第27話 師匠の『ついで』が『ついで』でいい案件ではなかった日
「イルゼ、なんで無視するんじゃ!? あの場で泣くところだったんじゃが!?」
「そんな大層な」
予想通り階段裏まで追ってきた師匠は本当に涙目になりながら言った。
目が銀色の皿を水に沈めたみたいになっている。
両腕を広げているものの、ここで無理やり抱き締めないのは私が本当に嫌がっている可能性を考慮してのことだろう。そういう思慮深さが師匠にはある――が、久しぶりに会ってなんとなく勢いがラウに似ていることに思い当った。
やはり師弟はどことなく似るらしい。
ただし、師匠が私に向けているのは紛れもない親心だ。
そんな師匠なら理解してくれるはず。
期待を込めつつ手短に説明すると師匠は腕組みをしてウンウンと頷いた。
「なるほど、そりゃイカン。オールスヴァインに掛け合って改善させねばの」
「オールスヴァイン……学園長!? だめだめ、絶対にだめ! そんな大ごとには……あ、いや、でも私のこと以外で、別クラスでのいじめに関しては改善してほしいかも」
「儂が一番どうにかしたいのはイルゼがそんな気遣いをせねばならん環境なんじゃが?」
やれやれといった様子で頭を掻いた師匠は「授業で初歩的な間違いをしたのもこの件で悩んでいたからか」とこちらを見た。
ナウラ先生にあてられたのに見事に間違えてしまった時のことだ。
「は、はい……」
「イルゼがあの程度の問題を解けぬのはおかしいと思ったんじゃ。せっかく人間だらけの場所まで足を運んだんだ、次の実技では細かなことなど気にせず集中するんじゃぞ」
――ということは、ひとまず授業参観中に話しかけるのはやめて見守っていてくれるらしい。
ほっとしつつ「言うのが遅くなったけど来てくれてありがとう」と伝えると師匠はギザギザの歯を覗かせて笑った。
「まあ主目的はこちらじゃが、ついでもあったしの」
「ついで?」
「国王からの呼び出し」
「ついでにしていいものじゃないでしょ!?」
もしかして滅んだアルペリアに関してだろうか。
あの後もハウルスベルクにいなかったはずの魔獣が出没したという話がチラホラと耳に入った。
輸入ができなくなった影響も出つつある。衣食住が学園に与えられている学生でもそう思うのだから、普通に生活している住民たちはもっと間近で変化を感じているだろう。
師匠は森に引き籠り気味とはいえ大魔導師と呼ばれるほどの天才のため、国王としても意見を聞きたいのかもしれない。
……なのに授業参観のついで扱いだなんて、やっぱりラウに似ている。
「それが終わったら儂はクタクタになってるかもしれんなぁ。そこで愛娘に労ってもらえたらやる気が出るんじゃがなぁ~」
「わ、わかったって、寮の部屋には招けないけど外でご飯でも食べ――」
「食べつつ久しぶりにお父さんって呼んでほしいのぅ~」
「やっぱりそっくり!」
そっくり? と師匠が首を傾げたところで予鈴が鳴り響いた。
まずい、このままだとトイレに行ったまま実習に遅刻した女になってしまう。
ラウの件はどのみち後でわかることだし、一番の目的は達成できたし、のちの埋め合わせの予定も決められた。上々だ。なのでここで切り上げてみんなのところに戻ることにした。
「それについてはまた後ほど! 実習、頑張るからしっかり見ててよ師匠!」
「ぬう、だからお父さんと……まぁいい」
頑張るんじゃぞ、と。
師匠は私の背中をぽんぽんと軽く叩いて送り出してくれた。
***
実習は訓練用グラウンドで行なわれる。
担当する教員は七名。
風のナウラ先生、火のダルキス先生、水のレミリッサ先生、土のボア先生、光のハイルミュート先生、そして――闇のラウだ。
それを見た時は私たちも驚いたけれど、説明を聞いて納得した。この実習だけ担当者が多いのは内容に起因する。
授業参観の後半、実習の内容は『魔法障害物レース』だった。
これは様々な属性の魔法や無属性魔法を使用したトラップを用いたコースを走り抜けることで、生徒の対応力を養うという名目で行なわれるものだ。
そのために各属性の先生が駆り出されているわけである。
もちろん各属性の魔法に加えて先生たちの得意分野……例えばダルキス先生ならキメラを使った罠も許可されていた。
生徒には何が仕込まれているか知らされていないので結構怖い。
グラウンドには何やら明らかに怪しいネットが設置されていたり、アスレチックのようなものがあったり、ただの直線に見える道もあったりする。
それを見て緊張したのは生徒だけでなく保護者もだった。
少し離れた位置に作られた観覧用の席がざわざわとしている。
ちらりとそちらを見ると師匠の姿も見えた。というか一番に視界に入った。とにかく目立つのだ。
(あと遠目でもわかるくらい凄い顔してる……ああ)
闇属性の担当として当たり前の顔をしてラウがいるのに気がついたからだろう。
さっきは急いでいたから仕方なかったけれど、先に伝えられなかったことを心の中で謝りつつ私はコースに向き直った。
五人ずつグループに分けて挑戦することになる。
私は二番手のグループだ。
ポリーナさんやミレイユさんとは別のグループになってしまったけれど――今度こそ師匠にいいところを見せるためにも頑張ろう!
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