黒部ダム物語〜因習村 神様ごと沈めてみたスペシャル〜

@Mitukan40

case1 客人毒殺皮剥生贄村

ツクツクボウシが鳴き始める頃、僕達は山の裾野にあるとある村に訪れていた。

「えぇっ!?この村を廃村にしてダムに!?」

「はい。申し訳ございませんが、政府の決定事項です」

驚きを隠さない村民に対し、先輩は冷酷に伝える。彼の名は陀無川 建(だむがわ たてる)。黒川建設勤続十年目にしてダム建設のスペシャリスト。『目に映る 森羅万象 水底に』を座右の銘にダム造りに命を賭ける狂人。

「もちろんタダでという訳にはいきません。村民の皆様には一律で謝礼として、弊社が用意したニュータウンへの移住費負担を条件に……」

「ふざけんな!!」

淡々と説明する先輩に、大柄な村民が声をあげる。

「いきなりやってきて、この村を潰す!? しかもその跡地にダムを建てるってなぁ一体どういう了見だ!?」

今にも掴みかからんとする村民の勢いに、先輩は汗ひとつ見せない。確かにアポイントメントは村長にしか取ってない。それも承諾などしておらず、一度全ての村民と話し合う機会を設けると言っただけだ。ありえないと言いたげに黒スーツを纏った化物を見つめる村長にもまあ共感できる。

「……えぇと、陀無川さんに、黒部さんじゃったな。ダム建設の方に関しては、話し合いたいと言っていたはず。ワシの話を聞いてはくださらぬか」

まさかこの期に及んで丁寧に対応していただけるとは思っていなかったが、村長はとくとくと語り出す。

「この村の住人も少なくなってしもうた。若い者は皆いなくなり、年寄りになって出来ることは畑仕事と牛飼いくらい。確かに存在価値もありゃあせん。だが、それでも皆で大切に守ってきた村なんじゃ」

口調は冷静だが、村長の肩が微かに震えている。きっと彼の中には激しく燃える何かがあるのだろう。

「せめて、せめてこの村を廃村とする理由をお聞かせ願えぬか。どうして どうして……!!」

話す度に赤くなる村長の目頭には思わず同情したくもなるが、こちらとしても譲れない理由がある。それは───


「どうして、この客人毒殺皮剥生贄村が廃村にならなければならないのじゃあ!?!?」

「あなた達が外客を毒殺した後に皮を剥ぎ、生贄にしている例が報告されているからです」


そう。この村に訪れた客人は、皆が全員文字通り帰らぬ人となっている。いや、なんとなく予想はしていた。外に異様な程カラスやマムシがいたし。共同墓地が村の居住面積より明らかに広いし。なんなら人骨っぽいのも出てたし。

「毒殺!? 何を言う!?あれはワシの家系に伝わる神便鬼毒酒という大変ありがた〜い酒じゃぞ!?」

「如何にアルコールといえど血管に注げば毒になります。道に割れた注射器が何本か落ちていましたよ」

「コラ権左!!だからあれ程ちゃんと捨てとけと言うたろうに!!」

「だっ、だってこんな所にいきなり人間が来るなんて……」

言い終わらないうちに村長は大柄な村民の頭をド突く。というか全ての村民を集めると言っていたが、今目の前にいるのは村長と権左と呼ばれた村民ただ一人だけだ。

「廃村の理由について詳しく話すと、第一に村民の不足。二人だけですよね」

「ちっ、違う!!ウシオリ様のお傍に居られるだけで」

「次嘘を吐いたら問答無用で沈めます。村民の人数は?」

「二人です」

「はい。次の理由ですが、先程述べた通りです。元々居た村民に加え、心霊スポット目的の観光客や調査に来た探偵、警察までをも手にかけてますよね?」

「さあ、なんのことだか…………怪しいなら警察でも連れてくればよろしいのでは?」

村長はもはや開き直ってそう言い放つ。一度この村に調査に来た警察は、軒並み含めて殉職している。国家権力ですら手の打ちようが無いほどとは恐れ入る。だが、それでいい。


「だからこそ私達が来たんです」


「僕達は黒川建設 特定危険奇習村ぶっ壊しダム建設課から、政府の依頼を受けてやってきました」


「この村も、あなた達の悪逆非道も、人間を食い物にする悪神も」


『全て、私達の手で沈めます!!』


──────────────────


「と、啖呵を切ったはいいものの」

僕は古びた畳の上でため息をつく。

「まさかこんな村で一泊することになるとは……」

我々の仕事はあくまでダム建設。いきなり築石→放水でも良かったのだが、生憎そうはいかない。村長が了承の条件として提示してきたのは、この村の民家で一夜を過ごすことだった。用意された部屋はどうもこじんまりした物置で、長く使っていないのかカビ臭く、そこら中ホコリまみれだ。

