第30話 男友達を得るチャンスを黒い格子に妨害された日

「あなたと友達になった覚えはありませんわ。これくらい一度聞いたら覚えてください!」


 ――いつものようにミレイユさんに話しかけ、そう言って去られたのが昨日のこと。

 セリフ自体は今までも似たようなことを言われてきたので気にしていないが、背中を見せてその場からいなくなってしまったのは久しぶりの経験だった。

 ポリーナさんが「大丈夫ですか?」と私のことを心配していたくらいだ。


 ミレイユさんとは打ち解けてきたと思ったのだけれど……また目に見えない溝が広がってしまった気がする。

 その原因が何なのかすぐに察せないのが私の悪いところだ。


「応援が足らなかった? うーん、でもミレイユさんも高評価を貰ってたし……」


 私が目立ったこと自体が癪に障った可能性はあった。

 しかし学びの場で隠れてこそこそして実力を出しきらないのは私の考えに反する。

 いっそミレイユさん本人に訊ねてみようかとも思ったが、これ以上機嫌を損ねてしまうと例の件を黙っていてもらう約束を反故にされるかもしれないため、訊くにしても慎重にいかなくてはならない。

 ラウのことはまだ怖いみたいだから、早々なかったことにはしないとは思うけれど。


 休み時間に廊下の窓から外を眺めつつ、肩に乗ったネラの頭をよしよしと撫でながら考える。

 最近考えることが山盛りで頭が混乱しそうだ。

 ネラは私の手の平に頭を擦りつけながら尻尾を指に巻きつけている。尻尾はヘビなのでそこだけ冷たい。その感触の差に少し癒された。


「あれ? 君は、ええと……イルゼ・シュミット?」


 声をかけられたのはその時だった。

 振り返るとそこに立っていたのは茶色い短髪に青い目をした同年代の少年で、私は彼に見覚えがある。そう、魔法障害物レースで私と同じグループに入っており、風属性の魔法を駆使していた同級生だ。


 名前はたしか……エドガー・サラウス。


 教室内で声をかけられたことはない。接点がなかったので尚更だ。

 しかしレースで縁ができたと言うべきだろうか、あの件をきっかけに声をかけたのだと彼は言う。


「今日は他のふたりはいないのか? なら丁度いいや、少し話を聞かせてもらいたいんだが」

「話?」

「どうやったらあんな精密な魔法を使えるようになるのか聞きたいんだ、オレもそれなりに上手く使える部類だと思ってたけど……結果はお前に負けちゃっただろ?」


 そこで魔法のコントロールについてアドバイスを貰おうと考えていたが、なかなか声をかける機会がなかったとエドガー君は説明した。

 魔法に関するアドバイスなら先生に訊くのが一番じゃないだろうか……素人の指導で変な癖が付いてしまったら逆にデメリットしかない。

 そう伝えたものの、エドガー君は譲らなかった。


「ちゃんとその考え方を前提に置いた上で聞かせてほしいと思ったんだよ、もし正しくなかったりお前にしか適用されないようなものでも何かヒントになるかもしれないだろ」

「伸び悩んでてヒントに飢えてる人なわけですね……」


 なんでもいいから選択肢を増やしたい、というやつなのだろう。

 魔法のコントロールに関しては私もまだ人に教えられるほど知らない。

 それでもぽつぽつと話せることはあるし、あとはエドガー君が勝手に可不可を判断してくれるだろう。

 それに……これはもしかすると『男友達』なる稀有なものを得るチャンスなんじゃないだろうか。


 属性も違うし若干の不安はあるものの、自分なりのアドバイスをするくらいならいいと頷くと、エドガー君は目を輝かせて喜んだ。


「本当か!? サンキュー、なら今から……だと時間がないから、放課後に宜しくな!」

「わかりました」

「じゃあまた! ……ッと!?」


 握手をしようとしてバチッと何かに弾かれたエドガー君が驚いた顔をする。

 しかし特に怪我をしたわけではないため「静電気かな?」と不思議そうにしているだけだった。

 私は私で目を丸くして固まるはめになったが、エドガー君はそれを『私も静電気に驚いている』と受け取ったのか彼は悪くないのにごめんごめんと謝りながら去っていく。


 ――そう、彼は悪くない。


 エドガー君には見えていないようだったが、手と手が触れた瞬間……真っ黒な格子のようなものが私の足元から伸び上がり、それが彼の手を弾いたのだ。

 格子は私の頭上でくっつき、その姿はまるで。


 そう、まるで鳥籠のような檻だった。


「……これ、あなたの仕業ですか?」


 そう背後に声をかける。

 エドガー君が去った後に耳に届いた靴音は聞き慣れたものだった。

 振り返ると案の定そこに立っていたのはラウで、格子を手のひらで撫でながら微笑んでいる。


「そうだよ、でも仕業なんて酷いなぁ。これこそ君を守るためのものなのに」

「でも授業以外で生徒に魔法を使うのは良くな……、……、……もうひとつ訊ねますけど、もしかして『これ』があの時仕込んだもの、ですか?」


 不思議な世界で唇を重ねることになったあの時のことだ。

 ラウは私を守るためのものという前提で仕込んだけれど、もしこの檻がそうならやりすぎだろう。なぜならエドガー君はべつに害意を持った敵ではないのだから。

 私の言いたいことを読み取ったのか、ラウは肩を揺らして言った。


「命の危険と共に君から遠ざけるべきものかある。それは悪い虫さ」

「エドガー君は悪い人じゃないと思いますけど……」

「人じゃなくて虫。これはね、下心があっても反応するんだ。師匠みたいに魔力量が多いと効かないけどさ」


 師匠のは下心の種類が違うけど、とラウは少しうんざりした顔をして視線を逸らした。

 ――この言い分だとエドガー君が私に対して下心を持ってるみたいだ。

 これは彼の名誉に関わることじゃないだろうか。


 そう思い指摘しながら弁明すると、ラウは「イルゼは自分のことをよくわかっていないなぁ」と肩を竦めた。まさにヤレヤレといった様子だ。


「とりあえずこの檻をどうにかしてくれませんか」

「ええ~、小鳥ちゃんみたいで可愛いのに。もうちょっとだけこのままでいない? できれば二時間くらい」

「授業に遅れますってば」


 ちぇ、と口先を尖らせながらラウは檻を解いた。

 私からも解けるようにしてもらえないだろうか。これじゃ危険から守られても逃げる機会を失いそうだ。

 そう思っているとラウが先ほどエドガー君が握手しようとしていた手を握り、私と目線の位置を合わせて言った。


「――あれは影檻。これからも君の中にずうっとある、君のための檻だ」


 覚えておいておくれよ、と囁くように言ったラウは一度も瞬きをしなかった。

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