第8話

――領地境付近の村・畑――


「さて、私の魔法が実戦でどれだけ通用するか」


 私は、冒険者の登録をますと、早速さっそく依頼クエストを受けた。

 一角兎いっかくうさぎ、五頭の討伐。今回は、魔物退治の依頼クエスト


             *


 この世界では、魔物と他の生物との間には、明確な違いがある。

 厳密げんみつに言うと、昆虫も、その二つとは、別枠べつわくあつかいである。

 これらの考え方は、この地に伝わる『神話』に由来するものであった。


 植物と人を含む生物――動物や鳥、魚や爬虫類、両生類等は、元々、この星に生まれた者達で、後からこの星にやって来たのが、昆虫や魔物という解釈かいしゃくだ。

 ぞくに言う、内骨格の生物は、人と構造的にも似ている部分が多く、この世界では、一括ひとくくりと考えられている。

 それに対し、昆虫等の外骨格の生物は、構造的にも、生態的にも、異なる部分が多く、別物ととらえられている。


 更に、その枠外わくがいに『魔物』というモノが、存在している。それは、『魔物』とその他の生物に、決定的な違いがあるからである。

 『魔物』には、『核=コア』というモノが、存在しており、彼らの全ての活動エネルギーは、そこから供給されている。その為、その『コア』を破壊されると一瞬にして、灰と化す性質を持っている。

 つまりは、外見が、どんなに人や獣、昆虫に似ていたとしても、『コア』があれば、『魔物』なのである。

 それゆえ、騎士や冒険者等の専門の知識を持たない一般人からは、『魔物』と『獣』の差が分かりにくくなっているのである。


             *


 で、今回の依頼クエストは、小さな魔物の討伐。コアを撃ち抜けば、簡単に消滅させられるらしい。もっとも、そのコアねらうのが難しい訳なのだけれども――。


 私は、大婆様おおばばさまから借りて来た『水の杖』を敵に向けると、三発の氷の魔弾まだんはなった。


 シャリン、シャリン、シャリン。


 氷がくだける心地ここちよい音が響く。それと同時に、コアを撃ち抜かれた一角兎いっかくうさぎが一瞬で灰と化す。


「へぇ~。本当に一瞬で灰になるんだ」

「お見事です。三頭同時に討伐ですか。これで依頼達成ですね」


 私に声を掛けて来たのは、『編纂者へんさんしゃ』と呼ばれる職業の女性。

 彼女の役目は、依頼達成の確認と魔物の生態の調査。どうやら、魔物討伐の依頼の際には、彼女のようなサポート役が付くらしい。


「お若いのにやりますねぇ」

「貴女だって、若いじゃないですか」

「確かに『編纂者へんさんしゃ』の中では、最年少ですが、十六歳のアーサーさんにそう言われると、少々複雑な気持ちです」

「確かに、それは、そうかもしれませんね。ハハハハハ」


 私は、思わずかわいた笑いで返してしまった。


 聞くところによれば、彼女は、日本で言うところの高校を卒業したばかり。私から見れば、かなりの若造わかぞうなのだ。


「ですが、こんな小さな依頼いらいにも、毎回、人が同行していたのでは、ギルドとしては、赤字なのでは?」

「同行しているのは、魔物討伐の時だけです。魔物は討伐してしまうと消えてしまう事がありますから、誰かが確認しなければならないのです。それ以上に、魔物の生態調査を国が重視じゅうししているという理由もあります。それだけ国防にとって重要という訳です。あと、今回のような小さな依頼については、私のような見習みならいに経験を積ませるという意味もあります」

「なるほど。そこは、冒険者と同じって事ですね」

「はい。危険な魔物の討伐には、冒険者同様、経験豊富な編纂者へんさんしゃが立ち会います」

「へぇ~」

「それから、レアケースにはなりますが、名のある有名な魔物や災害級の魔物に関しては、編纂者へんさんしゃがいなくても討伐を認められるケースがあります」

「討伐すれば、ぐに分かるって事かしら」

「そうですね。目立つ魔物であれば、うそをついてもぐにバレてしまいます。それにギルドにうそをつくリスクは、結構けっこう、大きいのです。アーサーさんもギルドに対しては、うその報告をしないようにして下さい。資格剥奪しかくはくだつの他にもきびしいばつくだりますよ」

「そんな事はしませんよ」

「それでは、依頼達成の書類をお渡ししますね。これを受付に提出して換金して下さい」

「ありがとうございます」


 私は、依頼書に達成の印の押された書類を受け取った。


「では、戻りましょうか」

「そうですね」


 私達が村に戻ろうとした時、事件は起こった。


「おーーーい。そこの冒険者さん。助けてくれっ!」

「何かあったんですか?」

「あんた、編纂者へんさんしゃさんか」

「はい。私が編纂者へんさんしゃで、こちらのアーサーさんが冒険者です」

「そうか……」


 助けを呼びに来た体格の良い村人は、私の方を見て、あきらかに落胆らくたんしていた。


「何か、あったんですか?」

「そうだった。編纂者へんさんしゃさん、至急しきゅう、ギルドにたのんで応援を呼んでもらえないか? 薬草を集めていた子供達が、狼の群れに追われて森の中を逃げ回ってるらしいんだ。助けてやりたいのは山々やまやまだが、数が多くて俺らだけでは手にえん。間に合わないかもしれないが、やるだけやってはもらえないだろうか?」

「狼の群れですが……。確かに、今から応援を呼んでもきびしいかもですね……」

「僕じゃダメなんですか?」

「いや、それはさすがに……」


 編纂者へんさんしゃさんが、困った顔でこちらを見る。


「僕は、中級魔法までなら比較的自在にあやつれます。狼の群れを追い払う事くらいなら出来るのではないでしょうか?」

「ですが、この手の依頼ですと銅等級以上のランクの冒険者でないと……」

「そうだぞ。お勉強と実戦は、勝手かってが違うもんだ。坊ちゃんには、荷が重い」

「そうですか――」


 その時、私は、無言で『水の杖』をかかげていた。


「おい、いったい何をする気だ、坊ちゃん?」


 シャリン、シャリン、シャリン。

 シャリン、シャリン、シャリン。


「う、うそだろ……。五匹の一角兎いっかくうさぎを一瞬で……」

「これでも僕にはむずかしいですか?」

「しかし――」

 編纂者へんさんしゃさんは、まだまよっているようだった。


一刻いっこくを争う事態なのですよね」

「分かりました。ギルドへの応援は、貴方にたのめますでしょうか?」

「それは、かまわんが……」

「では、急ぎましょう。むずかしいようなら――」

「分かってます。撤退てったいして応援を待ちましょう」

「おい、くれぐれも無茶むちゃはすんなよ」

「ええ。応援の方、お願いします」

「ああ」

「では、行きましょう」


 私達は、森へと急いだ。

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