「弱音を吐くんじゃありません。ダム建設は一日にして成らず。雨垂れが石を穿つならば、我々はまたそこに水を溜めなければならないのです」

先輩は座禅を組みながらそう説いた。この人は何を言っているのだろう。

「と言っても、私としてはこれも想定内です。大方その土着神とやらの怒りを買わせて私達を抹殺するつもりでしょう」

「え」

先輩の予想外の推理に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。

「なんです?怖気付きましたか? ダム建が死に恐を成すとは情けない」

「恐を成すに決まってるでしょう……それはそうと先輩、普段からオバケとか信じないじゃないですか。こないだだって戦前からあった廃病院後に容赦なく水ぶち込んでたのに」

「幽霊と神は違います。じゃなきゃ、彼らも村民を皆殺しになんてしないでしょう」

先輩はいつになくきっぱりと答える。普段から悩む姿勢を見ないだけに、こう言いきられると少し不安だ。

「……やっぱり僕、帰っていいですか?この仕事終わったらデートなんですよ」

「女ですか?男ですか?やめておきなさい人間は。やはり信用出来るのは広い心、そした大きな余裕。そう──」

「ダムって言ったら怒りますよ」

「なんと、心が読めるようになりましたか。君も成長しましたね。……それはそうと、どの道帰るのはオススメしません」

先輩は、古い屋敷の中では特段新しく丈夫そうな引き戸を指差し、告げる。

「もう、来てますから」


ガタガタガタガタガタガタ!!!!!!


扉が急速に揺れ始めた。風や獣の仕業はおろか、人間の仕業ですらないだろうことを直感する。

「先輩……ここは俺が」

「よしなさい。君の敵う相手じゃない」

そう言うと先輩は懐から何やら紙を取り出し、蠢く扉へ投擲した。

「破ァッ!!!!」

先輩が念を込めると同時、扉に憑いた黒い何かが霧散した。黒川建設特性の除霊護符は相変わらず凄まじい威力だ。先輩も相当力を使ったのか、肩で息をしている。

「ふぅ……やれやれ、いくら眷属といえど流石は神格。一筋縄ではいかないようですね」

「眷属……? 今のが?」

「本体だったらあんなので祓えるわけないでしょう。多分この後、もっとドデカいのが来ますよ」

夜もだいぶ更けてきたというのに、どうやらまだ休めないらしい。あの村長のニヤつきが目に浮かぶようだ。

「時にナギリ。あなたは神格、特に土着神についてどれくらい知っていますか?」

先程乱れた髪を結び直しながら、先輩は僕に質問した。

「うーん……その土地で発生した災難や現象が人々によって伝承さ、信仰された結果神格となった存在、とだけ」

「半分正解です。ただ因果関係が逆ですね。元々その土地に根付いた災害や現象は神の存在に匹敵する。それを人間が信じることで、神としての姿を手に入れたワケです」

「へぇ……どうしたんです?突然そんな話して」

「この村の神。ウシオリと言いましたね。潮に檻で、『潮檻』と書く。蛇の姿の神格らしいですよ」

「潮の檻に、蛇……洪水や津波に関係する災害が由来なんですかね?」

「ふむ、及第点ですね。もう一つヒントをあげましょう。さっきの眷属が私達に仕掛けたアプローチは何でした?」

「アプローチ? あの時は扉が揺れ……扉が、揺れて……!!まさか」

その時だった


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!


