桜色の王子と空色の従者

善江隆仁

第1話

 その夜、私は友人の英子と言い争っていた。

 内容は、所謂いわゆる『カップリング論争』。実にくだらない内容だ。


「もう、いい! 私、帰る」

 英子はそう言って私に背を向けると、交差点へと飛び出した。


 キキーッ! 


 けたたましいブレーキ音が響き渡る。


 英子に対し、トラックのライトが容赦ようしゃなくびせられていた。

 私は、考えるより先に英子を突き飛ばしていた。


 英子の代わりに、トラックにはねられ遠くに飛ばされた私の体。

 雨にれた道路があかまっていくのが見えた。


「沙也香っ、沙也香っ! 大丈夫。ねぇ、起きて、起きてよ……」

 英子は泣いていた。


「私、怒ってないから、大丈夫よ」

 私は英子のほほれた。


 意識は、徐々じょじょうすれていく。


 ――私、死ぬんだ……。でも、良かった。仲直りだけは、しておけた……。


 こうして、私の人生は、終わりをげる――、はずだった……。


             *


 次に目を開けた時、私はあかまった浴槽よくそうかっていた。


「何、これ?」


 私は、朦朧もうろうとする意識の中で、状況を理解しようと必死になっていた。

 でも、ダメだった。頭が全く働かない。

 その上、浴槽よくそうに満たされたあかい液体のせいで、自身の体の状況すらまともに確認する事が出来ない。

 かろうじて上げる事が出来た右腕を見て、ようやく自分の状況をさっする事が出来た。


「もしかして、私、手首を切ったの??」


 ――このままじゃ死んじゃう。


 そう考えた私は、浴槽よくそうふちつかんで立ち上がろうとした。でも、思うように力が入らない……。

 それどころか、体勢を崩して浴槽よくそうしずみかける。


 そして、私が本気で『死』を意識し始めた時、浴室のドアを叩く音がした。


「アーサー様、どうかなさいましたか? アーサー様。……。アーサー様、入りますよ」


 次の瞬間、浴室のドアが開き、誰かが入ってくるのを感じた。私は、さだまらない視点で必死にその姿を追う。


 ――黒い服? スーツ? 執事?


「何て事だ。誰か、誰か、早く来てくれ」

 彼は、私の様子を見てひどく動揺どうようしていた。

「アーサー様。しっかりして下さい」


 ――『アーサー』って誰?


 彼の顔が近付いてくる。

「イケメン……」

「イケメン?」

 私は、思わず変な言葉を口走くちばしってしまった。これは、完全な失言だ――。


 でも、それは、仕方しかたのない事なのだ。


 銀色ながらあわく青にまったやわらかな髪。あやしく輝く青い瞳。そして、整った顔立ち。

 私は、生まれてこの方、こんなにも美しい男性を見た事がない。


「気をしっかり持って下さい。回復魔法で傷口をふさぎます」


 心地よい彼の声をきながら、私の意識は、再び遠退とおのいていった。


 

――遠い昔、これは私達の住む世界とは別の世界。剣と魔法が支配する世界での物語……――

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