クズ

杉 司浪

嘘つき

 僕には同棲している彼女がいる。大学生2年生の頃から付き合いはじめ、もうすぐ3年が経つ。彼女はそんなに美人ではない。ただ、服と音楽の趣味が一緒で考え方が何となく似ていた。僕たちは会ってすぐに意気投合し、付き合った。僕はずっと彼女が大好きでそれは変わらないことだと思っていた。一緒に音楽ライブに行ったり、一緒に服屋さんで似たような服を買ったり、カラオケでは互いに歌う曲を全部知っている程、趣味が同じだった。彼女がどれだけ自分の欠点に落ち込もうと僕には彼女の全てが可愛く映っていた。彼女がどれだけ自分に自信がなくても、彼女だけをみて彼女だけを好きでいると誓った。

 社会人になった僕たちは、同棲をはじめた。ずっと好きな人と一緒に暮らせる、僕は幸せ者だと思っていた。一緒に家具を選びに行ったり、これからの人生設計を楽しく考えた。引っ越しも互いに助け合い、喧嘩など一度もしたことがなかった。彼女と暮らしはじめて半年が過ぎた頃、僕は彼女の好きなところをすっかり忘れていた。彼女は付き合った当初よりも随分と体が大きくなっていた。仕事が終わって家に帰れば、先に帰宅していた彼女が家事をせずに携帯を触っている。洗い物や洗濯物を畳むくらいしてくれてもいいのに。僕はそんな小さな不満をいくつも抱えるようになっていた。僕が仕事の飲み会で帰宅が遅くなる日、彼女は寝ずに僕を待って不機嫌そうな顔をした。ただいまと言っても返事はなく、はやくお風呂に入りなよと冷たい言葉を毎回投げかけた。友達との食事で帰宅が遅くなる日はもっと酷かった。彼女はいつも独り言のように話はじめ、僕が聞いていないと怒った。僕の仕事が休みの日は、彼女はずっと話しかけてきた。僕は一つ一つの行動と共に放たれる独り言、何もせずに不機嫌そうな顔をする彼女にうんざりしていた。少しは静かにしてくれ。直接伝える勇気もなく、心の中でイライラを溜め込んだ。

 仕事場でできた同期に、やたら気の合う女の子がいた。見た目はとてもタイプで服と音楽の趣味以外全てが共通していた。女の子と話す時間は楽しくて、毎回あっという間に僕の門限が迫ってきた。何度か女の子と食事をし、僕はどんどん女の子に惹かれていった。ある日女の子と居酒屋で飲んだ後、女の子の家で飲み直した。彼女には友達の家に泊まると連絡をし、返事は返ってこなかった。僕はそのまま女の子と一緒にホラー映画を観て、くっついて寝た。女の子は柔らかい猫っ毛で抱きしめると程よい肉感はあるものの細身で僕好みだった。僕と女の子は簡単に一線を越えてしまった。男女の友情は性行為の上に成り立っていると僕は勝手に思い込んでいたので、浮気という気持ちは全くなかった。あくまでも友情を築き上げる為の手段にすぎない。僕はその日、人生で一番気持ちのいいセックスをした。僕は彼女とのセックスが一番気持ちのいいものだと思っていたが、女の子との行為は足元にも及ばなかった。女の子はそれとなく僕に彼女がいるのか聞いてきている様子だったが、僕はそれを悟ってそれとなくかわした。彼女がいることをなぜか知られたくなかった。

 次の日、家に帰ると彼女はいつものように不機嫌そうな顔をして僕を無視した。僕は彼女と別れることを考えた。しかし、それはあまりにも失うものが大きすぎてすぐに決断できることではなかった。大学時代の僕であれば、簡単に別れ話を切り出し、彼女を突き放しただろう。新しい環境で僕を支え続けてくれる彼女に僕は9割依存していたのだと思う。彼女が好きなのか失うものへの恐怖で離れられないのか僕は結論を出せずに、ただ彼女と一緒に暮らしていた。彼女との性行為の頻度は減り、互いに口数もどんどん少なくなっていった。僕は女の子と会う頻度が増え、彼女への好きをほとんど忘れていた。僕は女の子から告白されないことを都合良く思っていた。告白されないということはつまり僕たちの友情が成立しているということだ。それにより、僕は何度女の子と抱き合おうが浮気という感覚は全く芽生えなかった。

 僕はある日、つい口から出てしまった言葉に後悔した。女の子に好きと言ってしまった。女の子は照れくさそうに僕の胸に顔を埋めた。僕たちはドライブするのが日課になっていて、女の子との程よい距離感を勘違いしてしまったのかもしれない。女の子の家であれ?と思うことは何度かあったが友情によってそこは上手く書き消されていた。僕は女の子と付き合うことで今の彼女と全く同じ関係になることを想像できていなかった。女の子の良いところは僕の好きを告白と勘違いしないところだ。あくまでも好きという言葉はそれ以上の意味を含まないことを女の子は知っていた。

 女の子とは順調に友情が育まれ、彼女とも同棲を続けた。僕は未だにどちらか選べず、どちらとも大切にできないままだった。彼女を優先することで、女の子と僕の友情が成立する確信がなかった。女の子を優先すれば、僕はきっと何もかもを失い、孤独になる確信があった。僕は彼女を失う恐怖と女の子と一緒になる勇気がなかった。僕はこれからもきっと両方を大切にできないまま、両方に嘘をつき、両方を悲しませるだろう。

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クズ 杉 司浪 @sugisirou

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