第31話 師匠と準備中のレストランで密会した日
ラウの『影檻』は想像以上に厄介だった。
相手に下心がなければ触れても反応しないが、その基準はラウにあるらしい。
そのためどういうタイミングで発動するか予想しづらく、思わぬところで相手を弾いてしまい慌てることがあった。
私とラウ以外には見えていないため、今のところ静電気が起こりやすい子扱いに留まっているが今後はどうなるかわからない。
そして学園内にいる時は命の危険に晒されるようなことも起こらない。
なので、もうひとつの重要な役割りである防御方面に関してはまだ未確認だった。
じつは悪い虫対策が主目的で、私を守るためというのはラウの詭弁だったんじゃないだろうか……とも思ったが、耳飾りですっ飛んできた時の様子を見るに嘘ではないのだろう。
多分、きっと、恐らく。
もうちょっと緩和してもらえないものか。
師匠から呼び出しの一報があったのは、そんなことを考え始めた頃だった。
寮に保護者は入れない――というより正式な手順を踏んで正面から入るしかないため、私との関係を伏せておく関係上それはできない。
だから落ち着ける場所で話そう、と学園の外に呼び出された。
ちょうど次の日が休みの日だったのは師匠の気遣いかもしれない。
手紙に同封されていた地図を頼りに街を歩き、辿り着いたのは一軒のレストランだった。
「でも……営業中じゃないような?」
木製の扉には『準備中』のフダが下がっている。
地図が間違っていたんだろうか、ともう一度確認しようと鞄に手を突っ込んでいると閉まっていた扉が開いて師匠が顔を覗かせた。
手招きされるがままに中へと入ると扉がぱたんと閉められる。
「すまんのぅ、イルゼ。外で待っててやりたかったんじゃが目立つからな」
「たしかにヤバいくらい目立つかも……ええと、ここが待ち合わせ場所? 営業開始前っぽいけど」
「うむ、友人の店でな。普段は夜を中心に酒を出してて昼は閉まってるんじゃ、そこを無理やり頼み込んで……ん? なんじゃその顔は」
師匠に学園長以外の友人がいるとは思ってなかった。
学園に入学してわかったのは学園長は人格者だということ。だから師匠とも良好な関係を築けたのかなと思っていたけれど、そんな人が他にもいたなんて。
これって本人に言ってもいいものだろうか。
その答えを出す前に店の奥から「こっちに座りな」と声が聞こえて目を向ける。
使い込まれたカウンターの向こうに男性が立っていた。
金髪を後ろで縛ったおじさんで、服の上からでもわかるくらいムキムキしている。近づくと整えられた口髭が見えた。
目の色はグレーで、襟元から入れ墨の一部が覗いている。
耳は人間にしては少しだけ尖っていた。でもエルフほど長くはない。一体なんの種族なんだろうか。
そして、全体的な印象を短く述べるなら『強そう』だった。
「アレクシエル、それがお客か?」
どうやら師匠は私と秘密裏に話すために席を取ってくれたらしい。
男性はイスに腰を下ろす私をじいっと見てから目を細め、それから訝しげな視線を師匠に向けた。
「まさか言葉巧みに誘って変な仕事させようってんじゃねぇだろうな」
「お前の中の儂はどれだけ悪党なんじゃ」
ぶすっとした表情でそう言った師匠は親指で男性を指す。
「ガーリル・フェステバンじゃ。ハーフエルフだがイルゼは初めて見るかの?」
「!? こんなに屈強なのに!?」
エルフは華奢なことが多い。
師匠やダルキス先生は身長が高くてそれなりに筋肉もあるので例外だけれど、まさかエルフの血が入っててもここまで屈強な体を持つ人がいるとは思っていなかった。戦場で大型のハルバードとかを振り回していそうなのに。
なんでも男性……ガーリルさんはエルフの母と人間の父を持つハーフエルフで、父親がだいぶガタイの良い人だったらしい。
遺伝子の底力だ。
「そんで? そっちのお嬢さんは?」
「あっ、申し遅れました。イルゼ・シュミットといいます」
「……シュミット?」
ガーリルさんの太い片眉が上がり、師匠を見る目に嫌悪感が籠る。
なぜ? と思っていると師匠が「いたいけな少女を騙して嫁にしたと思っとるじゃろ」と半眼になった。
ああ、そういうことか。ファミリーネームが同じで誤解させてしまったらしい。
「これは儂の娘じゃ」
「はァ!? 娘!? お前、どこからか攫ってきたんじゃ……」
「そろそろ疑うのをやめんか!」
師匠、昔なにかやらかしたんだろうか。
私がそう思っているのを察したのか、師匠がコホンと咳払いをした。
「イルゼは養女じゃ、三歳の頃から面倒見ていて、今は弟子にもしておる。今回ちょっと内緒話が必要でな、この店を借りるぞ」
「久しぶりに会ったと思ったらとんでもねぇこと言いやがって……」
「イルゼよ、こいつはゴリラオークに似てるが口は堅い。ここでなら色々話せる」
ゴリラオークというのは他国に現れるモンスターの一種だ。それに例えるのはちょっと失礼なんじゃないかと思ったものの、それだけ気心の知れた仲なのだろう。
……と思ったけれどガーリルさんが見事に師匠を睨んでいた。
友人は友人でもあまり仲が良くない可能性が浮上する。
「ガーリル、とりあえずイルゼに何か美味そうなものを頼む。……さて、イルゼ。本題なんじゃが――あの世界についてじゃ」
「! なにかわかったの?」
「まだ決定打に欠ける。ただちょーっとばかり面倒なことになっての」
師匠の言う『ちょっと面倒なこと』が『ちょっと』だったことがない。
長年接してきた家族としての知識だ。
「調べる過程で第二王子に知られた」
「……へ?」
「そこで第二王子がお前たちに会いたいと言い出してなぁ」
「へ!?」
これにはフライパンを温めながら話を聞いていたガーリルさんも目を丸くしていた。
どうして第二王子が私たちに会いたがるんだろう。――いや、でもわからなくもない。変な世界に興味を持ったのかも。
とりあえずはっきりしているのは、やっぱり『ちょっと』じゃなかったということだった。
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