第一章【5】

【五】

 衝撃のことというのは続くものだ。

 ”怪しい奴の目星はついてるわ! とにかく杖と向き合ってね”と母は何処かに出かけ、家でひとり留守番をしてから夜になって眠りについた。

 熟睡の中で窓を叩く音に起こされると、身なりが良くて、精悍な顔立ちの男性が窓の外に立っていた。

 2階の窓から見える彼は、屋根の上に立っているかと思いもしたが、立つ足場もない。

「うおぉっ!?」

 ベッドから跳ね起きて部屋の隅っこに避難し、見間違えじゃないか目を擦って確かめようとする。

 何度目を擦っても、外にいる男が消えない。

 よくよく目を凝らすと、それはこの街の市長だった。

 夕食時にもテレビで魔法少女について語っていた。

 この街の市長は、非常に意欲的な男だ。

 TV出演をし、魔法少女の戦いにおいて二次被害を受けた施設には訪問をする。

 闇の軍勢との戦いで受けた被害の復興、孤児の援助、失業者への福祉に力を入れている。

 メディア出演の多さ、街中に貼られる多数のポスターから、真田剛毅でも知っている。

 ファンと言っても良かった。

 この男は、真田剛毅が定義する“男らしさ”の権化。

 いつかはこうなりたいと夢見ていた。

「君が魔法少女かい?」

「え、えええ……あんた……!?」

 だがそんな有名人がなぜ、窓の外にいてこちらへ呼びかけているのか。

 しかも宙に静止してすらいるのだ。

 これはただごとではない。

 あの化け物達の同類かとすら疑ってしまう。

「失礼した。私は先代魔法少女の仲間でね」

「そ、そうなんですか!?」

 母が騎士だったの次は知らない姉の仲間が市長だったというのか。

 初耳だった。それならもっと早く識りたかった。

 どうして次から次へと矢継ぎ早に突然、正体を現すのだ。

 自分がこれまで認識していた世界がどれだけ隠し事に満ちていたのか痛感する。

「そんなの聞いたことがないですよ……?」

「彼女は愛する弟を巻き込まないように気を遣っていた」

 事実だ。

 少年は魔法少女として戦う彼女の背中を見上げる日々で、具体的なことを教わったことはない。

 すべてを遠くから見て、両親との会話を通して察しただけに過ぎない。

 悪く言えば自分は蚊帳の外だった。

 言葉に詰まって憮然とした真田へ、市長が頷きかけた。

「安心してくれ。なにも取って喰おうってわけじゃない。私は魔法少女の力を以前から研究していてね」

「なんでですか?」

 ともすれば上の空になってしまいそうになるのを耐える。

 市長の振る舞い、自身に満ちた話し方は、無条件で心酔してしまいそうになってしまう。

 元からこの男をとても好ましく思っていたのもある。

「魔法少女の力は研究・解析されるべきだ。そうして次に邪悪なものどもが攻めてきても、できるだけ自分たちだけでも防衛できるようにしなければならない。もしかしたら、魔法少女無しに世界を守れるかもしれない」

