第2話

 次に私が目覚めたのは、白を基調とした何とも上品な部屋――そこにある大きく豪華なベッドの上だった。


「知らない天井だ」


 ヲタクなら、一度は言ってみたい台詞セリフである。


 ベッドの横には、私の手をにぎって眠っている彼の姿があった――浴室で私を助けてくれた執事?の人。

 彼は看病かんびょうに疲れたのか、ベッドにして眠っており、その空色のやわらかな髪を布団ぶとんの上に広げていた。


 ――私をこんな風に優しく看病かんびょうしてくれたのは、母親くらいだ。


 そんな事を考えると少し幸せな気持ちになれた。


 窓からは、優しい光とやわらかな風が、あふれ出している。

 ここでの季節が、どうなっているのか……それは、私には知るよしも無い事だけれども、今日は、ポカポカとして、とても暖かい。


 めくれたカーテンの隙間すきまから、一匹のちょうまよんで来る。

 まるで私のようだと少し親近感しんきんかんいた。


 上半身を起こし、右手首の方に視線を向けると包帯ほうたいかれていた。

 大した傷ではなかったのか、痛みは無い。


 ――この人は、どうして手首を切ったのだろう?


 まだ、ふわふわとしている頭の中でそんな事を考えていた。


「アーサー様、お気付きになられましたか?」

 私は、右手から視線をはなし、彼の方を向く。

 私がボーっと手首をながめているうちに彼は起きていた。


 ――やはり、この人は美しい。


 私は、思わず見惚みほれてしまった。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、あの……」

 私は思わず視線をらす。

 すると、その視線の先に彼の手が見えた。


 ――私の左手をまだにぎっている……。


 彼は、余程よほど、この『ひと』を愛しているのだろう。

 そう考えると、何故か、少し胸がキュンとけられた。


 しばらくの沈黙ちんもく


 先に口を開いたのは、彼の方だった。


「貴方は、アーサー様ではありませんね……」

「えっ?」

 私の鼓動こどうが一気に早くなった。


「私は、《人形》なのです」

「《人形》?」

「《人形》をごぞんじありませんか?」

 私は、無言でうなずいた。


 彼は、《人形》について、丁寧ていねいに説明してくれた。


             *


《人形》

 それは、一種のゴーレムのような存在であるらしい。ただ、その性質は、全くことなるモノらしい。通常のゴーレムは、岩や泥等を集め、それに魔法をかけて製造されるのに対し、《人形》は、人間の死体を使用し、そこに別の魂を入れて製造するようだ。

 更にゴーレムが、常に命令を出して動くあやつり人形のような存在であるのに対し、《人形》は、ある程度、自分の意思で働く、人間に対して忠実ちゅうじつ召使めしつかのような存在であるらしい。


 《人形》のうつわの条件として、生前、純潔じゅんけつであった事が求められる。それゆえ、通常使用される死体は、若くして命を落とした少年、少女が選ばれるらしい。

 また、《人形》の構造にはなぞも多く、死体の中に新たに入れられた魂の正体については、諸説しょせつあるとの事だ。

 ある者は、悪魔や精霊のたぐいみついていると言い、またある者は、彷徨さまよう死者の魂が定着したのだと言う。

 だが、実際のところ、何も解明されていないらしい。


             *


「《人形》と主人の間では、契約が結ばれます。これは、絶対的なもので容易よういに解消出来るものではありません。しかし、アーサー様が浴室で意識を失われた際、その契約が、突然、消滅しょうめつしました。これは、ない事です。」

「それで貴方は、私が別人であると……」

「はい。その通りです」


 ガタンッ! 

 突然、乱暴らんぼうにドアが開く音が聞こえて来た。


「それは、本当なのかっ!」

「立ち聞きをしていたのですか?」


 部屋の入口の方を見ると、白銀はくぎんの鎧を身にまとった男の人が立っていた。

 同時に目を引いたのは、左の顔をおおっている銀色の仮面だ――これは、後に顔の火傷やけどかくす為のモノであると説明された。

 彼もまた、顔の半分をおおっていてもなお、その凛々りりしい顔立ちが分かるほどの美形だ。

 更に優雅ゆうがになびく金色の髪が、その言動のあわてぶりとは裏腹うらはらに、彼に気品を感じさせていた。


「お前が話していた通り、本当にこの者はアーサー様ではないのか」

「残念ながら……」

「では、誰なのだ」

「それは、私にも……」


 二人の会話は続いていたが、私は、どうにもたまれない気持ちになった。


「あの、すみません。ちょっとお手洗いに……」

「ああ、そうですか。では、私が支えて――」

「えっ! はぁ? ひ、一人で行けますよ。ば、場所だけ教えて下さい」

「この部屋のあちらのドアが浴室とトイレになっています」

「あ、ありがとうございます」


 ――部屋に浴室とトイレが付いてるんだ~。何とも贅沢ぜいたくな……。


 私は、くだらない事を考えながらも、ふらふらと立ち上がり、しめされたドアの方へと向かった。


「一人で行かせて大丈夫なのか? もし、逃げられでもしたら――」

「あの体では、逃げ出したりは出来ませんよ。それに悪い人には見えません」

「確かに悪人ではなさそうだが、くわしい事情をく前に逃走されても困る」

「それは杞憂きゆうに過ぎません」

「しかし……」


 私は、彼らの話を聞かなかった事にして浴室へと逃げ込んだ。


 浴室には、浴槽よくそうとトイレ、洗面があった。綺麗きれいに清掃されており、落ち着ける雰囲気ふんいきがあった。

 私が血まみれでかっていたであろう浴槽よくそうも新品のように掃除されていた。


 私は、ズボンを下ろし、一息吐ひといきつこうとした――。


「イヤーーーーーーッ!」


 私は、思わず大声を上げた。


「どうかなさいましたか!」

 ドアの外から彼が声を掛けてくる。


「だ、大丈夫です。ちょっと転びそうになって」

 私は、咄嗟とっさつくろったものの、頭の中はパニックだ。


 ――股間こかん見慣みなれぬが付いている。


 意味が分からなかった。

 父親の以外で初めて生で見る衝撃しょうげきの『異物いぶつ』。

 いや、二次元の薄い本では、もっといかついを見てきてはいたし、こう言っては失礼なのかもしれないが、少年の体に合った実に可愛らしいだ。

 とは言え、自身の体にえているとなれば、話は別だ。

 その衝撃しょうげきは、はるかに想像をえるものだった。


 私は、男の子になっていたのだ。

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