第34話 街の中で第二王子に『護衛』を命じられた日
「命を狙われているのに出歩いていいんですか!?」
店の端でこそこそとしつつ、小声ながらここで出せる最大の声で訊ねる。
命を狙われている第二王子がお忍びでお出掛け中、しかも護衛らしき人の姿も見当たらないなんて不用心すぎないだろうか。
しかし殿下は私にそんな疑問を抱かれることくらい予想していたらしく、あっけらかんとした様子で笑った。
「暗殺はね、行動範囲やルーティンを把握している城内より不特定多数が行き交っている街中のほうがやりづらいそうだ。だからよくご婦人の家にうかがって……おっと」
安全説よりそっちが本命な気がする。
なんでも殿下はこうしてよく息抜きに街へと繰り出しているらしい。
一応視察という名目もあるそうだけれど、その先で私に突然声をかけるのはやめてほしい。
そう伝えると殿下は「もう少しちゃんと話したいと思っていたんだ」と微笑んだ。
「あの時はとても緊張していただろう? だからいつかお茶会でも開こうかと考えていたんだ。するとどうだ、街中で偶然出会った! これは神の思し召しだ、声をかけなくては男が廃る」
「本当に偶然ですか?」
「本当だとも。女性に嘘はつかない」
嘘っぽいが、性格の一端を知った今だと逆に本当のことのようにも聞こえる。
掴みどころのない人だなと思っていると殿下は私の手に握られたマンゴーを覗き込んだ。
「で、なにを熱心に選んでいるのかと思ったら……それか?」
「ええ、はい、料理に使おうかと」
「おぉ、素晴らしい。私も君の手料理を一度は食べてみたいところだ」
「庶民の味が舌に合うかわかりませんよ」
そうは言ったものの、こうして何度も街中に足を運んでいるなら大衆料理や安酒なども口にしているだろう。
その予想は当たったようで、殿下は城の料理は飽きたから庶民の味のほうが好みだと口にした。城の料理人が聞いたら泣きそうだ。
「それで、いったい何を作っ……」
「マンゴーの辛子漬けを作ろうと思ってます」
「……庶民はそんなものを食べるのか」
殿下は信じられないという顔をしたが、すぐに感心した表情になった。どうやらカルチャーショック的なものをもたらしてしまったらしい。
昔師匠に似たものを振る舞った時も同じような顔をされた。しかも感心しているような部分はなかった。それでも食べてくれたから変なものではないはずだ。
私はとりあえず咳払いをする。
「アスカル殿下、今は不安定な時期です。このような街中に長居はされませんよう」
安全説を唱えようが不用心なのは確かなことだ。
ここで帰るよう促さなかったせいで殿下が怪我をするようなことがあっては私も寝覚めが悪い。そう思っての忠告だったが、殿下には響いていない様子だった。
それどころかにっこり笑って自分の唇の前に人差し指を立てて言う。
「ここではアスカルじゃなくてアスって呼んでおくれ」
「ア、アス殿下」
「それだと意味がないぞ!」
変な返答をしてしまうくらい突然だったせいだ。
続けて「アス様」と言うと呼び捨てを所望されたが、関係者に見られた際に被害を被るのはこちらなので断固拒否して様付けを死守する。
この押しの強さはラウを彷彿とさせた。
いや、むしろラウが王族並みの押しの強さなのかも。
そんなことを考えていると殿下――アス様がこちらに向かって片手を差し出した。
「そこまで心配なら、君が護衛してくれないか? 気晴らしに街を見て回ったら帰るからさ」
本当だろうか。
……と、また疑ってしまった。
それはつまり、最初に会った時からなにも変わっていないということだ。
第二王子が信用できる人物か見定めたいのに、自分から壁を作って遠ざけていてはいつまで経ってもこのままだろう。
「……わかりました、役者不足ですが護衛を務めさせて頂きます」
「ありがとう! しかし固いな……もっと肩の力を抜いて、っ!?」
私の肩に手を置いた殿下はパチッと影檻に弾かれて慌てて手を引いた。
客室では発動しなかったことをラウが不審がっていたけれど……あの時は真面目な話をする場だったから、言動は同じに見えても殿下の中ではきちんと切り替えていたのかもしれない。
つまり、今は下心有りということだ。
そこまでコントロールできる下心って凄すぎる気がするけれど。
「私、静電気体質なんです」
「それは大変だ……日常生活はちゃんと送れてるのか? 不便なことはないか?」
殿下は素で心配している様子だった。
基本的には良い人らしい。
なにはともあれ護衛は必要だし、殿下の人となりを知るためにも同行することにした。心の壁を取り払うことに不安はあるものの、代わりにお節介な檻があるので最悪の事態にはならないだろう。
(……ラウさんに頼ってるみたいで少し変な気持ちだけど)
ラウも第二王子相手ならミレイユさんの時みたいに変なキレ方はしないだろうし、もしこの場にいたら協力してくれていた気がする。
そして私はそれを受け入れていただろう。
だから、今も気持ちだけでも頼っておこうと決めた。
私はとりあえずマンゴーと辛子を購入し、紙袋を手に持ってアス様と一緒に店を出る。
いつアス様の気晴らしが終わるのかはわからないが――日はまだ高く、なんだか今日は一日が長く感じられそうな予感がした。
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