「すごいですね……俺なんかには及びもつかない」

 真田剛毅が考えたこともない発想だ。

 世界中の武器を集めようとも傷つかないのが、魔法少女の敵。

 魔法少女プリティプディングひとりでは守りきれず、どれだけの数の命が喪われていったのか。

 それを思えば、魔法少女の力そのものの研究は、なるほど有用極まりない。

「可能なんですか? そんなことが」

「私が今浮かんでいるのが見えないかい?」

 両腕を広げてそう言われるともっともだ。

 通常の人間は空を飛ぶことが出来ない。

 しかし、当然だが怪しさが凄まじい。

 そうだ。不審過ぎる。

 何故、この真夜中に、窓の外に、市長がいる。

 お昼に適切な方法でアプローチしてきたら、真田少年はとっくにたぶらかされていただろう。

 話をしに来るとしてどうして夜なのか。

「構想としてはあと1年で、魔法少女の力の研究が終わり、市警に試験的な導入をさせるつもりだ」

 まさか魔法少女になってそうそう、魔法少女技術の民間実用化を聞かされるとは思わず、真田は上手く反応できない。

「…………それは素晴らしい」

 嫌味も皮肉もなく、純粋にそう思った。

 あの力を誰もが普遍的に持てるものにしたら、どんな化け物も朝飯前だろう。

 真田剛毅が魔法少女になってフリフリの服を着るなんて、どうでもよすぎる悩みだ。

 市長のプランが実現すれば、世界そのものが変わる。

「けれども、みんなが受け入れるんですか? 魔法少女の力なんて、裏があると思ってもおかしくないと思いますけれど」

「誰か一人に力を与え、魔法少女の威容を追体験してもらえば必ず受け入れられる。人は無力であることに耐えられない。力を喪うことにもだ」

 含蓄のある言葉だった。

 そして的を射ているようにも思う。

 真田剛毅も、魔法少女になるのを決めたのは”このまま死ぬのは嫌だ”というものがあった。

 加えて、何よりも常に彼の魂を縛り付けてやまなかったのが無力感だ。

 姉を見上げるしかなかった自分。

 血の繋がった方の家族を全員喪った過去。

 市長の言葉に間違いはなかった。

 彼の言う事、行動、全てが正道に思えた。

 見た目と中身がこれほどに一致していると、人はそこにカリスマを見出すのだとわかった。

「君もこの平和な時代に魔法少女になったのだ。先日に酷い事件があったとは言え、力も暇も持て余していることだろう。私は目下、あの異界を召喚した者を探している。君は脱走魔法少女を探してくれないか」

「脱走魔法少女?」

 聞き慣れない単語に真田は首を傾げた。

 魔法少女なんてものは一人しかいない。一人しかいないのであれば脱走する者がいるわけがない。道理だ。

「私の研究結果を持ち去った者達だ。こちらの理想に共感してくれたと思ったのだが……」 

「駄目なことなってるじゃん!?」

 あまりに早いお約束の展開の到来に、今代魔法少女は敬語を忘れるほどにのけぞった。

 自信満々、余裕たっぷりに話していた市長は、己のプロジェクトの失態すら堂々と言うようだ。

 表情を一切変えることなく、批判を受け流す。

「正論だが重要なのは再発防止と、事態の収拾に努めることだ。そのためには君の力が必要だ。特徴はそう。私の下半身を見たまえ」

 言われた通りに視線を相手の下半身に移す。

 そこにはあまりに自然すぎてそうと認識できなかった圧倒的な異物があった。

 ずっとそこにあったものだった。

 白く、紙製で、赤ん坊がつけるもの。

 ブリーフだったらどれだけよかったか。

「お、おし…………」

「べつの呼び名の方が私は好きなんだがね」

「おしめーーーーーーっ!!!!」

「まあいい。次からはおむつと呼んでくれ」

 市長、自信満々で威風堂々。社会の革命児を体現しているようにすら少年には見えていたせいで、まったくわからなかった。

 この男は下半身には何もつけていない。正確にはおしめ以外には。

 そう。おしめ。赤ん坊、または老人がつけるもの。

 ウサギさんのプリントがあるということはウサギ用か。そんなわけはない。真田剛毅は自分で自分の推測を否定する。

 おしめを開示された衝撃に硬直した少年に、市長は頷きかける。

「これが人造の限界だ。純粋な混じり気なしの魔法”少女”にはできない。何かを混ぜなければ。それも”正反対”にあるものを。光が強ければ闇も強くなる、魔法少女と反対のものを強くすればするほど、魔法少女としての力が増していく。双極と混ざれなければ魔法少女になれない者を私は交雑(まざり)乙女と呼んでいる。私の場合は”赤ん坊”との交雑乙女ということだ。よく見て覚えてほしい。君がこれから戦う相手はこういう者達だ」

 なるほど、魔法少女と赤ちゃんという同じ地平線の真反対にいるもの同士だ。

 赤ん坊の性質を強めれば強めるほどに、魔法少女としての力が強まっていくということか。

 目眩がする光景ではあるが、究めて合理的と言えよう。

 わからない。本当にそうなのか? しかし、市長のカリスマとおむつに脳をシェイクされた真田松園には何も判断ができなくなっている。

「これは君のような正統の魔法少女にも通じる理だ。魔力だけでなく、エネルギーとは反発、反動があってこそ爆発がある。私は赤ん坊としての児戯(オギャ)りに適正があった。君も己の【魔法少女と双極】たる属性を探していいだろう。それが魔法少女としての存在感を逆説的に高めてくれる」

