第11話

「その薄汚うすぎたない手を、アーサー様からはなせ」


「何だぁ?」


 私は、さえられている頭を精一杯、声のした方へと向ける。

 足元に転がっている二人の男。そして、視線を上に上げると、空色の髪の執事の姿が見えて来る。


「カミール……さん……」


「もう一度、言う。その汚い手をどけろ」

「何だ、コイツが欲しいのか?」

「お前。両手がふさがった状態で私に勝てると思っているのか?」

「そう言うお前こそ、この人質がいたら――」


 それは、一瞬の出来事だった。


 急に頭をさえつけていた圧力が無くなり、私のほほやわらかな風がつつむ。


「お怪我けがはありませんか?」


 カミールが私を抱き起す。この時、私は何が起こっていたのか、全く理解出来ずにいた。


「テメェ、何者だ」

「私の攻撃を察知さっちして、咄嗟とっさに武器をかまえながら後方へ退しりぞいたのは、めてあげましょう。ですが、あまりに遅過ぎました」

「は?」


 あおられた男が、イラつきながらこちらを見ている。


「ひょっとしたら、アーサー様は、あちらをあまり見ない方が良いかもしれません」

 そう言われると、逆に見たくなってしまうのが心情しんじょうだ。私は、思わず男の方へと視線を向けてしまった。


「お前達、俺を無視してんじゃねぇ!」


 男が剣を振りかざそうとした次の瞬間、彼の二つの腕が、ポロリと地面に落ちた。

「へ?」

「お前のその汚いうでは、としておきました。もう二度とアーサー様に触れられぬように――」


「ひやぁぁぁぁぁぁっ!」

 男のマヌケな悲鳴が響く。

「女みたいな声を出しているのは、そちらの方ではないですか」

「くそーっ」


 男は、両腕りょううでから血を流しながら逃げ出した。

「待てっ!」

「もういいからっ!」

 私は、カミールの足にしがみつき、彼をめた。


「アーサー様……」

「もう、追わなくていいから……」

「すみません。アーサー様にこんな思いをさせてしまって……」


 カミールが姿勢を低くし、私に優しく語り掛ける。

 恐怖と安堵あんどじった感情をおさえられずにいた私は、思わず彼に抱き着き、そして、わんわんと泣いた。


「すみません、すみませんでした……」

 彼は、私の頭を優しくでながら、何度も謝っていた。


             *


 どれくらい泣いていただろう。私は、落ち着きを取り戻した。


「でも、どうして私がここにると? 何も伝えずに出てきたというのに」

「これです」

 カミールは、腰の剣を指差ゆびさした。

「あっ、『微風そよかぜつるぎ』」

「これが送られて来たので、その痕跡こんせき追跡ついせきさせていただきました」

「そう……だったの……」


 ――正しいおこないをすると、こういう風につながるのか。


 私は、運命の悪戯いたずらに感心しつつも、この世界のプライバシーはどうなっているのだとあきれてもいた。もっとも、この世界が中世レベルの価値観であるとすれば、それもいた方無かたなしかとも思っていた。


「そうなると大婆様おおばばさまに感謝しなくちゃだ……。そうだ、みんなが――」

 私は、ここに来てやっと皆の事に頭が回り始めた。


みんな?」

「ここでお世話になっていた孤児院の方々が、集会所へ避難しているんです」

「私に敬語は不要ですよ」

「あっ。と・に・か・く、助けに行かなくっちゃ。カミールさん、出来る?」

「呼び捨てで結構けっこうですと言ったはずです」

「もう。そんな事はいいから、出来るの? 出来ないの?」

「私は、貴女の従者です。ご命令とあらば――」

「じゃあ、皆を助けて」

「分かりました」


「うっ!」

 私が立ち上がろうとした時、られた場所が不意ふいに痛み出した。

「アーサー様、大丈夫ですか?」

 カミールは、心配そうに、そして、申し訳なさそうに私の顔をのぞんでいる。

「大丈夫、ちゃんと歩けるから――」


 そう言いかけた時、私の体は、ふわりとちゅうに浮いた。

かかえていきます」

「はぁ?」

 その時、彼は、すでに集会所の方へと走り出していた。


 ――これは……、ぞくに言う、『お姫様抱っこ』というやつだ。


「あ、歩けるから~。降ろして」

「ですが、この状況です。少しでも急いだ方が良いのでは?」

「そうだけど~」


 ――従者のくせ生意気なまいきだ。


 私は、そう考えながらも、自分の顔がみるみる火照ほてっていくのを感じていた。

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