地面が、あばら家の柱が、視界の全てが揺れ始めた。

「地震!!」

「そう。けど、まさかこんなに早いとは。どうやら神様もお冠らしいですね」

そういえばそろそろ生贄を差し出す時期だと村長が言っていたが、まさか僕達が今年の生贄なのだろうか。

「それは違いますね。この村は普段から人間をご丁寧に酒漬けから皮まで剥いで、食べてくださいと言わんばかりの対応でした。土足で踏み入って眷属に手を出した私達は、はっきり害敵認定されているでしょう」

柱に掴みかかりる彼の頬には、冷や汗が伝う。その様子は、この状況がどれ程のピンチなのかを表している。

「せ、先輩!!このままだと僕らも警察の二の舞ですよ!!」

「揺れ方、音の様子、予定時刻よりかは早いが凡そ…………」

僕の声は届いていないらしく、先輩は何かブツブツ呟くだけだ。すまない香織。今度のデートには行けないらしい。

「村長達、無事ですかね。最悪彼らだけでも警察署送りに出来れば僕達の勝ちなんですが……でも、もう少し生きたかったな」

「狼狽えるんじゃありません」

生気のない目だっただろう。揺れる地面と視界の中、先輩は僕に一喝した。

「あなたが生きるか死ぬかなんてどうでもいい。けど、あなたは黒川建設ダム建副長 黒部那霧だ。あなたがいなくなったら、誰が勝手に村潰してダム作る私の代わりに頭を下げに行くんです?」

『死なないで』と言うにはあまりに私欲に塗れていないでしょうか、先輩。と言っても、彼の目からは絶望を感じない。お前は死なない。死なせない。そう言い切れるからには何か策があるに違いない。そうですよね、先輩!!

「フッ……そうですね」

先輩…………?

「この村は、今沈めます。私達ごとね」

先輩!?!?!?!?!?!?!?!?!?


ズドォン!!!!


それは、いきなりのことだった。震源であろうこの家の床に地割れが発生し始めた頃を見計らったように、床が爆発四散した。いや、正確にはそう思う程の轟音を伴って沈降したのだ。床から見下ろしても五メートルはあろう穴の底に見えたのは────

「水!?」

水が渦を巻いて穴の奥からせりあげてきた。なるほど、潮の檻とはよく言ったものだ。

「この村の下には巨大な地下水脈が眠ってます。昔起きた地震で今のような現象が起き、人は神の御技だと思い込んだ結果」

「潮の名を冠する地震の土着神が産まれた、って訳ですね」

「そういうことです。さあ、そろそろですよ。外を見てみなさい」

「外?満点の星空でも見せてくれるんで……す……?」

扉を開け、見えたのは満点の星空でも美しい天の川でもない。共同墓地や畑、ほとんど廃村とかした村一帯を取り囲む、石材の山だった。

「先輩、これって」

「さて問題です。昔から水害に悩まされていた地域が増水の危機に瀕していて、その周りをなんとも自然な石材が囲っている。この石材が今後およそ三世紀は持つとされる耐震性を備えている時、ここに建つべき建造物は?」

「…………ダムですか」

先輩は無言で指パッチンした。思いっきり殴りたい。

「さ、そろそろ逃げますよ。あと数分でヘリが到着するはずです。その後一帯の集落を爆破解体の後、追加放水開始ですね。いやあ見物ですよぉ。この為だけに今まで頑張ったと言っても過言では無い。ナギリ、お前も一緒に見ませんか?」

多分先輩の目はこの瞬間が、人生のどのシーンを切り取っても一番輝いてるだろう。ただそういう時、僕の返答はいつも決まっている。

「もう、ダムは懲り懲りです……」


───────────────────


後日談。と言っても日付を跨いではいない。その後先輩の言った通り、黒川建設は爆速で築石から放水までを一晩で終え、多くの人間が犠牲となった魔の村は神と共に水底へと帰したのだった。

「おはようございます。よく眠れました?」

何故か既に出来ていた管理員用の仮眠室から出てきた僕が真っ先に向かったのは、ダムの管理棟の屋上。ダム建設が終わった時、先輩は大抵ここにいる。

「いくつか質問しても?」

「構いません。私は今気分がいいですから」

「なんであのタイミングで地震が来ると?」

「地脈の音でなんとなく。もし推測時刻より遅ければ爆破していたまでですよ」

「本当にいたと思います?神様」

「村長ってどうなったんですか?」

「基本的に日本の法律で裁かれるかと。まあ、今回は事例が特殊だったので裁判が長引きそうだな、とだけ」

「言ったでしょう、幽霊と神は違う。大事なのは、沈められるか否かです」

相変わらず先輩はどこか価値観がおかしい。ダムのことしか考えてないし、文字通りダムの為なら命を賭けられる狂人だ。でも、

「最後の質問です。先輩は、なんでここにいるんですか?」

「そこに救われない人達がいて、そこにダムが無いからですよ」

この答えだけは、割と嫌いになれないのだった。

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