第一章【7】
【七】
その夜、市長に電話をしようと思った。
これは気分が落ち込んだからでは決してない。
初勝利のテンションのまま、ありえない可愛子ぶったポーズをしたからでは、決してない。
魔法少女の力を盗んだ敵を倒したり、進展があったりしたら知らせるように言われていたからだ。
早速、電話をかけてみると、数回のコールで市長が出た。
『どうしたんだい?』
「さっそく一人倒しました」
電話の向こうで口笛を吹いたのが聞こえた。
健闘を称えるものだとわかった。
悪い気はしない。むしろ、とても嬉しい。
男らしさを認められた実感があった。
社会的成功を納め、実力もある人間に称賛されると、自分が大きくなった気分になれる。
「しかしビビりましたよ。ケツの交雑乙女って奴でした。そんなのがいるのかよってなりました」
『それは…………驚きだな。ありえなくはないが……しかし……ふむ』
デビュー戦で戦ったケツの魔法少女について報告する。
自信満々、泰然自若な市長のことだ。
ケツについても、もっともらしい詳細な解説をくれると予想していた。
しかし、実際には向こうにとってもケツの交雑乙女というのは驚くべきものだったようだ。
『まあ……これでわかっただろう。交雑乙女とはそういうものだ。魔法少女の力を持つのが重要なのではなく、”魔法少女の力を持って何になるかを選んだか”というのが存在と力の方向性を決める』
「それはよくわかりました」
おかしな話だが、ケツの交雑乙女はケツになってから、”ケツ”という属性をより強化させたように見えた。
つまり、双極に”ケツ”を選び、変身をしたことで魔法少女の待遇存在であるケツとしての存在感を強めたのだ。
意外な話だった。
それは、真田剛毅にも通じることだった。
杖に意志を、願いを伝えることで、形が変わり、自分の精神状態にマッチしたものに変化した。
「魔法少女の力を手に入れたっていうから、魔法少女と戦うもんだと思っていましたぜ」
『そうだね。ならば魔法少女とは何か? 君にこれを言うのは厳しいことかもしれないが、魔法少女それ自体はただの種族名称だ。人間、動物、地底人、深海人、宇宙人、異世界人、異次元人。そこに魔法少女が並ぶだけ。重要なのは魔法少女になってどんな自分になるのを選ぶかだ。それこそが”双極”足るものである』
姉の勇姿と偉大さを胸に焼き付けた真田剛毅にとって、魔法少女がただの種族でしかないというのは、容易には受け入れられない。
彼にとって、魔法少女とは姉のことであり、魔法少女とはこの世で最も勇敢で素晴らしい太陽だ。
それがただの種族、定義でしかないと言われたら、あまりにも冷たく無機質に感じられる。
『だが忘れるな。“双極”を定めれば、それは願いとなって魔法少女を強くする。しかし、それは魔法少女を基としてこそだ。願いのみを求めれば、君もそのお尻の交雑乙女のように、双極に呑まれた怪物になるだろう。魔法少女とは力であり、兵器だ。使い道を誤れば、我々を殺す。油断は禁物と覚えておくと良い』
兵器。力。
シンプルに表現しているだけなのは理解している。
頭ではわかっていても、心でも理解できるかは別だ。
少年の心には、幼心に焼き付けた姉の勇姿が理想像として、心、存在の核心に根付いている。
「俺は…………魔法少女をそんな風に考えたくはない」
『そうか。君も魔法少女というシンボルに魅了されたんだな』
淡々としているようで、その言葉は吐き捨てるように、突き放すように聞こえた。
聞き間違いかと重い、沈黙するとややあって市長は話を戻した。
真田剛毅の知らない男の姿が見えた気がした。
もっとも、声を通しての姿形であり、結局は勘違いの可能性もあるのだけれども。
『これから戦う相手がどんな双極を選んだのか、注意したまえ』
「わかりました。俺は……そういうのを選ばなくていいんでしょうか?」
『まだ早いよ。まずは魔法少女としての地盤を固めなければ。本来なら、使い魔が教えてくれるものだしね』
母と同じことを言う。
使い魔は写し鏡。
それを通じて魔法少女は成りたい自分になっていく。
成りたい自分。それはツッパリだ。
それなら、具体的にはどんなツッパリ?
