第3話「思い出の音楽」
放課後の帰り道、大樹は今日もカフェ「黄色いチューリップ」へと足を向けていた。昨日の余韻が残る中、あのカフェで過ごす時間が今や日課となりつつあった。
ドアを開けると、ベルの音が心地よく響く。カフェ内はいつものように穏やかな空気に包まれており、柔らかな音楽が静かに流れている。ふと耳に入ってきたメロディーが、大樹の足を止めさせた。
それは、かつて友人の達也が好きだった曲だった。達也はよくこの曲を口ずさんでいた。大樹にとって、それは一緒に過ごした時間の象徴でもあった。曲を耳にした瞬間、忘れかけていた記憶が鮮明に蘇る。
「いらっしゃいませ、大樹さん」
萌果の明るい声が聞こえ、大樹は少し戸惑いながらも笑顔で応じたが、心の中ではその曲がずっと響いていた。
「どうぞ、お好きな席へ」
彼女の案内に従って、大樹はいつもの席に座った。耳をすませば、曲のメロディーがカフェのスピーカーから静かに流れている。大樹は少しだけ深呼吸をして、その曲を聴きながら、自然と過去の記憶に浸り始めた。
それは、中学時代の記憶だった。大樹は今よりももっと内気で、クラスでもあまり目立たない存在だった。そんな彼にも一人だけ親しい友人がいた。達也だ。
達也は活発で明るく、常に周囲に人が集まるタイプだった。大樹とは対照的な性格だったが、なぜか二人はすぐに打ち解け、放課後はよく一緒に過ごすようになった。達也はいつも最新の音楽を聴いていて、特にこの曲を気に入っていた。
「大樹、この曲、最高だろ?いつか一緒にライブ行こうぜ」
達也が楽しそうに言ったその時のことを、大樹は今でも覚えている。しかし、その約束が果たされることはなかった。達也が父親の仕事の都合で急に転校することになったからだ。
「またどこかで会おうぜ、大樹」
達也は笑顔でそう言ったが、大樹はその言葉に何も返せなかった。親しい友人を失うことへの恐怖と、自分が再び孤独になるという不安が、彼の心を締め付けた。達也が去った後、大樹はますます自分の殻に閉じこもり、クラスの中で孤立していった。
「お待たせしました、大樹さん」
萌果の声が、大樹を過去の記憶から引き戻した。彼女がカプチーノをテーブルに置き、その笑顔で大樹を見つめる。その瞬間、胸の奥で何かがほぐれていくのを感じた。
「ありがとうございます」
大樹は感謝の言葉を口にしながら、カプチーノを手に取った。カップの温かさが、彼の冷えた心を少しずつ温めていく。
「なんだか、ちょっとぼんやりしてましたね」
萌果が心配そうに尋ねる。大樹は、少し戸惑いながらも、素直に答えることにした。
「ちょっと昔のことを思い出していました。懐かしい曲が流れていたので……」
萌果は優しく頷き、「音楽って不思議ですね。いろんな記憶を呼び起こしてくれる」と言った。その言葉に、大樹は少しだけ笑顔を見せた。
「ここに来ると、少しだけ心が軽くなる気がします」
大樹がそう呟くと、萌果は微笑んで「それは嬉しいです。いつでも来てくださいね」と応じた。その言葉が、彼の心に静かに染み渡った。
その日、大樹はカフェ「黄色いチューリップ」で過ごす時間を、いつもより少しだけ深く味わっていた。音楽と共に蘇った過去の記憶が、彼の中で新たな意味を持ち始めたようだった。
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