残業

哀想蛍

ただの残業

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

隣に彼女が座る。


「もう11時だろ」

「残業ですよ」

「いやお前仕事早いだろ」

「助け舟ですよ」


後で奢るか。


「後で奢るかとか考えなくていいです。いつも奢ってくれてるじゃないですか」

「先輩の義務なんだよ。一回後輩に奢るようになれば他の後輩にも奢らなきゃ不公平になっちゃうだろ?」


2人でパソコンを鳴らす。時々横目で仕事が早いなあと思いながら。



1:00


「今何考えてましたか?」

「お前仕事早いなあと思ってた」


いつもの倍はあるはずの残業量なのに、彼女のおかげでみるみる減っていく。


「教えてくれたの先輩じゃないですか」

「・・・お前優しいなあ。遠回しに褒めてくるなんて。普通に俺できる奴だって勘違いしちゃうよ」

「それ後輩の残業じゃないですか」

「いや、アイツらも残業してるよ。でもこんな量、1人じゃ無理だろ」

「皆さん帰ってるじゃないですか。なんでトイレこもって、ずっといない振りしてたんですか」

「馬鹿か。俺いたら帰りづらいだろうが」


不服そうな顔をする。


「その立ち位置によくなれますね」

「良いことも悪いこともやったことはちゃんと返ってくるからな。お前みたいに俺のことを見てくれてる人がいるから頑張れるんだよ」

「先輩は凄いです」

「自分でもどこかそう思ってるよ」

「じゃあ取り消します」


キーボードが鳴っている



3:00


「お前休めよ・・・って言っても俺が逆の立場になったら申し訳無くて無理だな」

「よく分かってるじゃないですか」

「後輩にカッコつけるって気持ちいいんだぞ?お前後輩と一緒に何かしたり無いのか」

「いませんよ」

「慕ってる人はいるはずだけどなあ。皆から質問されてるし、お前隙間時間で人助けしてるだろ」

「先輩も助けてくれたじゃないですか。ちゃんと叱りながら。自分がされて嬉しかったことは他人にもやってあげようと思えるんですよ」

「そうか」


泣くのを堪える


「なんか俺ちゃんと頑張ってるの意味あったんだな。誰かに影響与えられてることが嬉しいよ」

「さっきやったことは返ってくるって言ってたじゃないですか」


5:00


「お疲れ様です」


もう日が昇っている


「本当にありがとう」


後輩の前だからという意地だけで顔を作り、頭を回す。


「コンビニでも行く?」

「奢らないなら行きます」

「わかったよ」


中華まんを頬張り、それを見た彼女も中華まんを買っていた。外の肌に張り付いているような感覚にまだ夏が残っていることを感じる。


「もう手伝わなくていいぞって言うのが正解かもしれないけど、正直に言うと本当に助かった」

「次からも手伝いますよ」

「俺は嬉しいよ?でもあんまり思わせぶりはしない方がいいと思うぞ」


頬張りながら言う。


「ちゃんと言葉には出してませんでしたね」


「私は好きですよ。ずっと。心から」














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残業 哀想蛍 @hurumonnn

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