第二章【2】

【二】

「お爺ちゃんは絶対に正面切って戦うなんて言わないんだ。それで、引っ掛けだなってわかった」

「いや……つーか聞いていい? あれ何なの!? どうやったら、まるで時間が飛んだみたいになんの!?」

「時間を止めてるから」

 言われた通りに時間が止まった。

 言葉の意味をよく考えるが、どう考えても意味は一つしかなかった。

「そんなんあり?」

「えー? わかんないよ。キミの方が詳しいでしょ」

 悲しいことに、そこまでだ。

 まだまだ母に手取り足取り教えてもらいたいことがわんさとある。

 戦いの度に気づくというやり方では生命がいくつあっても足りない。

 姉を蘇らせるために、すぐにでも強くなりたいが、それで死んだら意味がないと真田剛毅も理解している。

「ようやく迷子さんを見つけたわぁ」

 轟音と一緒に壁に横穴が開いた。

 またしても全てが終わってから母が降りて来た。

 傷一つないが返り血と書類の切れ端やインクの染みなどを多くこさえてきた。

 泰然、柔和そのものな彼女が、騎士としても母としても怒気を放っている。

 息子を探して、よほどあちこち回ったのだろう。

「何が起きたかは一目瞭然ね」

 遠には一貫して”死んでもやむなし”という姿勢を取っていた魔法少女の騎士だったが、キャナリークライが遠にしたことに、不快感を見せた。

 眉間に皺を寄せ、老人を睨みつける母を初めて見た。

「魔法少女と対極の属性であればあるほど力が強まり、逆説的に強力な力を引き出すことができる。けれども……貴方のものは違うわね。”永遠”または”長寿”といったところかしら」

 どういうカラクリか、一目で松平源五郎のことを深いところまで見抜いたようだ。

 遠が目を丸くしていることからも、母の推測は当たっているようだ。

「そういうことだったんだ」

「ま、まあ俺もいつからこれくらいすぐわかるようになるからよ!」

 無駄に母相手に張り合ってみたが、遠からの反応はない。

 キャナリークライだった人間。

 やせ細りすぎていてわからないが、目を凝らすと呼吸が浅く、安定しない。目の焦点も合わない。

 顔色は血の気が通わず、青白いを超えて蝋のそれだった。

 死相というものが強く見えた。

 この老人は今にも命の灯火が尽きそうになっている。

「それで時間を止める力を持っていたのか」

「ええ、そうよぉ! ……時間を止めたの? ………………時間を? 十分に可能だけれども。それが”双極”にも関わってるならなおさら。けれども、魔法少女と”永遠”はあまり遠い属性ではないから、ほとんど時間を止めることに魔力を注いでいたはずね。でもそこまでやったらろくに動けないはずよぉ……」

 たしかにキャナリークライ自身が高速で動いていた、または怪力を発揮したシーンはなかった。

 つくづく見事なハッタリ使いだった。

 ヤクザという身分、冷血ゲンガー、血の気の多そうな振る舞い、遠への折檻すら己の力を誇示するブラフだったのかもしれない。

「きっとごうちゃんが何も考えずに突っ込んで力押ししたらすぐに終わったでしょうけども……それは無理だから仕方ないわねぇ」

 まるで、自分がツッパリとは名ばかりにひたすら攻めあぐねていたと知っているかのようだ。

 それはそれとして母騎士が来てくれて安心する。

 勝利を収めはしても、そこからどうするかのプランがなかったのだ。

「まずはお宅のお子さんがうちの剛毅と凄く仲良くさせていただいて、ありがとうございます〜〜。今後とも、うちの剛毅と仲良くしていただけると嬉しいです」

 礼儀正しく、外行きの甲高い声で深々とお辞儀をした。

 琴音の友人関連でよく見る光景だ。

 自分のことで見るのは初めてだと剛毅は思った。

「あと、一つだけ言わせてください。――――貴方は最低です」

 真田剛毅の負傷だけではない、遠に痛々しく刻まれた折檻の痕が、騎士の心を逆撫でした。

 今にも足を挙げて老人を踏み潰しそうな、そんな怒りの形相。

 場の空気が凍った。

 怒りを向けられている本人だけは死にそうながら、平然としている。

 迫りくる死と彼の人生に比べれば、母のオーラすら子供じみているのだろうか。

 深呼吸して母がいつもの調子に戻った。

「それじゃあお喋りの時間ねえ。大丈夫よぉ、素直に話してくれたら何もしないから。それで、貴方は何がしたいのかしら? 見たところ、お金目当てじゃないわね。今にも息を引き取りそうだもの。そうなると、狙いは? 交雑乙女になって、魔力を使って、どうしたいの?」

