第16話『隠し事』
「……僕が何でこちらへ呼び出されたのか。あの男を見て理解致しました。陛下」
臣下に連れられ現れたクロッシュ公爵令息ラザール様は苦々しくそう言い、悲しげに振舞うジュストを睨み付けた。そんな中、私は内心冷や汗をかいていた。
確かに、国王陛下の言っていることはもっともなのだ。
私側の意見だけではなく、ラザール様の言い分だって聞かなければならない。そうでなければ、公平な判断を下したとはとても言えないだろう。
ジュストはここでラザール様が何を言い出すのか、事前にわかっているみたいだ。
……私には全然わからないのに。いえ。そもそもジュストがこの先どうするか読めたことなんて、これまでに一度もなかったわ。
「クロッシュ公爵令息ラザール。それでは、話は早いようだ。彼ら二人の事情は、先んじて聞いている。そこで、次は君の意見が聞きたいのだが」
国王陛下はさっそく、わざわざ呼び出したラザール様へと話を聞く事にしたらしい。
こんなことになるなんて、ほんの少し前まで知らなかった私は、夜会で共に入場した彼と目を極力合わせないようにした。
……もちろん。私だって、言い分はある。
ラザール様は婚約者の私に対し、結構な酷いことをしたと、誰しも思うだろう。けれど、結局のところは私と結婚しようと思い直したと言えば、許してあげるべきだと思う人が居るとも思う。
公平な判断を下すというのなら、正式な婚約者であるラザール様に軍配が上がるかもしれない。
……ううん。駄目よ。ジュストを信じるって、私はそう決めたでしょう。
「僕とミシェルは、幼い頃より婚約者です。貴族の結婚には政略的な意味合いが強いとは言え、僕たちはお互いに気持ちを深めながら過ごして来ました……確かに、僕には一度彼女の気持ちを傷付けたことがあるのは認めます。妹と婚約者を交換出来ないか、彼女の父に打診したことがありました。ですが、あれは一時の気の迷いでした。同じ姉妹とは言え、失礼なことをしたと反省し、それを彼女自身にも詫びています」
ラザール様は自分の過ちを先んじて認め、私にも謝罪したと認めた。
そうよね。これは話題にならざるを得ないしジュストの口からこれが明かされるくらいなら、自分の口から説明した方が良いのかもしれない。
「だとすると、ラザールはそちらのサラクラン伯爵令嬢と、不和があったことを認めた上でやり直し結婚したいと望んでいるんだな?」
国王陛下も一度は過ちを犯すくらいはあるだろうと思ってか、再度確認し、頷いたラザール様を見て何か考え込んでいる様子だった。
やり直したいと思っているなら、その程度の気の迷い許してやれば良いのにと思っていそう……。
「隠し子の件は、どうなのですか。ミシェルはあれを聞き、日々泣き暮らしておりました。あんな人と結婚したくないと、遠い辺境の村にまで家出までしたのです。それを追い掛けたのが僕。泣いているミシェルを追い掛け慰め、彼女が傷付けられるくらいならと、すべてを捨てて愛し合うことに決めました」
……え?
私はこれまでに想像もしたことのなかった情報を聞き、耳を疑った。
なんですって? 私って、そうだったの?
いえいえ……そんな訳はないわ。そんなこと、これまでに聞いたこともないもの。
「そっ……それは」
二の句が継げず、焦っているラザール様。それは、ジュストがさっき口にした隠し子が居るという情報が真実であることを示していた。
……嘘でしょう。婚約者をオレリーに交換したいと言い出したことなんて、ほんの可愛い話に終わるような爆弾発言ではない?
