第37話 闘技場みたいな施設で偉い人たちと挨拶した日
つつがなく授業は終わり、私とラウは少しだけ時間をズラして師匠が待つ宿へと足を運んだ。
私が着いた頃にはラウがすでに到着しており、いそいそとドアを開けて私を中へと引っ張り込んできた。これを傍から見ている人がいたら犯罪の気配を感じ取ったかもしれない。
「師匠とふたりきりなんてムサ苦しくて仕方なかったんだ、イルゼが早めに到着してくれて助かったよ」
「こやつめ、声音が本当に感謝してて憎らしいじゃろ?」
師匠はギザギザの歯を剥き出しにしながらラウを睨んだが、ラウにはちっとも効いていないようだった。
――過去にふたりが一緒にいたところは見たことがないけれど、私みたいに長い時間を共有してきたことが見て取れる。ちょっと不思議な気分だった。
師匠は私たちを座らせ、早速本題を切り出す。
内容は……やはりラウの予想通り、私たちの研究に関する日程が決定したという連絡だった。
どうやら三日後にアス様の管理する施設で行なうそうだ。
まずは当時と同じ状況を再現し、そこから実験を重ねていくらしい。
「あの、もしその時に穴が開かなかったら……」
「開かなかったという情報が得られるじゃろ。そこから確率で開くのかそうではないのか調べていく。観測用の魔道具もいくつか使って地道に進めていくようじゃの」
本当に地道な研究だ。
でも実を結べば国を助けることができるかもしれない。そのため、実験に関わる他の魔導師たちもモチベーションが高いそうだ。
「ああ、そうじゃそうじゃ。実験に関わる魔導師はアスカルが選んだ者での、そこに儂の意見も加えておいたから信頼に値する。だから安心せい」
「師匠の意見……じゃあ師匠のお友達がいたり……?」
「……」
「あっ、いないんですね、すみません」
謝ると師匠は余計に遠くを見た。師匠の友達の母数が少ないことを理解しているのに失言だったと思う。
その隣でラウはなにやら面白そうな顔をしていたが、なにも言うことはなかった。
その日はひとまず当日の予定を話し合ってお開きとなった。
当日は学校があったけれど、どうにも全員の予定が合うのがその日しかなかったらしく、私は一日だけお休みすることになりそうだった。
それ以降はこちらの予定に合わせてくれるそうだ。
なんで初日だけ?
と思ったものの――その疑問は三日後の実験当日にはっきりした。
***
アス様の用意した施設は城の敷地内にあった。
だからといって小ぢんまりしているわけではなく、前に住んでいた師匠のお屋敷の二倍くらいの大きさだ。
それなのに豪邸という感じがしないのは円状になった内側に魔法の実験用の大きな空間があるという特殊な形をしているからだろう。
なんとなく闘技場みたいだな、という感想を私は抱いた。
そこで待っていたのがアイレム・ルーイックという初老の男性と、フェラルダ・リッツという綺麗な女性、そしてハルポ・バルカウェイドというエルフの女性だった。
他にも雑用をこなす人間が複数おり、しかし全員それぞれ手を止めて中央に集まっている。
挨拶を済ませてからそわそわとしていると師匠が説明してくれた。
「いいか、イルゼ。この実験は守秘義務がある。ここにいる全員にな」
「はい」
「故にここで見聞きしたことを第二王子の許可なく外で話すことを禁じる契約魔法を全員にかけるんじゃ。これから順に行なっていくから、イルゼも参加するんじゃぞ」
これが初日だけ全員参加の必要があった理由だ。
これさえ終わればあとは必要最低限の人数さえいればいいらしい。
聞けばアイレムさんはイスタンテ学園とは別の魔法学校の教員、フェラルダさんは各地で引っ張りだこの魔導師兼モデル、ハルポさんはいくつかあるエルフの里のひとつを纏める里長らしく、普段はとても忙しいそうだ。
その時フェラルダさんがにっこりと笑った。
「わたしたちの予定は気にしないでちょうだいね。それより不思議な世界に繋がる現象のほうが興味があるわ、それを解明できるなら仕事のひとつやふたつ放り出しちゃうわよ!」
「……フェラルダはこう見えて儂らの中で一番、なんというか、研究者気質での。じゃから遠慮せんでいいぞ」
半眼になる師匠の隣でハルポさんが「そっちも負けてないでしょうに」と呟くのが聞こえた。どうやら有名な魔導師同士、みんなそれなりに面識があるらしい。
アイレムさんだけは「俺は学校を優先させてもらうぞ」と怖い顔をしていたけれど、師匠が「あやつは生徒ファーストなだけじゃ」と耳打ちして教えてくれた。
良い先生らしい。
みんな良い人たちだけど、ラウは緊張してないんだろうか。
そう思いチラッと視線をやると、ラウは涼しい顔で施設をぐるりと観察していた。
城でも物怖じしていなかったし……こういうところは見習いたい。
「さあ、まずはササッと契約しちゃいましょ。時間が惜しいわ」
「は、はい!」
フェラルダさんが一枚の紙を取り出す。
それを中央に置かれた丸テーブルの上にのせ、フェラルダさんは指先を紙の中央に置いた。――その瞬間、何も書かれていなかった紙に魔法陣が浮かび上がる。
そして中央に置いていた指を放すと、そこに血判が捺されていた。
慌てて指を見る。
傷もなにもない。
ラウも警戒していないため、負傷する類のものではないようだ。
次々と契約を完了させていく人たちを見守り、そして……ついに私も、その紙へと人差し指を押し当てた。
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