第28話 師匠に良いところを見せようと魔法障害物レースを頑張った日

 一番手のグループにはミレイユさんが入っており、進路を邪魔する火を自分の炎で飲み込んで掻き消したり、高い位置に設置された石を取らないと進めないギミックでは炎を鞭のようにしならせて上手く落としていた。大活躍だ。


 ……ちなみに空中に表れた大きな水球をどうにかする場所では力技で泳いで突破していた。

 体力的には並以下なのに気合いが凄まじい。

 きっとそれは父親に良いところを見せたかったからだろう。そんな努力が実を結んだのかミレイユさんは見事に一位をもぎ取った。


 私だって師匠に良いところを見せたい。

 スタートラインにつき、ホイッスルが鳴ったと同時に走り出す。


 ひとつ目の障害物は地面に敷き詰められた意思を持ったツタを突破すること。

 これは植物系の魔法かと思ったけれど、どうやらダルキス先生の作り出したキメラの一種のようだった。近づいてよく見てみると目がついているのがわかる。

 ……つぶらな瞳で睫毛も長い。

 目だけなら可愛いが全体を見ると緑の長い虫みたいだった。虫嫌いの生徒が変な声を漏らしているのが聞こえる。


(でも目があるなら――)


 サバイバルの時のように魔法の使用を制限させているわけではなく、魔力も十分にあり、命の危険がないため集中もできるなら怯えることはない。

 私はツタたちに向かって光を炸裂させる。

 光属性の魔法の中でも難度の低い目眩まし魔法だ。


 これはラウの暴走を経験した後に勉強して習得したもので、あの時使うことができれば大技を使用しなくてもラウを止められる可能性のあった魔法のひとつだった。

 下位の魔法でも沢山覚えればそれだけ選択肢が増える。

 学園に来る前は光属性の魔法だからと回復を中心に鍛えていたけれど、選択肢が多いことの大切さを私は学んだ。……まあそれは学園で、というよりラウの奇行で学んだ気がするけれど。


 その増やした選択肢は早速こうして役に立ってくれたわけだ。

 進行方向に蔓延るツタだけに範囲を絞り、個々の目前に一瞬だけ現れた光はツタの視力を奪ってくれた。

 光量と距離を計算して他の生徒たちには影響が出ないようにしてある。


 さあ進もうと思ったところで観覧席が少しざわめいているのに気がついた。

 何かあったのかな、と耳を澄ませたもののさすがに話し声までは聞き取れない。すると同級生が風の鎖鎌でツタを切り裂きながら猛スピードで進んでいるのが視界に入った。


 これにざわめいていたのかも。

 他の生徒も各々の属性で道を切り開いている。観覧席に気を取られず早く進まないと。


 次の障害物は見上げるほど高い岩の壁を縄ハシゴで登るもの。

 たしか一番手のグループを見ていた時は乗り越えるだけでOKだったはず。

 この岩の壁自体が土属性の先生であるボア先生の作り出したものだからだ。ところどころ飛び出ている岩が一周目とは位置が違うが、体力には自信があるので落ちずに登りきれるだろう。


