第10話

――数週間後――


 不穏ふおんうわさが出回り始めたのは、数日前の事だった。


 近くの村が、『北の蛮族ばんぞく』に次々とおそわれているというのだ。

 そして、それは、次第しだいに近付いていて、そろそろ、この村も危ないのではないかと人々が浮足立うきあしだち始めていた。


             *


『北の蛮族ばんぞく

 この国でそう呼ばれている彼らは、隣の大陸の北方に暮らす住人である。

 彼らは、人族ひとぞくと狼系の獣人族の混成部隊こんせいぶたいであり、冬の期間、北の海がこおり、大陸とこの島が地続じつづきになると、しばしば南下して来ては、略奪りゃくだつかえしていたという。

 彼らが、どういう経緯けいい人族ひとぞくと獣人族の共闘関係きょうとうかんけいきずいたかはさだかではないが、両種族とも狼を信仰しんこうしているという点は、共通していた。


 彼らと行動を共にしている人族ひとぞくの戦士達の中には、狼の毛皮をまとっている者がいる。

 これは、一人前の戦士と認められると、一匹の狼が神にささげられ、その毛皮を与えられるという風習ふうしゅうからきている。その為、毛皮をまとっている戦士は、強者つわものが多く、一層の警戒けいかいが必要となってくる。


             *


 その朝は、突然、訪れた。


「皆さん、起きて下さいっ!」

「どうしたの? シンシア姉ちゃん」

 寝ぼけまなこの男の子が質問する。


「『北の蛮族ばんぞく』が、この村にもやって来たようなのです」

「ええーーーっ」

 皆、うわさは耳にしていたのであろう。一気に動揺どうようが広がった。


「良いですか。これから、みんなで集会所に避難ひなんします。落ち着いて付いてきて下さい」

「はい」


 私は、急いで着替きがえると、『水の杖』を持って孤児院の外へと出た。


――領地境付近の村・孤児院の前――


 バーーーン!


「キャーーーッ!」


 爆発音を聞いて、子供達が一斉いっせいに声を上げる。

 音のした方を見ると、村の木製のへいから火が上がっているのが見えた。


「シンシアさん、先に避難ひなんして下さい」

「貴方はどうする気です?」

大婆様おおばばさま避難ひなんには、少し時間がかかるでしょう。ここで、僕が時間をかせぎます」

「そんなの危険過きけんすぎます」

「ですが、誰かがやらないと――。大丈夫です。ぐに追いつきます。少し位、恩返おんがえしはさせて下さい」

「ですが……」

「いいから、早く行って」

「分かりました。でも、危ないと思ったら、ぐに逃げて下さいね」

「了解です」


 ――これは、マズい。これではまるで、ぞくに言う、死亡フラグというたぐいのやり取りだ。


 私は、苦笑にがわらいを浮かべていた。


             *


 ――みんなは、集会所に辿たどけたのかしら。


 私は、杖をかまえながら、火の手の上がる村の粗末そまつ防壁ぼうへきを見つめていた。


 バーーーン!


 再び、大きな爆音と共に炎が上がる。

 どうやら今回は、村のへい破壊はかいされたようだ。

 目をらすと、のぼけむり隙間すきまから村に侵入しんにゅうしてくる敵兵達が見えた。


「来る!」


 『水の杖』をにぎる私の手は、すでに汗まみれになっていた。


             *


 すでに周囲からは、村人の悲鳴が聞こえ始めている。

 しかし、私が立っているこの通りにはまだ、敵兵の姿はなかった。


「何だ? アイツ」

「まだ、子供みたいですぜ」

可愛かわいらしい顔してんじゃねぇか。高く売れそうだぜ」


 わき路地ろじから三人の男達が姿を現した。

 彼らの武器と防具は、すでに血で汚れていた。

 そして、彼らは、舌なめずりをしながら、こちらへと近付いて来る。


「行けっ!」


 シャリン、シャリン、シャリン。

 私は、彼らに対し、氷のやいばはなった。


「何だ? この程度で俺達をたおせるとでも思ったのかぁ?」

「へへへへへ」


 私の攻撃は、彼らの剣と盾で簡単にはらわれてしまった。

 通りには、男達の下品な笑い声が響く。


 ――でも、これ以上、強くしたら人を殺してしまう……。


 このおよんでも、私は躊躇ちゅうちょしていた。その躊躇ためらいが、私にとって、大きな致命傷ちめいしょうとなった。

 私は、狼の時と同じあやまちをかえしたのだ。


 真ん中にいたリーダーかくの男が、剣を頭上に振りかぶりながら私におそかる。

 私が杖でその攻撃を受け止めた次の瞬間、脇腹わきばら鈍痛どんつうおぼえた――男のりが私の脇腹わきばらんでいたのだ。


 ――い、息が出来ない……。


「くっ……か、回復……」


 私は、痛みと苦しさの中、思わず、回復魔法をとなえた。だが、思いのほか、痛みはおさまらなかった。


「全く素人しろうとがよう。いくさとなったら、使えるもんは、全部、使うんだよ、馬鹿がっ!」

「ぐぶっ」


 男は、再び私の腹をげる。

 私の口の中は、鉄の味でたされた。


「剣だけでチャンバラやるなんて、稽古けいこの時だけのお上品じょうひんなやり方なんだよ」


 男は、私の頭をつかむと、今度は、顔を地面にこすけた。そして、さらに、私のうでひねげる。


「イタイッ」

「女みてーな声出しやがって。本物の女にしてやろうか、あぁん?」


 私が絶望ぜつぼうしかけたその時だった――。


「その薄汚うすぎたない手を、アーサー様からはなせ」

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