 手足の自由は奪ったが、顔には鎖を巻いていない。

 ずっと話せる状態にはしてった。

 母がここまで死にかけの男に剛力を振るうとは思えないが、家族のためなら彼女はやるだろう。

 松平源五郎は、死に体同然ながらも瞳の鋭さを鈍らせない。

「俺の狙いは……おめえらの生命さ」

 この状態でまだ言うのかと思ったが、ナイトスターの背にヒヤリとした危機がした。

 殴り飛ばして拘束して倒したと安心していた。

 遠はそもそも”暗殺者”としての意欲が酷く不足していたからそれで済んだ。

 なによりも、真田剛毅は震儀遠はダチになれたという実感があった。

 しかし、このジジイはどうだ。

 何も底が見えないままだ。

 キャナリークライは”ブラフ”と”トリック”だけでナイトスターの腕を飛ばし、腹に穴を開けてみせたのだ。

 朱黒い闇が広がる。

 まだ余力を残していたのか。

 時間が止まった。

 縛るのに用いた鎖から源五郎が抜け出した。

 行方を探すと、母が弦糸の束をバラバラに引きちぎっていた。

 騎士の頸動脈の位置に糸の攻撃が当たるも、表皮すら傷つかず。

 逆に一発のビンタでキャナリークライがノックアウトされた。

 今度こそ変身が解け、意識が途切れた。

「お、おじいじゃんが……冷血ゲンガーが瞬殺された」

 腰を抜かさんほどにたまげた遠。

 隣で真田剛毅は本当に腰を抜かしていた。

 あれほどに苦労した相手も、この母にかかればパンチ一発。

 まったく理不尽に過ぎる。

 これが母騎士の強さだというのなら、魔法少女ナイトスターが一人前になるのは遥か先だ。

「この人のことはもう気にしなくていいわ。貴女はこれからわたしたちの庇護下に入るもの」

 遠の肩に手を載せて、騎士が力強く告げる。

 松平源五郎のことは一瞥もしていない。

 母の中ではすでに

「で、でも……」

「良いのか、母さん?」

 尋ねる少年の鼻の頭を、母が人差し指で突いた。

「助ける、匿うと決めたのはごうちゃんよぉ。あなたが決めたんだからいいの」

 さっき母が言ったことでもある。

 しかし、それでも“自分が決めていいのか”と思ってしまう。

 男らしくいようとずっと努力していた自分は何だったのか。

 実態はどれほど力をつけてもこんなにも母に依存してしまっている。

「もうこの子のお世話ができる人が他にいないでしょう?」 

 どれだけ粗末に、乱雑に扱われても、遠としてはまだ養親への未練が強いのだろう。

 母と息子の話し合いを聴いても、口を挟もうとしない。

 困ったように源五郎と母を交互に注意を移している。

 さっきの戦いのように眼球を意図的に動かしているわけではない。

 頭を注目している方へ傾けているのだ。

 暗殺者として育てられた彼女がそんなわかりやすい仕草をするわけがない。

 それだけ不安がっているということなのだ。

 こうなったら腹をくくるしかない。

 この少女の人生の責任を自分が引き受けるのだ。

「よし」

 頷き、遠の肩に真田剛樹が腕を回した。

 彼女の頬に自分の頬をくっつくてなるべく明るい声で励ます。

 こんな時、少年はいつもやってから気づく。

 距離を詰めすぎた。

 常識的に考えて、顔を離しそうになるのを、意識してよりくっつける。

「いいじゃねえの。一緒に住もうぜ! 少しの間でもいいからよ。あのダンスとか教えてくれよ!」

「あ、あれはただ思うように動いただけで……」

 戦いの後で汗ばんでいる体でくっついてしまったが、しどろもどろになった少女の体温もたちまちに上がった。

 火を操る演舞を獲物にしていただけあって、体温が高くなりやすいようだ。

 それとは関係なく、凄腕の達人だから新陳代謝激しく、常にカロリーを燃やしているだけなのかも。

「いいじゃん。俺もダンスしてえよ。あれかっこよかったもん。そのためには、毎日あれを見せてくれよな」

「う。うん……」

 冷血ゲンガーのことはひとまず忘れ、震儀遠はひとまず親子の厄介になることを受け入れたようだ。

「よっしゃ、じゃあ、コトのことも改めて紹介するからよ!」

「それは駄目よ。まだ、あの子の安全が保証されてないもの」

「ああ、そういやそうだった。お前らに俺らの情報を渡したのって結局誰なんだ?」

 そもそもの発端をこれまで忘れてしまっていた。

 母すらも息子に呆れて溜め息をついた。

「それは――――」

「素晴らしい出来栄えだ」

 乾いた拍手。

 分厚い手と手が打ち合う独特の重低音が響いた。

 真田剛樹の細い腕と、プルプルした柔らかな皮膚では絶対に無理な音だ。

 変身を解いていた真田少年は首を傾げ、遠は身を強張らせた。

 彼女の知覚力をもってしても、声の主の接近がわからなかったのだ。

 時間を止める能力にも対応してみせた彼女が。

 聞き覚えのある気がする声。

 母だけが現れた人物に声を震わせた。

「貴方は…………!!」

「そうだよ、真田桃香」

 勝者なスーツ、分厚い胸板。

 後ろに撫でつけた清潔感のある髪型。

 一目でわかる”立派な男”。

 真田少年に交雑乙女のことを教えた市長がいた。

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