第33話 どちらの王子につくか間接的に決めるはめになった日

「し、師匠はどっち派なの?」


 ここはまず師匠の意見を聞いておこう。弟子の一存で決めていいことじゃない。

 そんな建前で訊ねてみると、師匠は眉を下げられるだけ下げた。


「センシティブなことを訊くのぉ。お前たちを連れてきたくらいじゃ、アスカル派じゃよ。とはいえ、これはガリレウスと比べたらこやつの方がマシってだけじゃ」

「アレクシエルにはよく助けてもらっている。感謝してもしきれないな」

「ならもう少し儂の静かな暮らしをおもんぱかれ!」


 きらきらとした笑顔でお礼を言うアスカル殿下に師匠は歯を剥き出しにして言う。


 やっぱり今まで色んな無茶振りをされてきたんじゃないだろうか。それが師匠の厭世家な気質に磨きをかけていないといいけれど、とついつい思ってしまう。

 しかし私の目から見ても相応の信頼関係を築いているように見えるので、少なくとも師匠が第二王子派だっていうのは嘘ではないらしい。


 ぐるぐると考えているとラウがそっと耳打ちした。


「イルゼ、師匠が第二王子派だからって弟子もそれに倣わなきゃならないわけじゃない。そして必ずどちらかにつかなきゃならないわけでもない。君の好きな選択肢を選ぶんだよ」

「ラウさん……」


 久しぶりにちゃんと兄弟子に見えた気がする。


「まあここで兄弟子派です! って宣言してくれてもいいんだけどね!」


 気のせいだった。


 ふう、と息を吐いてから思考の続きに戻る。

 第一王子派か第二王子派か、なんて不穏な選択肢はあるものの、少なくとも第二王子が掲げている目標は私の考えにも合っている。ハウルスベルクを飢えた国にはしたくないし、もし事態が悪い方向へ向かえば友達と過ごす学園生活にも陰りが見えてしまうだろう。

 それは絶対に回避したい。絶対に。


 そんな事態を回避できる方法があって、そこに私の力が及ぶなら――チャンスを反故にする気にはなれなかった。きっとこれが答えだ。


「……わかりました、お受けします」

「おお、受けてくれるか!」

「ただ、その、私は殿下の人となりを師匠ほどは知りません。今後もし受け入れ難いことがあった時は、再考する機会を頂けるでしょうか」


 まだ疑ってますよと公言するような問いだ。


 しかし有耶無耶にして流されるままに承諾することは避けたかった。

 今後も殿下がどんな人間なのか、本当にこの国のことを想っているのか確かめていく必要がある。そしてしっかりと知った後、もう一度選択する自由が欲しかったのだ。

 すると殿下は「そういうのは許可を貰わずに裏切ってしまえばいいんだぞ」と肩を揺らして笑った。


「しかし君がそれだけ義理堅いということはよくわかった。アレクシエル、お前の弟子とは思えないくらい良い子だな」

「ふん、良い子なのは認めるが一言多いぞ」


 そこへラウが「では俺の答えも」と片手を軽く上げる。


「イルゼのあるところに俺の姿あり。イルゼがアスカル殿下の誘いに乗るなら俺も乗りますとも。これからご支援宜しくお願いします、殿下」


 ……師匠の加わる派閥に弟子が倣わなくてもいい、とついさっき言っていたとは思えない勢いで妹弟子の加わる派閥に倣っていた。

 しかしラウさんらしいといえばらしいかもしれない。良いことかはさておき。


 アスカル殿下は「ありがとう、支援は任せておくといい」と喜び、詳細は追って報告という形になった。

 こうして第二王子との初の顔合わせは終了し、廊下に出たところでようやく肩の力が抜ける。思っていたよりも馴染みやすい人柄だったけれど緊張するものはする。


 帰ったらネラにいっぱい癒してもらおう。

 そう思っていると廊下を進みながらラウがなにやらブツブツと呟いているのが聞こえてきた。


「なぜか発動しなかったが……まさか下心がないのか? そんなの女好きじゃなくて女性崇拝者だ。扱いづらいな」


 あまり師匠には知られたくないのか名前は出していないけれど、影檻の話だ。

 そういえば殿下に手を引かれかけた時、ラウの仕込んだ影檻は発動しなかった。

 あれは異性の下心に反応するってラウは言っていたけれど、女好きな殿下が触れても発動しなかったということは……たしかに崇拝しているレベルなのかもしれない。


 人となりを知るために、これに関しても要調査だ。


 そう考えながら城の外へ出ると、こんな山積みの問題なんてまったく関係なさそうな平和な青空が広がっていた。


     ***


 ――数日後、食料品店にて。


 私は休日を利用してラウへの料理に使う食材を仕入れにきていた。

 寮にも食材を購入できる場所はあるのだけれど、やはり品揃えが悪いので時間があるなら一気に買い込んでおこうと思っていたのだ。

 昼休みにその話をラウにしたところ「ついでにデートしよう!」とついてくる気満々で意気込んでいたものの、どうやらテスト問題を考えたりと仕事が多いらしく泣く泣く断念していた。

 血の涙の幻が見えた気がする。


 そんなこんなでひとりでやってきたものの……食材の値段が上がっている。


 これもアルペリアが滅んだ余波の一端だ。

 平和な光景の中に確実に忍び込み、潜んでいる。


 少し嫌な気持ちになりつつ、私は気を取り直して食材選びを再開した。


 マンゴーの辛子漬けなんてどうだろうか。気合いが入っていいかもしれない。

 こっちの乾燥させたイカを蜂蜜と一緒に炒めてバジルをかけるのも良さそうだし、デザートとしてチョコレートを付けるのもいいかも。ゴマ入りの。


 そうひとつひとつ吟味しながら真剣に選んでいると、不意に後ろから影が落ちた。

 背の高い人が後ろに立っている。

 そう直感し、しかしラウや師匠でないこともすぐに感じ取った私は慌てて振り返る。不審者だったら一大事だ。影檻が吹っ飛ばしてしまうかもしれない。


 しかし振り返った先にいたのは――灰色をした細い縦縞のスーツを着た、ラフな出で立ちのアスカル殿下だった。

 笑顔を浮かべた殿下は手を振って言う。


「やあ、奇遇だな。なにを選んでるんだ?」


 そんな、友人にでも会ったかのような気軽さで。

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