真田少年は自分の心のことなのにわからない。
『ところでその交雑乙女は男かい? 女かい?』
「女ですよ。当たり前じゃないですか」
おかしなことを聞くものだと思いながら真田少年は答えた。
少しの沈黙の後に、市長は上機嫌に話した。
『とにかく素晴らしい第一歩だったね』
短い言葉だが、それだけで真田少年の全身に特濃の栄養ドリンクをぶちこまれたかのような気分だった。
これは人気が出るわけだと、社会をまるで知らない少年にもわかった。
彼の言葉には人を勇気づけさせ、力を与えるものがある。
「それと……俺の魔法少女としての名前も……名前も決めたんで……決めたんだ! ナイトスター!!」
うっかり相手の偉大さに呑まれそうになるのを堪え、敢えてツッパリとしての話し方を押し出した。
ほとんどその場の思いつきでしかないが、少年は少しでも会話をしたい気持ちになっていた。
『どの星のことだい?』
しかし、返ってきたのは至極落ち着いて冷静な言葉だった。
意表を突かれた少年の声が上擦った。
「ど、どの星?」
『夜には無限の星が浮かぶじゃないか。具体的にはどの星のことを指すんだい?』
「そ、そんなことは少しも考えてなかった……」
ただ、少年は思ったのは太陽同然の輝きを持っていた姉の下として浮かんだ名前というだけだった。
『魔法少女が己をどう定義するかは大事だよ? これは第二の名前なんだ。最初の名前は親につけられるが、二番目の名前は自分がこれからどう生きるかを定義するものになる』
漫画のヒーローとほとんど同じ言葉だと少年は感動した。おしめを履いて宙に浮かびながら他人の家を覗き込んでいた男の発言なのを忘れてしまったほど。
市長ほどのカリスマ性があれば、これほどの説得力を持たせられるのだ。
「じゃ、じゃあ俺は一番眩しい夜の星になるんです!!」
『それは月じゃないのかい?』
「ぐっ……!!」
『せいぜい悩み、藻掻き、苦しんでいくことだよ、少年。そうしていくことで男は大きくなるものだ』
そう言って市長は笑った。
男。良い響きだ。自分のアイデンティティが定まる気がする。
『とにかく。ひとまずはおめでとう。良いデビューができたようじゃないか』
自信と健康、力強さに満ち溢れた声音。心地良かった。
会話が終わり、市長が電話を切ろうという瞬間、忘れかけていたことを思い出し、口に出した。
「母と知り合いだったりしますか?」
ふと引っかかったことを尋ねた。
『……何を聞いたのかな?』
市長と初めて会った日。
戻ってきた母に、市長とのやり取りを打ち明けると、その話題から逃げるように、それ以降の話を打ち切った。
彼女がそんなことをするのは見たことがない。
市長との間に深い因縁があると思うのは当然だった。
『彼女とは方針の違いがあった。君の御母堂は魔法少女の力に深く手をいれるのをあまり良しとしていなかったからね。それ以上は、今は関係のないことさ』
母と同じく、市長まで言及を止めた。
二人とも、触れたくないことがあるのか。
これまでTVを観ていても、市長が知り合いだと言ったことはない。
そんな素振りもなかった。
交雑乙女の名前が出た瞬間、母の顔がこわばったのだ。
「わかりました。母に折りを見て訊いてみます」
『こうは考えられないか? 私は彼女にとって特別だったと』
もったいぶった言い回しだった。
相手の言葉の意味するものを少し考え、思いつかずに少年は訝しんだ。
そもそも母の交友関係などよく知らない。
琴音関連のママ友と話をしているのは見たことあるくらいだ。
少なくとも特別な友人というのはいなかった。
考えていると電話の向こう側から忍び笑いが聞こえてきた。
『ハハハ、少しからかいたかったのだが、それも通じないようだったね』
真田剛毅はわからないままに話を促す。
「……まあ母のことはいいです。貴方、姉には何をしていたのですか?」
『私は君のお姉さんの支援者だったのだよ。彼女が戦いで図らずも破壊してしまった物や、救助した身寄りの無い人々の保証をしていた』
市長の話に違和感はない。けれども少し意外だった。
なんとなく真田姉は助けた相手には直接、触れ合うイメージであり、そうして戦ってきたことであれほどの支持を得たのだと思っていた。
だが言われてみると不自然なところはない。
プリティプディングは多忙を極めていた。
援助が必要と考える人がいてもおかしくない。
「姉がお世話になりました、ありがとうございました」
『礼は不要だ。仕事でもあったからね。とにかく、そうだ。私も君の姉君も同じ思想を持っていた。”一人で戦い抜く強さを持ち続けろ”っていうことだ。そうでなければ戦いを生き抜くことができない。助けを借りるのは万全の個人がいてこそさ』
その言葉はとてもスムーズに少年の心に滑り込んできた。
まさにツッパリの生き方だった。
完結した個、それがあってこそ誰かの助けも活きる。
十分に周りの援助を自らの力にできる。
姉も同じ思想を持っていたのは、なんだか誇らしい気分だった。
姉がそのような流儀で生きてきたのは全く知らなかったが、そうなら自分もそう生きなければ。そう生きて良いはずだ。
真田剛毅はプリティプディングの後継者なのだから。一時的。一時的だけれど。
『盛大な星になりたまえよ? 新たな魔法少女ナイトスター』
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