい笑みを浮かべながら、小さく頷いた。その姿を見て、萌果は自分の決意が固まったことを感じた。


そして、店主は今も入院しており、萌果は週に一度、定休日である水曜の午後にお見舞いに行っている。


彼が築き上げた温かさと優しさを受け継ぎ、これからもこの場所を守っていくと心に誓っているのだ。


朝の静けさの中、店の準備を終えた萌果は、カウンター越しに店内を見渡した。

この場所で、彼女は新たな一歩を踏み出している。


そう、店主との約束を胸に刻みながら……。


今日も彼女は「黄色いチューリップ」の扉を開け放った。




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