第26話 絶対に人前で師匠に話しかけられたくない日
イスタンテ学園の授業参観は教室内で保護者が後ろに並んで見守るものと、屋外で魔法を使って行なう実習を見守るものがあり一年生は両方行なうことになっている。
時間の都合で見守るのは片方のみにする人もいるそうだけれど、入学して初の授業参観は保護者側も張り切っているため毎年それなりの人数がいるそうだ。
――そんな中で師匠は凄まじく目立っていた。
この日のために着飾った貴族や騎士団長かと思うほど肉体の完成した人、中には師匠と同じエルフもいたけれど……本来なら注目を集めるはずのそんな人たちまで師匠に視線を向けている。
まず最初にドラゴンで登場したこと。
そしてインパクトのある外見から、師匠は名乗っていないのに誰なのか把握している人がチラホラといた。
「あれって魔導組合の名誉会長のアレクシエル様ですよね……?」
「そんなまさか。人前にほとんど姿を現わさないことで有名だったんじゃ?」
「実物を見たことはないが、伝え聞いてる姿と一緒だ」
「それにドラゴンに乗って現れましたし……」
ドラゴンを召喚し使役できる人は少ない。
最近では五年ほど前にとある高位魔導師がドラゴンを召喚しようとしたものの、尻尾しか出てこなかった上に凄まじい尻尾ビンタを受けて大怪我を負ったというニュースがあった。
それだけ召喚者として認められるには実力が必要なのだ。
気高く強いドラゴンはやっぱり私の憧れだった。
師匠、そして養父であるアレクシエル・シュミットはそんなドラゴンを御することができる数少ない人物であり、だからこそドラゴンに乗ってきたという事実そのものが身分証のようなもの。
こうしてざわめきを生み出すのも致し方ない。
「……」
私はというと師匠が来てくれたことに喜んだものの、この状況になってようやく思い至ったことがあり冷や汗を流していた。
悪目立ちしないように伏せてきたけれど、これって普通に私がアレクシエル・シュミットの娘だって知れ渡るんじゃないだろうか。
(ミレイユさんには話してあるから油断してた。……いや、でも今の私にはお友達がいるのだし、ストレス発散係にされるようなこともないんじゃ?)
正確にはその筆頭だったミレイユさんがラウの釘刺しにより大人しくなったことがある。彼女が今も率先して私を嫌い、目の敵にしていたなら同調する人はどんどん増えていただろう。
それだけラウは人気だった。
今も本性を知らない人には憧れられているしファンクラブも健在だけれど、ミレイユさんの変化という影響のおかげで他の人からも刺々しい視線を送られることはなくなっている。
しかし全員がミレイユさんのようにわかりやすく出るかはわからない。
もしラウを兄弟子に持ち、アレクシエル師匠を師に持つとわかったら別の角度から妬まれる可能性もある。
(そうなると――その人の命が危険かも)
ラウはきっとまたとんでもない釘の刺し方をするに違いない。
それでは平穏な学園生活が遠のいてしまう。せっかく友達ができたのに、だ。
やっぱり極力伏せておこうと私は決めたけれど、それは些か遅すぎた。これもすべては色々起こりすぎて考えが追いついていなかったせいだ。
ちら、と師匠を見るとギザギザの歯を覗かせて笑みを返してくれた。
周りが「アレクシエル様は誰の保護者なんだ?」とざわざわしながら視線を追ったので、慌てて正面に向き直る。授業中は保護者から話しかけられることはないものの、次の実習へ移動する際は会話する時間もあるかもしれない。
ここで師匠から話し掛けられたら終わりである。
(どうにかして回避しないと……! そして師匠に説明しないと……!)
ラウの件はともかく、学園生活が不穏だと師匠に心配をかけるのでクラスで浮いていることは手紙でも伝えていない。
なので目立たないようにしたいことも同じく伝えていなかった。
やっぱりダメ元で速達を頼めるか訊ねればよかったかもしれない。
そう頭を悩ませている時にナウラ先生が「この問題を解いてみな」と三名ほど生徒を指名し――その中に含まれていた私は見事にトンチンカンな答えを導き出してしまったのだった。
***
ナウラ先生の授業はつつがなく終了し、ミレイユさんは見事に問題に正解し「お父様にいいところを見せられましたわ!」とホクホクしていた。
それと同時に私が簡単な問題を間違うことでより正解が際立ったと褒められたけれど、あまり嬉しくはない。
一方ポリーナさんは私の様子を見て心配してくれていた。
「大丈夫ですか? イルゼさん、なんだか顔色が悪い気がするんですが……」
「ええと、ちょっと色々あって。あっ、問題を間違えたことにヘコんでるわけではないですよ」
次の授業の準備をしながらにこやかに答える。
後ろではやはり数名の生徒と保護者が会話し始めていた。移動時間は休憩時間も兼ねているので比較的自由だ。
その時、後ろに感じ慣れた気配がした。
振り返ると案の定師匠が近づいてくるのが見え、私は勢いよく席を立つ。
師匠に穏便にひと気のない場所へ移動してもらうのは難しい。
それなら私が移動するべし、だ。
「ポリーナさん、この隙にちょっとお手洗いに行ってきますね!」
「……! はい、わかりました」
あ、何か察したような顔をしてくれたけれど、べつにお腹が痛くて冷や汗をかいてたわけじゃないのに。
しかしここは誤解したままのほうがいいかもしれない。ひとまず私は「イ」までにしかけた師匠の真横を通り抜けて教室の外へと出た。向かうのは階段裏だ。
階段裏はよく生徒たちの憩いの場になっているけれど、授業参観の日は休み時間のタイミングが少しズレるので今なら誰もいないはず。
そして――師匠ならきっと私を追ってくる。
そう確信しつつ私は階段裏に向かって早足で進んでいった。
後ろからこちらを追う足音を聞きながら。
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