第5話

 私は、ここにきてようやく、今までかかえていた違和感について、思い切って彼に聞いてみる事にした。


「もしかして――、もしかして、貴方は、わた――僕を見ているのがつらいの?」

「そんな事は……いや……、貴女にうそつうじませんね。確かにたまにではありますが、複雑な気持ちになってしまいます……」

「何だか……。その……ごめんなさい」

何故なぜ、貴方が謝るのです? これは、私の問題ですよ」

 彼は、そう言うとさびしげに笑った。


「私は、私は……。『アーサー様』が意識をなくした後、かなり動揺どうようしていました。ですが……、貴女が目を覚ました時、安心してしまったんです」

「それは、当然でしょう? 意識がなかった主人が目をましたんだから。そりゃあ、安心して当たり前、何もおかしな所はないでしょうに」

「そうじゃないんです……」

 カミールは、首を横にった。


「契約の話は、しましたよね」

「う、うん」

「人と《人形》の契約は、絶対なんです。一度、結んだ契約が、勝手に解除される事なんてありません。そんな事が起こるのは、片方が死んだ時だけです。ですから……、ですから、私は、中身が、もしかしたら、別人かもしれないと――、別人かもしれないと分かっていながら、それでも、安心してしまったんです……。薄情はくじょうなものです……。これは、私が《人形》だからなんですかね……」


「人って……、人って、意外と曖昧あいまいに出来ているんじゃないの。外見が肉親に似ているだけで親近感を持ったり、昔の恋人と似ているというだけで、恋に落ちたり、アンデットになってしまっても、家族というだけで、殺すのを躊躇ちゅうちょしたり――。外見と中身は別物と、頭では理解していても、どうしてもそれに流されてしまう……。そういう事って、意外と多いと思うけど」

「それは、私が、人だったとしても、同じように悩んだという事でしょうか?」

「だと思う」

 私は、静かにうなずいた。


 私は、なんて無神経だったのだろう。

 魔法に夢中になって、はしゃいでいた。大切な人を失ったばかりの彼らの気持ちに気付きもしないで……。彼らは、私の姿に『アーサー』を重ねて見てしまっていたのだ。それは、複雑な気持ちだっただろう。

 私は、自分が恥ずかしくなった。


 同時に疎外感そがいかんも感じるようになっていた。

 彼らは、私を見てはくれていなかった。当たり前といえば、当たり前だ。私は、彼ではないのだから――。


 所詮しょせん、私は、余所者よそものだ――その気持ちは、やまいのように広がっていった。


 そして、いつしか、私はここに居るべきではないとさえ思うようになっていた。


             *


 私はその日、自室で何をするでもなく、ボーっとしていた。心ここにあらずだ。


 そんな時、いつぞやのちょうが弱々しく飛んでいるのが目に入ってきた。

 私は、窓を開けてみる。

 ちょうは、外の世界へとばたいて行った。


 ――そうだ。私も出て行こう。


 今、思えば、おかしな考えであったが、ここにいるべきではないちょうが、外の世界へとばたいて行く姿を見て、私は、ここを去る決心をしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る