第9話

――領地境付近の村・森の中――


「チキショー! あっち行け! 来るなよ~」


 私達は、少年達をあっさりと見付ける事が出来た――大声で騒いでいたからである。


「どうやら、無事みたいですね」

 編纂者へんさんしゃさんが、単眼鏡をのぞきながら言う。


 少年は、二人。彼らは木の上に登り大声で騒いでいる。

 木の下では、狼達がたむろし、彼らのすきを狙っている。


 私と編纂者へんさんしゃさんは、現場から少し離れた丘の上のしげみ、そこに身をかくしながらその様子を見ていた。


「しかし、このあたりにこんなに狼達が現れるなんてめずらしいですね」

「そうなんですか?」

「ええ、戦争や災害の後に狼の数が増えて、人里近くに現れるなんて事はあるのですが、このあたりでそんな異変を聞いた事がありません」

「食料が不足してるとか?」

「可能性はありますが、そこまでの気候変動があったとも聞いておりません」

「まぁ、でも、出て来ているのは事実なのだから、考えても仕方しかたないか――」

「そうですね。それにそろそろ助けてあげないと可哀かわいそうですし……」

「あっ」


 私は、彼らが無事な姿を見て、安心しきっていた。そして、呑気のんきに彼らをながめていた。彼らは、文字通り、必死だったというのに……。


「ですが、数が多いようです。いけますか?」

「あの数なら、余裕よゆう!」


 私は、そう言って立ち上がると、狼達にねらいをさだめた。


「いっ、けーーーーーーっ!」


 複数の氷の魔弾まだんが、狼のれ目掛け飛んでいく。


「キャン」


 攻撃を受けた狼がなさけない声を上げている。


「命中です! あれ?」


 魔弾まだんを喰らった狼の大半たいはんが逃げていく。

 しかし――。


「一、二、三――。六匹」

 六匹の狼がこちらに向かって丘を上がって来るのが見えた。


「倒せていません。魔力が弱かったようです」

 編纂者へんさんしゃさんが、動揺している。

 それを見た私は、かさず答える。

「違いますよ。手加減てかげんしたんです」

「何でそんな事を――」

「人間が怖い存在と教えてやれば、もう二度と人里へは来ないでしょう」


 こうしている間にも、狼達は私達にせまって来ている。

 私は、再び、氷の魔弾まだんはなった。


 一匹の狼に対し、先程より多くの魔弾まだんを命中させる。

 複数の魔弾まだんを喰らった狼は、たまらず離脱していく。

 しかし、最後の一匹だけが、それらを上手うまくかわしながら、なおもせまって来る。

 私は、あせり出していた。


「人間様をなめるなーーーっ!」


 シャリン、シャリン、シャリン。

 私は、再び魔弾まだんはなつ。


 ――早いっ!


 その狼は、右に左に器用きように動き回り、氷の魔弾まだんをかわしていく。

 そして、ついには、私の攻撃は、全てかわされていた。


 するど眼光がんこうと光るきば

 飛び掛かれる位置にまでせまっていたその狼は、大きな口を開けながら、ついに私におそかって来た。


「来ないでっ!」

「キャイン」


 振り回した金属製の杖(水の杖)が、狼をとらえる。

 私は、吹き飛ばした狼に対し、ちをかけた。


 シャリン、シャリン、シャリン。


 氷のくだける音が周囲に響き渡る。

 物理と魔法の波状攻撃はじょうこうげきで、どうにか狼を退散たいさんさせる事が出来た。


「何で手加減てかげんなんかしたんですか? ああいうのは、殺せる時に殺さないと、いつか命を落としますよっ!」

「す、すみません……」


 編纂者へんさんしゃさんの言う通りだった。

 逃げたと思っていた狼達も途中で足を止め、こちらの様子をうかがっていた。

 おそらく、最後の一匹が優勢となれば、再度、攻撃を仕掛しかけてきたに違いない。

 そう考えれば、ギリギリの勝敗だった。

 彼らは、最後の一匹が去って行くのに呼応こおうするかのように、森へと帰って行った。


「ホント、自然はきびしいですね……」


 私は、その様子を見て反省していた。


「おーい、お姉ちゃん達ーーーっ!」


 少年達は、木から降り、こちらへとって来た。


「無事でしたか」

「うん」

「あれ? そっちは、男か」

「助けてやったのに、失礼でしょ……だろ」

「あっ、ごめん」

「でも、僕達と同じくらいなのにスゲーな」

「いや、僕は、十六歳だよ」

うそつけ~」


 確かにこの『アーサー』君は、その身長のせいもあって、おさなく見える。十六と聞いた時は、私も耳をうたがったほどだ。

 とは言え、さすがに彼らと同世代はない。

 見るに彼らは、小学生くらいに見える。


うそじゃないよ。こうしてギルドに登録して働いている訳だし――」

「そんな事より、俺、ション便、行きたい」

「俺も。木の上にいる時からずっと我慢がまんしてたんだ」


 ――すでに私の話を聞いていない……。子供なんてこんなものだと言われたら、それまでなのだけれど……。


「お前も行くか?」

「ぼ、僕は大丈夫だよ」

「ふ~ん。じゃあ、いいや。行こうぜ」

「おう」

「『おしっこ飛ばし』しようぜ。今ならメチャクチャ遠くに飛ばせそうな気がする」

「俺だって負けないぜ」


 彼らは、そう言いながら森の方へと走って行った。


「あまり遠くには行かないで下さいね」

「うん、分かった」


 それにしても、『おしっこ飛ばし』って何? そんな事して何が楽しいの? 私には、全く理解出来ない世界だった。


「それにしても、元気そうで良かったですね。ああやってはしゃいでる所は、とても可愛かわいらしいですね」

「『おしっこ飛ばし』がですか?」

「えっ?」

「えっ?」

「ち、違いますよ。何いってるんですか?」

「あっ、すみません……」


 思わず、考えていた事を言葉に出してしまった。

 編纂者へんさんしゃさんは、耳まで赤くしている。ホント、申し訳ないと思った。


 この後、私達は村へと戻った。


 これは、その時に知った事だが、彼らは、孤児院の子だった。少しでも役に立ちたくて薬草を集めていたようだ。


――領地境付近の村・孤児院の庭――


「お前、この孤児院の子だったのか? おどろいたな」

「俺は、ノア。こいつは、リアム。宜しくな、新入しんいり」

新入しんいりって……。まぁ、いいか。僕は、アーサー。宜しく」


 私は、二人と握手した。そして、挨拶あいさつわした。


「でも、大婆様おおばばさまもあそこまで怒る事ないよな。良い事したのに」

「ホントだよ」


 ――いたずらっ子だけど、何だかんだで良い子達なのね。ここで暮らすのも悪くないかも。

 私は、そう考え始めていた。


 でも、こちらの世界は、そこまで思い通りに事がはこぶほどに甘い世界ではなかった――。

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