「一周目通りならここは乗り越えるだけだろ、一気に行かせてもらうぜ!」

「……!」


 さっき猛進していた同級生も追いついたらしい。

 彼は足もとに風を集中させ、まるで砲台から発射されたかのように高く飛び上がった。そう、ハシゴは用意されているものの使用しないと不合格というわけではないのだ。


 今使える光属性や無属性の魔法じゃ一気に距離を詰めることはできない。

 少し悔しく思いながらせっせとハシゴを登っていると……その横をさっきの同級生が落下していった。

 大量の水と共に。


「……あ、あれ?」


 私の真上からも水が落ちてきた。さっきほど大量ではないものの、頭に直撃したらハシゴから手を放しかねない。

 一度は縄ハシゴを左右に揺らして避けたが、次から次へと落ちてくるのが見えた。

 そこへ高笑いが響き渡る。――水属性の担任をしているレミリッサ先生だ。外巻きのセミロングは薄黄色で、目は黄緑色。その目が楽しげに細められていた。


「可愛い生徒たち、残念だったわねぇ。障害物の内容は毎回変わるのよ!」

「油断させるためにわざわざ一個目だけ同じにしたんですか!?」


 地面スレスレでナウラ先生の風クッションに受け止められた同級生が叫んでいる。

 ああ……内容が変わらないと一番手のグループだけ不利だったんじゃないかと思ってはいたけれど、こういうことだったのかと納得した。

 しかも多分こっちはちょこっとだけ難度が上げられている。一つ目の難関は初見じゃなかったからだろう。

 でも油断を誘われたのだしプラマイゼロにしてほしかった。


 ……けど、授業だからって油断した私たちが悪い。


 一気に越えようとしなければ大量の水が降ってくることはないようなので、私は縄ハシゴをタイミング良く揺らしたり少しばかりアクロバティックな体勢で避けながら登り続けた。

 落ちてくる水はこぶし大から頭部サイズまで。これなら避けられるし、生徒の中には自分の魔法で迎撃したり防御しながら進んでいる者もいた。


 私身ひとつで登ったけれど、魔法を使わないと失格ということはないので問題ない。

 そうして天辺に到着すると今度は下りるターンだ。

 降りる時に妨害はなく、遅れてびしょびしょになりながら辿りついた生徒の中で衝撃吸収に優れた者はそのまま飛び降りている。


(便利でいいなぁ……私は地道に下りないと)


 しかし他にも地道に下りている生徒はいるものの、とてつもなく遅い。

 登るのとはまた違ったバランス感覚が必要なので慣れていない人は大変なんだろう。私は師匠と修行する場所へ向かう際に使う機会があったので比較的慣れている。

 そのおかげかヒョイヒョイと下りきった段階でも、一気に下りた生徒たちとさほど距離は開いていなかった。


 更に多種多様な障害を乗り越え、合間合間に全速力で走り、足が悲鳴を上げたところで回復魔法を使い疲労を散らす。

 本来は傷の回復に使うものだが、疲労回復効果がまったくないわけではないのでこういう使い方も可能だ。実際の戦場だともったいないので非実用的だ……と本に書いてあったけれど、少なくとも今は有用だろう。


 ……最後に挑むことになった闇の障害は暗闇の中を進んで迷路を突破するというものだった。

 しかも初めは普通の迷路かと思っていたら突然光が消え失せるというギミック付きの。

 ただあの妙な世界で真の闇を経験したからか、突然真っ暗になってもパニックに陥ることはなかった。手早く手元に光を作り出して先へ進む。


(というかラウ、これ私に対して有利になるようにしてない……?)


 属性の有利不利は他の障害でも起こっているので問題はないのだけれど、ラウが相手だとちょっと疑ってしまう。


 そうしてなんとか一位になってゴールまで辿り着いた時、そこで待ち構えていた先生たちに出迎えられた。

 あれだけ高笑いしていたレミリッサ先生もニコニコしている。あくまで陥れたのは授業の一環なので、頑張って用意したものを生徒がクリアするとやっぱり嬉しいのだろう。


 ラウも両腕を広げ、そして人前ではどうすることもできずストンと落としていた。

 さっきの師匠の姿が被って見えたけれど、多分人目が無かったら容赦なく抱きつかれていた気がする。


 その後、次々と他の生徒もゴールして私の魔法障害物レースは終わった。


 ポリーナさんは惜しくも二位だったけれど、全力を出しきれたのか笑顔を浮かべて「楽しかったですね、イルゼさん!」とはしゃいでいたので私も嬉しくなる。

 この後は保護者たちが帰り、また普通の授業に戻るらしいが――ナウラ先生曰く、この時に次の授業に移るまでの間に挟まる休憩時間は普段より長めであり、その間に生徒と保護者が会話できる時間を設けることが通例だという。


 遠くから来ているため、こんな時でもないと会話できない人が多いことを学園側もわかっているからこそらしい。

 ちなみに保護者が来ていない生徒からは『ボーナスタイム』などと呼ばれている。


 そこで私は使われていない教室へと師匠に呼び出され――そこで、師匠とラウの板挟みになったのだった。

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