第4話

 私は、順調に回復し、身の回りの事は、おおむね一人でこなせるようになっていた。


 歯をみがく為に、洗面台の前に立つ。

 鏡には、相変あいかわらず見知らぬ少年がうつっている。


「私の年齢通りのおじさんに転生しなかっただけましか」


 鏡の中のは、苦笑にがわらいを浮かべていた。


――数週間後――


 私は、『アーサー』である事にもれてきていた。


 それから、この少年が魔法の才能に恵まれている事も分かってきた。しかも、この『アーサー』という少年の魔力は、最上級レベルに達するものであった。特に彼の母親は、魔力に恵まれた家系であり、そのさいを彼はいだのだと思われる。


 魔法――アニメや漫画でしか見た事のないだ。


 この世界の魔法には、四つの系統が存在する。

 女神エリアルのつかさる風の魔法。女神フレアのつかさどる炎の魔法。女神アクアのつかさどる水の魔法。そして、女神ガイアのつかさどる大地の魔法である。


 『アーサー』は、この四つの系統全てをあやつる事が出来た。これは、非常に稀有けうな才能であるらしい。

 それを知った私は、非常に歓喜かんきした。

 異世界転生にチート能力――まさに王道的展開だ。


 そんなこんなで、ヲタク心をくすぐられた私は、色々な魔法を次から次へと試しまくった。

 それはもう、昼夜問ちゅうやとわず。


 カミールやセドリックには、しょっちゅう怒られていた。

 使用人達からもややかな視線を向けられた。

 それでも私の探求心たんきゅうしんは、止まらなかった。屋敷にあった魔導書まどうしょかたぱしから読みあさった。

 それほど、楽しかったのだ。


 この体のおかげもあったのだろう、私は、いつしか、中級程度の魔法を使用出来るようになっていた。


 しかし、私は、魔法の事を考えるあまり、大きな事を見逃していた。


             *


 それは、皆で夕食をっている時の事だった。

 私は、カミールとセドリックがみょうによそよそしい事に気付いた。

 それはまるで、見知らぬ人と相席をしているような感覚だった。

 いや、私は、何を考えているのだ。彼らと私の間には、何の関係性も元々無かったではないか――私の胸は、わずかに圧縮あっしゅくされた。


 その日以降、私は、彼らの視線を気にせずには、いられなくなった。


 セドリックは、明らかに私と距離を置いていた。

 カミールは、普通に接してくれているようには見えていたが、たまに、視線が合うとらす事があった。

 視線をらされるたび、私の心は、灰色にくもっていった。


 そんなある日、事件は起こった。


 屋敷の庭先でツインテールの小さな女の子がほうき持って掃除をしているのが見えた。

 私は、孤独を感じていたのだろう。話し相手になってもらおうと彼女にり、背後からその肩に手を掛けた。


 次の瞬間――。


 気付けば、石畳いしだたみの上で仰向あおむけになり、空を見上げていた。

 私は、この時、何が起こったのか分からなかった。


「おい、貴様! 何をする」

 カミールがこちらにって来る。

「背後から急に触られた」

 メイドの少女がぶっきらぼうに答える。

 私は、その時、やっと状況を理解した。彼女に腕をつかまれ投げられたのだ。


「アーサー様に何をしたのか分かっているのか!」

 カミールが少女の胸倉むなぐらつかんでいる。いくら何でもやり過ぎだ。

 私は、立ち上がり、二人の間に割って入った。


「カミールさん、落ち着いて下さい。女の子にいきなり触ってしまったんです。悪いのは、わた――いや、僕の方なんです」

「しかし、貴女を投げたのです。もし、怪我けがでもされていたら――」

「カミールさん。私をしっかり見て下さい。ほら、怪我けがはありません」

「ですが、彼女は、使用人です。アーサー様にさからう事等、あっては――」

「だとしてもです。見て下さい。まだ、おさない女の子じゃないですか」

「…………」

「ごめんね。おどろかせてしまって」

「別に、大丈夫」

「貴女、名前は何ていうの?」

「パトリシア」

 彼女がぶっきらぼうに答える。

「もう仕事に戻って良い?」

「えっ? ああ、どうぞ」

 彼女は、何事なにごとも無かったかのようにき掃除に戻って行った。

 私が男の人に胸倉むなぐらつかまれていたら、ああも冷静ではいられない。


 ――変わった子だな。


 その時の私は、その程度の認識しかなかった。


「すみませんでした。確かに冷静さをいていたかもしれません」

「どうしちゃったんですか? 少しビックリしちゃいました。カミールさんらしくありませんよ」

「驚かせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「いえ」

「でも、カミールさん、本当にどうしちゃったんですか?」

「私は、貴女の従者ですので、敬称けいしょうは不要です。それから、敬語も」

「あっ、すみま――、じゃなくって、ごめん」

 彼は、また、私から視線をらした。


「で、何があったの?」

「それは……」

 彼は、少し言いづらそうにくちびるんでいた。

「それは……。もし……、もし、アーサー様に何かあったらと……。そう考えると、自分をおさえられませんでした……」

 

 この時、やっと、私は彼の気持ちに気付く事が出来た。

 彼は、深く傷付いているのだ。だから、あんなにも過剰に反応してしまった……。

 そう考えると、これ以上どんな言葉を掛けたら良いのか――私には、分からなくなってしまった。


 ――でも、このままじゃいけない。


私は、ここにきてようやく、今までかかえていた違和感について、思い切って彼に聞いてみる事にした。

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