「そ…………そんなこと言われても……!」

「力を持った者達が何と混ざるかはわからないし、予想もできない。強力な魔法少女を生み出す組み合わせを見つけた者もいるだろう。それでも私は君に協力してほしいのだ」

 と、言われても真田としては首を縦に振る理由がない。

 真田剛毅は望んで魔法少女になったわけではない。

 むしろできれば早く辞めたい立場だ。

 ここにいるおしめをつけて浮遊する市長のような、キャパシティを押しつぶすようなものと戦う危険があるのもわかった。

 なのに、わざわざ市長の独断専行の尻拭いをしろというのか。

「君のお姉さんは魔法少女を希望のシンボルにした。どれだけ辛い状況にあっても、空を見上げて君の姉を見つければ、人々に笑顔が浮かんだ」

 薄い膜のような笑みを称えていた男が、真剣な顔になった。

「私のせいで、お姉さんが遺した希望を穢してしまう。どうか、君も手伝ってくれ」

 背筋を伸ばし、ずっと泰然とした態度で、語っていた市長。

 そんな彼が一転、深々と頭を下げられた。

 見事な謝罪の姿勢であり、社会経験がない少年をしても、市長より誠意を受け取ってしまった。

 姉を出されては真田少年も応じざるを得ない。

 少年のただ一つの誇りであり、夢であった姉の勇姿・偉業の危機ともなれば、真田剛毅も動くしかない。

「わかりました。協力します」

「本当かい!? ありがとう。いやあ正直なところ最悪、私がやろうとも思っていたんだがおむつの魔法少女で顔は壮年男性というのはなかなかにねえ? ハハハ!!」

 返事を聞いて、分厚い印象、無骨とさえ言える骨太な男が破顔した。

 彼がどうしてメディアに出て、市民人気もあるのかがわかる。

 中身も見た目も骨太、その上で気さくでユーモアもある。弱さ、おむつを見せることにも躊躇いがない。

 これが本当の男の中の男だと思った。

 少年の細く小さな手を握って大きく上下に振る市長を見ると、むず痒い達成感を覚えてもいる。

「それでは、後で君に連絡する。交雑乙女の予想出現場所だ」

「はい!」

「君には期待しているよ」

 そう言われ、脳天から稲妻を打たれた気分になった。

 市長が消え、何もいなくなった夜闇で、真田少年の腹の虫が鳴った。

 すっかり目も覚めてきたし、夜食を作ろうと思っていると、遠くからジェット機の飛行音めいたものがやってきた。

 それは高速で弾みながらどんどんと近づいていくる。

 屋根に激突してから剛毅の窓に母が転がり込んできた。

「今、誰か来てたでしょ!? 大丈夫!!?」

 アップにしている髪が幾筋か垂れ、息を荒くした騎士が叫んだ。

「おしめをした市長が来てた。魔法少女の力を研究してて、その力が盗まれたから、盗人退治に協力してって言ってたぜ。交雑乙女って言うんだってよ」

「………………なんて?」

 真田少年なりに短く端的に纏めた説明だったが、母には通じなかったようだ。

 今あった会話をどのようにわかりやすく纏めるべきだろうか。

 うんうんと唸り、ややあって良い答えを思いついた。

「俺は把握してるから全部任せろってんだ!」

「ダメよぉ。ゆっくり、ゆっくり”いつ”・”誰が”・”どこで”・”何に”・”何をしたか”を一つずつ説明しましょ? 一歩ずぅつ話をしたら気付けば説明は終わるもの」

 頬を指で摘まれ、静かに順序立てて諭され、真田剛毅は頷いた。

 こういう調子で諭されては息子としては反抗の余地はない。

 足を震わせてカクカクと首を縦に振った。

 とにかく、妙なところからだが、手がかりは降ってきた。

 母がどれまでのことを掴んでいるのかはわからないが、これを活かさない手はない。

 まずは市長経由でどうにかしなければ。

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