「まあ! なんですって。まだ結婚もしていない状況で、隠し子発覚など! それは、こんな人とは結婚したくないと逃げ出しても仕方ないわ。妹に浮気心を出すだけでは飽きたらず……! なんという酷い男なの!」
王妃様は怒りのあまり王座から立ち上がり、そんな彼女に落ち着けと国王陛下は宥めた。
「王妃様。僕らは愛し合っているというのに、彼の持つ権力に阻まれ、結婚を許されません。このままでは、二人で追手さえもわからぬ遠い場所にまで逃げるしかありません!」
哀れに訴えたジュストに、王妃様はより私たちを救わなければと思ったようだ。
「……なんですって! 私に任せなさい。貴方は慣れない地での肉体仕事に疲れて亡くなり、そちらの可愛らしいご令嬢が、寒さに震えて食べ物を食べられなくなるなんて、絶対に駄目よ! ……あなた!」
駆け落ちした私たちが悲劇的な終わりを迎える予想をした王妃様の目は『絶対に許さない』となっていて、国王陛下も『この程度であれば許してやれ』と庇えるほどではないラザール様のやらかしを聞き、大きく溜め息をついていた。
「そうだな……結婚していない状況での隠し子があるのなら、何も知らずに貞節を守っていた婚約者への冒涜に当たるだろう。クロッシュ公爵令息ラザール、サラクラン伯爵令嬢ミシェルとの婚約解消を命ず。これは王命である。もう下がって良い」
ラザール様は何か言おうとしていたようだけど、既に判断を下した陛下には、何も言えないと悟ったらしい。
「はっ……王命に従います」
してやられたという悔しさへの思いからか、ジュストと私を睨み付け一礼して彼は去って行った。
「ああ……悲劇が起きる前に救うことが出来て、本当に良かったわ……これは知られている話だから聞き及んでいると思うけど、私には昔許されぬ恋に駆け落ちした妹が居たんだけど、あの子は逃げた先で強盗に襲われて亡くなってしまっているの……アシュラム伯爵、彼女をどうか守ってあげてね」
「ありがとうございます。王妃様。何もかも貴女のおかげです」
泣いている王妃様とジュストを見て、なんだか私も釣られて泣いてしまった。
王妃様の妹君の話は、社交界デビューする前の話のようで私はあまり詳しく知らないけど……もし、私だって妹オレリーがそんな目に遭ったのなら、駆け落ちするような状況にある恋人同士を見れば、どんな手を使ってでも救おうと思うだろう。
悲劇の中亡くなってしまった妹を思う姉の気持ちが、痛いほどに伝わり、そんな彼女の気持ちを助けて貰えるように利用してしまったことに良心が疼いた。
◇◆◇
私たち二人は、ジュストが乗って来たという馬車に乗った。走り出したのを確認して、私は隣に座っている彼へと詰め寄った。
「ねえ……ラザール様の隠し子ってどういうこと? 国王陛下って、王妃様にしりに敷かれ過ぎではない? それに……王妃様の妹君の話も知っていて、彼女が助けてくれると踏んだのね?」
「ミシェルお嬢様。一度にいくつも質問されると、どれから答えて良いかわからなくなりますね」
苦笑したジュストの目は泣いた直後で赤く腫れていて、私は彼が初めて泣いたところを見たと、良くわからないところで感心してしまったりも。
「もうっ……それでは、ラザール様の隠し子の話は?」
「ええ。真実です。情報って、本当に大事ですよね。情報源は明かせません。それは、お嬢様にも理解して頂けると思いますが」
私の脳裏には、その時従者ザカリーの顔が掠めた。けど、ザカリーから聞いたとしてもジュストは絶対にそれは認めないだろうし、それこそ二人はお互いに墓場まで持って行くような話だろう。問い詰めるだけ無駄だわ。
「では、居るのね?」
やはり、ラザール様には隠し子が居るのだ。衝撃ではあるけれど、婚約解消に足る理由にはなってしまった。
「お嬢様は大変驚かれたことと思います……ですが、貴族には、良くある話ですよ。若い家庭教師を孕ませて、我に返って捨てたんです。ああ……ですが、彼は今でも母子のすべての生活の面倒を見ているという話なので、他の貴族よりは幾分扱いはマシなようですよ」
本当に、ラザール様の隠し子、居るんだ……先程の出来事を思えば、それは絶対に居るだろうけど、やっぱり信じられなかった。
だって、そんな素振り……私の前では、一切見せなかったし。
「どうして……これまで、教えてくれなかったの?」
私はラザール様について、オレリーの一件で抱いていたはずの淡い恋心は消えてしまい、今では幼い頃から知っているという情も何もかも消え失せてしまった。
「ええ。ミシェル様。誰にも言わずに黙っていられます? 本人にも問い詰めることは出来ずに、表面上はなんでもない振りが出来ます?」
「それは……確かに、出来ないかも」
隠し子の件を知っていれば、挙動不審にもなるだろうし、機会があれば聞いてしまうはず。ジュストは正確に私の行動を把握していた。
「……でしたら、僕のこのやり方で正解なんですよ。切り札はいざという時に出すから、必殺のカードと呼ばれるんですよ。ミシェルお嬢様」
にこにこと微笑むジュストを見て、私はやっぱりそんな彼のことが好きなんだと思った。
婚約者に隠し子なんて、大スキャンダル過ぎる事が発覚して、動揺が凄いけど……単純な私には思いもつかない思考をしてしまうところも、誰が何を言おうとすごく好きだから。
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