第24話 兄弟子も妹弟子もうっかりしていた日

「……それで、黙らせるのにわざわざイルゼまで約束事までしたのか? むしろこっちの方が命の恩人なのに?」


 サバイバル授業が終わり、イスタンテ学園に戻ってから数日後の昼休み。

 ラウは私の報告を聞いて唖然としていた。

 しかし命の恩人といってもラウが暴走した結果なわけで、こちらがミレイユさんをそこまで害していいという理由にはならないので、むしろ目を瞑ってもらっているこちらが下手に出るべき案件だと思う。

 ミレイユさんは宜しくないことをしたけれど、開口一番「殺す」は物騒すぎる。


 そう説明するとラウはしゅんとしたものの、方針を変える気はないようだった。


「でもミレイユさんもあれからポリーナさんに謝ってくれましたし、これから良い方向に変わっていくかもしれませんよ」

「他人が変わるために君が身を削る必要はないよ」


 ラウはむすっとしていたが、ミレイユさんの変化は私のためにもなると思う。

 自分と関わっている人間が成長するのは私の成長にも繋がると感じたからだ。

 屋敷で暮らしていた頃は一時的に同年代や年下と交流する機会はあったけれど、周りに長くいる人は成熟した大人ばかりだったので成長という変化は少なかった。……師匠の性格は成熟していると言いきれない部分があったけれど、まあそれはそれだ。


 ミレイユさんはポリーナさんに謝った時、親の評価をそのまま子に当てはめて貶したことに触れていた。そう口にしたミレイユさんはどこか複雑な表情をしていたけれど、その理由はわからない。

 ポリーナさんはクラスで直接絡まれることはなかったのか、まさに寝耳に水といった様子で首を傾げていたけれど、本人のいないところで言った悪口を謝っているのだと理解してからは「そうだったんですか!」と――喜んでいた。


 あれで喜ぶのは不思議だったけれど、どうやらご機嫌取りのために優しくしてくる人間より好ましく映ったらしい。


 もちろんミレイユさんがこれからは態度を改めるという前提があってこそだ。

 今後は仲良くしましょうね、とポリーナさんが言うとミレイユさんは予想外の好意的な反応に戸惑ったのか「と、友達になる気はありませんわ! 謝ることだけが目的でしたから!」と言ってそそくさと去っていった。

 そして、その後の魔法糸を使った裁縫の授業で三人で組まされた時の表情はなかなかのものだった。でも明らかに憎まれ口の角が取れていたので良い体験になったのかもしれない。

 多分、あの場で一番戸惑っていたのはミレイユさんの取り巻きとポリーナさんのご機嫌取り集団だっただろう。


 それを聞き終えたラウは腕組みしたままベンチに体重を預けた。


「そう簡単に変わるものなのかな……まあいい、でも何かされたらすぐに俺に言うんだよ」

「い、言った方が問題になりそうですね」


 でも心配してくれること自体はありがたい。その点に関してはお礼を言うとラウは嬉しそうに笑った。

 ――こうしてにこにこされるのも数日ぶりだ。

 そう、今日こうして報告するまでラウはしばらく姿を消していた。授業にはいるのだけれど昼休みを一緒に過ごそうと現れなくなったのだ。


 乱入の件がバレて授業以外の謹慎を申し付けられたんじゃないか。

 もしくは例の口づけの余波が後からじわじわきて倒れて本調子じゃないのではと色々考えていたけれど、久しぶりに現れた彼があまりにもいつも通りだったので、訊ねるタイミングを見失ってまだ話題に出せていない。

 報告も終わったことだし、と訊ねてみるとラウは自分の唇を片手で覆って夢見がちな子供のような目をした。


「口づけか。あれは最高だった。三週間は何も食べなくてもいける」

「死にますよ……」

「最後の晩餐がイルゼとのキスなら本望さ」

「経口摂取で栄養のあるものを摂ったものだけカウントしてください」


 やっぱり相変わらずすぎる。

 半眼になっているとラウは足を組んで人差し指をぴっと立てた。


「例の世界について調べていたんだ。この学園の蔵書数は素晴らしいからさ。ただ書庫を利用できる時間は限られているからイルゼに会う時間を削ることになってしまった」

「! 何かわかりました?」

「当たりはついたけどまだ確証は持てない。だから長く生きてる生き字引みたいな魔導師に相談したいんだけど――そろそろちょうどいいものがあるだろ?」


 ちょうどいいもの?


 学園でのイベントに関することだろうか。そう首を傾げつつ記憶をまさぐっているとラウが自身の両耳を摘む仕草をした。

 うん、余計にわからない。

 未だにクエスチョンマークを浮かべている私に気を悪くした様子もなく、ラウはそのままのポーズで口を開く。


「第一回目の授業参観だ。師匠の頭の中はここの書庫の比じゃないぞ」

「……! それエルフの耳のつもりですか!」

「まず最初にそこにツッコむイルゼは可愛いなぁ」


 イスタンテ学園は授業参観が年に三回ある。

 地位の高い生徒が多いこと、そして寮暮らしや親元を離れて暮らしている生徒が多いことを踏まえて保護者向けに設けられたものだ。なんでも昔に親ばかな貴族が心配のあまり色々とトラブルを起したらしい。

 長い歴史のある学園が見舞われたトラブルの数は凄まじいものなのだろう。


 ただしこれを負担に思う保護者も少なくはないため、授業参観の参加は基本的に任意である。

 生徒側も「多分来ないだろうな」という軽い気持ちで過ごしていると小耳に挟んだことがあった。


「しかし師匠がわざわざ来てくれるでしょうか……」

「来るさ、一年生の一回目は保護者の参加率がダントツで高いって聞いたよ。それにここにいる弟子はひとりじゃないし……、あ」

「どうしました?」


 ラウはぽりぽりと頬を掻く。

 初めて見る表情だった。うっかり宿題を忘れた学生のような顔というのが一番しっくりくる表現だ。ラウはその表情を崩して苦笑する。


「臨時講師としてここにいること、師匠に伝えてなかった」

「ええっ!? あ、いや、でも私もまだ手紙に書いてなかったんで人のこと言えませんけど……」

「あはは、まあ独り立ちしてる俺がどこで何をしようが問題はないけどね。それに学園長づてに師匠の耳にも入ってるかもしれないし」


 大丈夫大丈夫、と笑いながらラウは早速師匠に相談する内容を練っていたけれど――ちゃんと来てくれるんだろうか。

 性格的に確率は半々だと思う。師匠は私を大切にしてくれているけれど、人の多い場所を嫌っているから学園までわざわざ足を伸ばしてくれるか微妙だ。

 だからといって今ラウについて連絡をしても手紙が届く頃には当日が過ぎている。


 若干の不安を残しつつ、私たちは授業参観の日まで大人しく過ごすことになったのだった。

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